02 秘め事
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"僕の美しい人だから
" written by 杏子 |
※※このお話は長編”天使の休日”の続編になっています。先にそちらをお読みにならないと、”なんのことやらサッパリ?”だと思います。Novelsにてそちらのお話を読んでからお読みになることをオススメいたします。 ”秘め事”などという甘い言葉を使うには、あまりに殺伐とした内容であったりするが、自分には人には言えないいくつもの秘密がある。 まず、何と言っても戸籍がないということ。この事実が、全ての秘密の原因であり、また根拠でもある。 戸籍がないということは、”普通には生きていけない”ということである。 仕事も、そしてその生き様も全ては、戸籍のない人間らしく、陽の当たらない場所で影として生きる。それにつきる。 それについて、何か理不尽に感じたり、やるせなさを感じることはない。いや、ないというのは間違いで、もう何も感じなくなったと言ったほうが正しいだろう。 そんな余裕や、そんなことを考える場所は、もうとっくに通り過ぎてしまっている。 そして、ひたすらに一人の人間に対して、忠誠を尽くし、与えられた仕事を全うする。その仕事の内容が、決して表立って他の誰かに頼むことの出来ない内容であるからこそ、自分は必要とされる。 そして必要とされるがゆえに、自分は今も生きることが許されている。 そう、信じていた……。 自分の秘密について語りだしたら、きりがない。けれども、今、自分の中にある最も大きな、けれどもそれは今までの暗い退廃的な秘密とは違う、そう、゛秘め事”という言葉を使うに相応しい、どこか心をくすぐる秘密と言えば、 ”恋人は天使” それに違いない……。 あまりの気持ちいいとは言えない種類の仕事を片付け、日付の変わった頃に帰宅する。3ヶ月おきに引越しを繰り返すため、部屋の中はガランとしている。 ベットが一つ、パソコンの乗ったデスクが一つ、椅子が一つ。ダイニング用のテーブルはない。ゆっくり食事を取る習慣もなく、必要ない。大きなシルバーの冷蔵庫は、その大きさににつかわず、いつも何も入っていない。ミネラルウォーターのペットボトルが重ねて寝かせられているぐらいだ。 そして、水槽が一つ。 動物は嫌いじゃない。いや、どちらかと言うと、好きなのだが、こんな不規則な生活では飼うのは不可能なわけで、変わりになんとなく買ったのがこの水槽だった。 中には、金魚が二匹。 魚の記憶力は3秒だと聞く。水族館のせまい水槽の中を泳ぐ魚に対して、広い海を恋しがることはないのか、と柄にもなく不憫に思っていたら、そのように本で読んで、笑ってしまった。この2匹の金魚も、3秒前のことは何も覚えていない。 それも、また幸せかもしれない……。 そんなことをたまに思う。 固い電気のスイッチをパチリと入れると、室内に無機質な蛍光灯の灯りが灯る。蛍光灯の灯りは好きではない。いつもなら白熱灯の灯りに変えるのだが、どうせまた次の引越しが近づいている。日々の仕事に忙殺され、結局今も、頭上には白々しい蛍光灯の灯りが自分を照らす。 ゆっくりと視線を室内に一巡させ、そして苦笑するように微笑む。 ━━今日も来てたのか……。 1ヶ月前から、この部屋には鍵を持たない、訪問者が居る……。 自分のような仕事をしてる人間にとって、外出中の不法侵入者というのは、もっとも危険な招かざれる客であるのだが、この場合は意味が違う。 愛しい不法侵入者は、毎日必ず邪魔しに来ては、何か可笑しな痕跡を残していく。 例えば、先ほどの金魚。買ってきたばかりのころは、極々普通の小さな金魚だったはずが、1週間外出して帰ってみれば、二匹の金魚は錦鯉に変わっていた。 テーブルにはメモが一つ。 ”ごめんなさい。エサあげすぎちゃったみたい〜!デブリンになっちゃいました” 見れば、確かにそれは同じ模様の金魚であったが、大きさはどう見ても錦鯉だった。 長期で外出する際は、窓辺の緑の鉢植えにもっとも気を使う。 ”園芸の友” などという類の雑誌を買い込み、研究してしまう自分に笑ってしまう。けれども、気持ち的には至って真剣なわけで……。 一週間分の水と栄養分が行き渡るようにセットして、外出し帰って見れば、微妙に鉢植えの位置は窓辺で移動している。 外出が長引いて、数日遅れで帰ってきても、植木の土が乾いていることはなかった。自分が不在の間も、必ず水やりをしてくれた人物が居たことを証明するかのごとく、その土は、いつも湿っていた。 彼女が自分を安心させるためにそうしているのか、それとも元来彼女がおっちょこちょいなのか、部屋はいつも朝自分が出て行った時とは違う姿で自分を迎える。 締め切っておいたはずのカーテンが開いていたり、冷蔵庫の忘れられたコンビニの食材が捨てられていたり(彼女のメモには”毒キノコが生えてました”と書いてあった)、そういえばビールを買うのを忘れたと思って帰宅すれば、冷蔵庫にはラガーが冷えていたりした。 仕事という名目上、ある女と食事をし酒を飲んで帰った日は、ことごとく部屋の全てのものが後ろ向きにされてた。椅子の向き、靴のむき、パソコンのむき、靴下まで全て裏表に返されてた。 「あたし、怒ってるんですけどっ」 そう言って、唇を尖らせる不機嫌な、けれどもそれさえもまたたまらなく魅力的に感じさせる、あの顔がすぐに浮かぶ。 彼女は自分の心が読める。だから、きっと、明日帰宅すれば、天井の蛍光灯は白熱灯に変わっているかもしれない。いや、間違いなく変わっているだろう。 彼女はそういう人だった……。 一度パソコンの電源を切るのを忘れて外出した時、勝手に立ち上げられたメモ帳にメッセージが残されてた。 ”だめですねぇ。消し忘れですかぁ?デンコちゃんに怒られちゃいますよ。変わりに杏樹さんが謝っておきましょう。 疲れてるみたいだね。ご飯もちゃんと食べてないね。だめじゃん。 あたしが料理でも出来たら、なんか作ってあげるんだけどさぁ、あたし、マヤちゃんと張れるぐらい”人間の料理”はダメなのよ。天界のメニューでいいんだったら、蛙の肝吸いとか、トカゲのから揚げとか作ってあげるけどさぁ、そんなのイヤでしょ? たまにはなんか美味しいものでもちゃんと食べてください。あ、でも、他の女と食べに行ったら密かに毒を盛るのでご用心♪ そうそう、明日は大雨になるので、傘を持って外出しましょ〜。唐人は雨ぐらいで傘ささないだろうけど、酸性雨で禿げられたら、杏樹さん、めっちゃ困るのでお願いだからアマガッパか傘持参してください。(ぶっ……、唐人とあまがっぱ……。ゲラゲラゲラ) あのね、今日ねぇ、お許し出たので夢にご登場予定。早くベット入って寝るんだよ〜〜。 杏樹ちゃん♪” その夜、彼女は約束通り夢に現れる。 決して忘れたことはないはずなのに、それでも薄れ行く鮮烈な記憶が、目の前の美しい人に再び色づけされる。 彼女は、美しい人だった。 美しすぎるほどに美しい人だった。 その髪も、肌も、瞳も、何もかもが美しすぎて、自分を惑わせる。 夢だと分かっていても見境なく求めてしまうほどに、その美しさは自分を支配する。 夢の記憶はいつも曖昧で、また現実のように自分の行動をコントロールすることも出来ない。ただ、ふわふわと砂糖菓子が誘うようなその夢の中で、自分と彼女はぴたりと体を寄せ合ってまどろむ。 交わした言葉はあまりない。いや、覚えていないのかもしれない。 彼女はその魅力的な唇を尖らせ、子猫のように甘える。 「あ〜早く、唐人にホントにちゅ〜したいよ〜」 彼女がそう言うので、ようやく自分はこれが現実ではなことに気づかされる。 けれども熱を持ってしまった自らの手のひらは、何度も彼女の美しい肌の上を滑り落ちる。自分の胸の中で、確かにその肌のぬくもりを与えながらも、すまなそうに彼女は言う。 「ごめんね、これ夢だからさ、リアルHは出来ないのさ」 全裸で男の膝の上に乗って、このセリフを言われるのだからたまらない。しかも、これほど魅力的な人に。 けれども、自分はよく知っているから不思議だ。この人に関しては、いつも欲情よりも愛情が勝ってしまうということを……。 彼女は自分の”美しい人”だ。 ”恋人”という言葉を自分が使う日が来るとは、夢にも、そう夢にさえ思わなかった。 世の中の全てのものが、不確かであり、現実でありながら非現実な自分にとって、彼女の存在は、もっとも非現実的でありながら、唯一現実であるようにさえ思う。 ”僕の美しい人”は、諦めていた全てのことを可能にさせる。 愛することも、愛されることも、その存在を認めてもらうことも、認めることも……。 そう、それは生まれて初めて自分が持った、胸を焦がす、幸せな”秘め事”かもしれない……。 2003.6.22 ”天使の休日”脱稿後、鳴り止まない”ヒジリ音頭”に従って書いてみました。 続編と言うよりも、一ヵ月後の恋の病に陥るヒジリンです。あ〜〜、苦悩する”いいオトコ”(これ重要、いい!!がつかないとダメ)っていいわぁ〜〜。ヒジリンほどのオトコが、キレイなおねーさんにメロメロという状況がタマリマセン! タイトルは昔見た映画より。なんか、ヒジリンにぴったりだなぁ、と拝借。 本当はこの”秘め事”というお題でM&Mで別のお話が頭にあったのですが、一気にぶっ飛んでしまいました。H&Aネタ、萌えます。。。止まりません。。。 |
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