09 冷たい手
" 冷たいキス"
written by 杏子
紫織は、白く浮き上がった、手首の線を見つめる。あの日、真澄を引き止めたい一心でかみそりをたてた部分からは、真っ赤な血が一筋流れていった。白く浮き上がったような線へと姿を変えたそれは、今はもう痛みはないはずなのに、右手でそっと触ると、ずきずきと痛む気がした。

ここに何度傷をつけても、そして仮に自分の命を差し出したところで、真澄が自分のものになる事はない。その白い傷跡は無言でそう語りかける。

とめどなく溢れる涙。

なんの役にも立たない涙。

もう、誰の目にもふれる事のない涙。


(これは真澄さまを愛した証。一生消えない、わたくしの証)


そう心の中で呟くと、自らの形のよい薄紅色の唇をその白い傷跡にそっと沿わせる。

冷たい、温度のないキス。

ついに、真澄に触れられる事もなかったその唇も、自らが付けた初恋の強烈な刻印も、どちらも温度を持たない生物同士のように重なり合う。


(さようなら、真澄さま…。さようなら、愛しいお方…)


消えていく初恋の幻影を瞼の裏に追いながら、なおも紫織の閉じた瞳からは涙がこぼれ落ちる…。



1.28.2003



<Fin>





長編『手のひらで融けた雪』脱稿直後に、浮かんだ紫織さんです。
救済措置にもなんにもなってませんが、紫織さんにはこういうキレイな終わり方をして欲しいものです。例えそれが非現実的であっても…。
ホントに短い1シーンの描写にすぎませんが、こんなのでもいいので、ぜひ投稿お待ちしております。





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