10 ドクター
”あなたにめぐり逢えてほんとうによかった”
written by 花音

おめでたが分かって間もなく7ヶ月に入ろうとしている。


「おはよう・・・今日もとってもいいお天気だよ。今日はどのあたりをお散歩しようか・・・・。パパも今日はお休みだから一緒にお散歩行ってくれるって。よかったね・・・・・」

日に日に大きくなるお腹に手を当てながら、お腹にいる赤ちゃんといろんなお話をするのが日課になっていた。


そんな私を愛しいそうに真澄さんは見つめてくれる。
お腹の中にいる赤ちゃんと真澄さんと過ごすゆっくりとした時間。

(今までこんな時間過ごしたこと無いかも・・・・・)

日差しが燦々と降り注ぐリビングで、いつも超特急のように過ぎ去る時間が不思議とゆっくりと流れていくのを私達は感じていた。






ある日の朝・・・・・・一緒にお散歩していた時のこと。

「マヤ・・・・そういえばアフレコに興味あるっていっていたよなぁ・・・・。ちょうどピッタリな仕事があるんだかやってみるか・・・・」

「えっ・・・・どんなお話のアフレコなの・・・・?」

「子供向けのアニメのアフレコだ。今回のキャスティングは全員お腹に赤ちゃんの居るママさんばかりだ。どうだ・・・・やってみるか・・・・」

さすがにこのお腹だと今までみたいなお仕事は当然出来ない。思うようにお芝居が出来ない私をみて、以前一回だけぼそっといった「アフレコっておもしろそう・・・・」と言ったことを覚えていた真澄さんが、この仕事を取ってきてくれたのだ。

声だけですべてを表現しなければいけない。
今更ながら演技をするということはすごく奥の深いことに気付く。
でもいい気分転換になるかも・・・・と真澄さんはこの仕事をするのを勧めてくれた。

私はすごく嬉しかった。

その日のお散歩はどんなお仕事なのか期待に胸を弾ませながら、いつも以上に楽しいお散歩だった・・・・・。






今回のアフレコのお仕事は、赤ちゃんがお腹にいるママさん女優さんでキャスティングされている。病院のマタニティクラスのような雰囲気がスタジオを包み込んでいる。

私を除いてみな1回ないし2回の出産経験がある先輩ママさんばかりで、いろいろと気遣ってくれたりアドバイスを出してくれる。

いざ収録がはじまると、セリフの一言一言に愛情が満ち溢れてくるのが感じられる。そのせいだろうか。収録の最中お腹の中の赤ちゃんは気持ちよさそうに動いているのが良く分かった。私だけじゃなく、キャストの皆さんが一様に同じ事を言っていた。

私は一人の先輩ママである劇団ふわ☆ふわの看板女優のふわっちと仲良くなった。

いつもふわっちは私のお腹を見るたび、愛しいそうに撫でてくれる。

「もうじきだね・・・・・。」

いつもニコニコしているふわっちはさらに目を細めながらいろいろと話し掛けてくれる。

「ねぇ良かったらうちに遊びに来ない??マヤちゃんのおうちも近いことだし、帰りは速水社長に迎えに来てもらったらいいじゃない。」

私は喜んでお誘いを受けて、スタジオから歩いて移動できるふわっちの自宅のあるマンションに向かった。


ゆっくり歩きながら、ふわっちは出産までのいろんなことを教えてくれた。
それは他愛のないことから、とっても大切なことまで、ふわっちらしい言葉で一生懸命私に伝えてくれる。


ふわっちのだんなさんは有名な劇作家で、仕事は常に4年から5年先は予約で一杯の売れっ子ライターさんだ。

私も一度だけだんなさんの書いたシナリオでお芝居したことがある。
1週間だけの舞台公演だったけれど、もう一回やってみたいと思う作品だった。

家に着くなり、だんなさまが出迎えてくれた。


「やあ・・・マヤちゃん お久しぶりだね・・・・。うちのと今一緒に仕事してるんだってな。ちゃんとやってる???」

一度だけしかお会いしたこと無いのに、とっても親近感のある素敵なだんなさま。私もふわっちのところのような夫婦になれたらないいなって思ってしまう。

「もう・・・・相変わらず口が減らないんだから・・・・」

ふわっちも負けずに応戦する。私はその軽快なやり取りが二人の親密さがうかがい知れる。

だんなさんはふわっちの体を気遣いながら、私とふわっち、そして二人の子供たちにお茶を入れた。


リビングには2人のかわいい女の子が仲良く遊んでいた。

その姿を見て、私ももう一人子供が欲しいな・・・・・って素直に思う。

真澄さんは何と言うかしら・・・・・。きっと私たち一人っ子だったら、子供は多いほうがいいって言うんだろうな・・・・・。と座り心地のよいソファーにもたれながら思いを巡らす。

ふとマガジンラックに目をやると「たまごくらぶ」と「ひよこくらぶ」がたくさん並べてあった。特に日付が古いもの・・・・・きっと上のお姉ちゃんを身ごもったときのものであろうか。

読んでは閉じて、閉じては読んで、きっと繰り返し繰り返し読んだであろうその一冊の雑誌に私は心を奪われていた。


「ああ・・・それね。それは私が最初に妊娠したときに、不安で不安でしょうがなかったときにひたすら読んでいたものよ・・・・。今となっては全然平気なことが全然平気じゃない。もう不安をかき消すために一生懸命読んだヤツかな??????」

昔を懐かしむようにふわっちはその雑誌を手に取った。
パラパラめくりながら、初めての妊娠から出産までのことを話し始めてくれた。

「妊娠がわかったときはすごく嬉しくて、どうやってだんなさんに話をしたか覚えてないのね。で、最初の頃って本当に妊娠してるかどうかなかなか実感がわかなくて・・・・・。ついついお芝居していると妊娠していることを忘れちゃうのね。で慌ててだんなさんが『こらぁ身重のこともっと自覚しろ!』ってよく怒られていたの。」

「うちと一緒だわ・・・・・」

「やっぱり!!ほら・・・・・何処のだんなも同じこと言うんだよ!!」

3人して苦笑いする。

「おかげで上のお姉ちゃんはお転婆さんで・・・お転婆さんで・・・・・困っちゃうくらいよ・・・・・この間も学芸会の主役もらってきたって張り切っているわ・・・・・。」

そういえばさっきから一生懸命セリフを言いながら下のお姉ちゃんを相手にお稽古をしていた。

「私が一緒にお稽古してあげたらいいんだけど、なんせこのお腹でしょ・・身動き取れなくて・・・・・。で、パパが急遽演出しながら上のお姉ちゃんのお稽古を見てるのよ・・・・。さしずめ私は監督ってところかしらね」

「いいなぁ・・・・・とっても楽しそう!!」

「楽しいよ・・・・ホント。こんなに楽しくていいのかな?って思うくらい楽しいしとっても幸せ。みんなにもこの幸せ感じて欲しいよねっていつも思うんだ・・・・」

ふわっちの飾らない一言一言がやさしく私を包み込んでくれた。

私は思い切って、一番の気がかりだった出産について尋ねてみた。

ふわっちは、「わたしにお任せくださいませ!」といわんばかりに手を胸に当てて、上のお姉ちゃんの出産の時のことを色々と話してくれた。

「一番上のお姉ちゃんの出産のときは、やっぱり初めてだったからすごく不安だったのね。ちょうどお仕事していたときに仲良くさせてもらった方が先輩ママさんで、おうちも近かったせいかホント色々と教えてもらったのね。出産の朝は意外と落ち着いていて、「おしるし」っていう赤ちゃんからの合図があるんだけど、私はビックリするくらい早く産めたのね。個人差があるけれど・・・・で、うちのだんなは出産に立ち会うって言っていたんだけど何故か一人で頑張りたくて・・・・。でも分娩室に入るまではずっと一緒だったけどね・・・・・。
生まれた時、それまでのことを一遍に忘れてしまって、もう一人・・・生みたい!って思うのよね。で上の子と2つ違いで下の子が生まれて・・・・。
今回が3人目って言う訳・・・・。さすがに3人目ともなると段取り心得てるからいつでもどーんと来い!って感じかな。」

ふわっちは書棚から一冊のノートを探して私に手渡してくれる。

「たくさん教えてあげたいんだけど、一晩でも二晩でもかかっちゃいそうだから・・・・・。良かったら読んでみて・・・・・」

「えっ・・・・いいの???」

「もちろん!私の初めての出産の時には先輩がほんと良く助けてくれたの。だから・・・・今度は私の番。だから遠慮なんかしないでね・・・・・」

私は嬉しくて嬉しくてそのノートをしっかりと抱きしめた。


その日は真澄さんがふわっちのおうちまで迎えにきてくれたのだが、だんな様と意気投合してしまって、結局ふわっちのおうちでお夕飯までいただいてしまったのだった。


私のちょっぴり不安だった気持ちは一気に吹き飛んでいった。






最後の検診の日、私は杏子先生のクリニックを真澄さんと一緒に出向いた。

「マヤちゃん。調子はどう?? いよいよ赤ちゃんとご対面だね。ドキドキじゃない?」

いつもと変わらない調子で杏子先生は体調チェックをしてくれる。

「もしかして、速水社長の方がドキドキしてるんじゃない??」

真澄さんは杏子先生に痛いところを突かれて苦笑いしている。

「えっ・・・まぁ・・・・。何分この華奢なマヤのお腹が目一杯大きくなってるものですから・・・・。多少なりと不安はありましてね・・・・・」

私と杏子先生は目を合わせながら思わずニッコリする。


いつも変わらず颯爽としている杏子先生の隣にはやさしそうな看護婦さんが一人立っていた。


彼女は杏子先生のお父さまが経営する病院の助産婦さんで、名前をおけいという若手のホープのナースである。

「はじめまして!マヤさん。私ずっとあなたのファンだったの。だから今回杏子ちゃんからマヤさんの出産に立ち会って欲しいって言われたときは夢じゃないの???とすごく嬉しかったの。きっと不安とかもあると思うけど遠慮なく言ってね!!」

キラキラと瞳を輝かせて私の手を握り締めた。

「こちらこそ・・・・きっと一杯ご迷惑をおかけすると思うけれど・・・よろしくお願いします・・・・・」

と私はおけいさんの手を握り返した。


「おけいちゃんは、若いけれどキャリア十分のナースだからどーんと任せてくれて大丈夫だからね!」

と杏子先生も太鼓判を押してくれる。



気がついたら、周りには心強い見方がたくさん増えてきていた。






予定日まであと1日。


真澄さんは忙しいスケジュールを何とか調整して、予定日の一日はオフを取ってくれていた。

私はお腹の赤ちゃんとお話するのが日課になっていて、

「いよいよ明日があなたと会える日ってお医者様に言われているのよ・・・。明日はパパも一日お休みなの・・・・。もしこの世に出てきてもいいよ!って思ってたら明日出てきてくれると嬉しいんだけどな・・・・・。」

と一生懸命語りかけていた。

お腹をさすっていると、「うん!分かったよ・・・・」と言わんばかりにお腹をけってくれる。

「いよいよ明日かぁ・・・・・・」

私はこれからどんなことが始まるのかただ漠然と考えながらも不思議不安はなかった。


そしていよいよ出産予定日の朝を迎えた・・・・・・。


朝ご飯の用意をしながら、少しお腹に違和感を感じる。


「真澄さん・・・・・お腹がちょっと変な感じなの・・・・・・もしかしたら生まれるかも・・・・・」

「本当か・・・・・」

「たぶん・・・・ふわっちから貸してもらったノートにも書いてあったから。」

「じゃあ、病院に・・・・」

「うん・・・・支度してくるね・・・・・」

真澄さんは、杏子先生が待つ病院と水城さんに電話をかけた。


病院に着くと私は待機室という部屋に案内されて、出産に向けての準備をはじめた。

この間杏子先生のクリニックにいたナースのおけいさんが段取り良く私のお世話をしてくれる。

「一緒に頑張りましょうね・・・・・」とやさしく私に話し掛けてくれる。


等間隔に陣痛がやってくる。そのたびに真澄さんは背中や腰を一生懸命さすってくれる。

「大丈夫か・・・・・」

「うん・・・大丈夫。これからもっと大変らしいから・・・・」

「そうか・・・・。」


不思議と私はリラックスしていた。



陣痛の間隔がかなり狭くなってきた。

「そろそろ分娩室に行きましょうか・・・」

おけいさんはゆっくり私をベットから起こしてくれた。。
そんな私を心配そうに見つめる真澄さん・・・・。

「大丈夫よ・・・・。一人で頑張ってくる・・・・。」

「歩けるか・・・・」

「うん・・・・」

私は真澄さんの手をしっかりと握り締めながら分娩室にむかった。


「じゃあ行ってくるね・・・・」

私は不安そうな顔をしている速水さんにとびっきりの笑顔で手を振った。







分娩室に入って約30分後に天使のように愛らしい女の子が生まれた。


杏子先生が産まれたての赤ちゃんを私の胸元に連れてきてくれた。

「はじめまして・・・・。私があなたのママよ・・・・。」

急いで真澄さんが分娩室にやってくる。

「よく頑張ったな・・・・・」

真澄さんはそっと繊細な指先で私の額の汗を拭う。

「良かった・・・・無事生まれてきてくれて・・・・」

「そうだな・・・・・ホント良かったよ。マヤ・・・・ありがとう・・・・」


と言うとそっとキスをしてくれた。


「あのぅ・・・・・・」

おけいさんは完全に二人だけの世界に入ってしまっている私たちに申し訳なさそうに声をかけてきた。

その声に振り向くとおけいさんの腕の中には産湯につかってきた産まれたての赤ちゃんがしっかりと抱かれていた。

「マヤちゃん・・・・・。ホントお疲れ様。2800グラムちょうどの元気な女の子よ。そうねぇ・・・・・輪郭と目元がマヤちゃんそっくりで、ほかのパーツは速水社長似かな・・・・。女の子はパパ似の方がシアワセになるっていうってよく言われてるから・・・・・・」

「本当だわ・・・・。」

「将来はきっと美人になるぞ・・・・」

真澄さんは満面の笑みを湛えながら看護婦さんに抱かれている初めて見るわが子に愛しいそうに見つめる。

「もう一人、赤ちゃん欲しいな・・・・・おかしい??産んだばっかりでそんなこというの・・・・?」

「何、おかしくなんか無いさ・・・・。俺ももう一人欲しいよ・・・・。今度は男の子かな・・・・・」

「あなたに似た男の子ならきっとすんごい男前だったりして・・・・」

「そうだといいのだが・・・・・。」

真澄さんは照れ隠しなのだろうか。人差し指で私のほっぺを突っついた。


「マヤちゃん、また赤ちゃん出来たらちゃーんと私たちで責任をもって出産までお世話させてもらうから大船に乗ったつもりで来て頂戴!!」

おけいさんから頼もしいお言葉を貰う。

そして杏子先生はニコニコしながら、

「もう・・・・さりげないキスには参った参った・・・・・何をやっても速水社長って絵になる男だわ・・・・・。」

杏子先生とおけいさんは「ごちそうさま・・・」と言わんばかりに手で顔を扇いでる。

「速水社長・・・・また解禁日については追ってご連絡しますわ。それまでは・・・・・・・」

杏子先生はさりげなく釘をさしている。

「さすが先生ですわ・・・・さりげなく・・・・・」

おけいさんは一生懸命笑いをこらえている。

「杏子先生には敵いません・・・・。はい。しっかりと仰せの通りにいたします。」

真澄さんは赤ちゃんを抱きしめながら、しょうがないなぁ・・・・と言わんばかりの顔をしていたけれど、とっても幸せな笑顔を見せてくれた。





数日後・・・・・

私達は生まれてきた女の子に「あんず」と付けた。

窓の外に杏の花がきれいに咲いていたから・・・・そしてお世話になった杏子先生の一文字を貰って・・・・・・・。






そして5年後・・・・・・・


あんずは幼稚園の年長さんとなり、秋の学芸会の演目である「白雪姫」の主役を貰ってきて張り切って幼稚園から帰ってきた。
私のアルディスの写真を見てはいつもウットリとしていたあんずは念願のお姫様役ということで毎日フリルがたっぷりのパジャマを着ては私と一緒にお稽古をしている。
真澄さんはそんなあんずの姿をみて、「王子様の役はパパが代わりにしてあげよう・・・・」といってノリノリであんずの相手をしている。


ありがとう・・・・速水さん・・・・ありがとう・・・・あんず・・・・。
私はあなた達にめぐり逢えて本当によかった・・・・。


母さん・・・・月影先生・・・見てますか。
私、今とっても幸せです。



いつまでもこの笑い声が続きますように・・・・・。


澄み切った空から燦々と降り注ぐ光が私たちを包んでくれた・・・・・・。



<FIN>










□花音さんより□

37.5のお題でオメデタのお話を書いて、いずれは出産のお話も・・・・と暖めてきたお話でございます。幸いなことに周りには赤ちゃんのいるお友達がたくさんいたので、ヒアリングに次ぐヒアリングで・・・・・。まだお子ちゃまのいない花音もとってもいい勉強になりました。

以前BBSで続きが読みたい!とたくさんの書き込みをいただいて、至らぬながらもはじめての「続編」なるものを書いてみました。
まだまだ修行がたりんなぁ・・・・と感じるワタクシでございます。

最後まで読んでくださった皆さま 本当にありがとうございました。

そして杏子ちゃん。ホント色々とありがとう・・・・・・。

マヤちゃんのセリフを借りて・・・・・。

「ありがとう・・・・杏子ちゃん。ありがとう・・・・・みなさん・・・。
私はESCAPEにめぐり逢えて本当によかった・・・・。」







□杏子より□
出産に対する不安とそして期待、乙女の筆で丁寧に丁寧に綴られていて、優しい(子煩悩ともいう)速水さんに、思わず目じり下がりっぱなしの杏子でした。
乙女花音ちゃんらしく、全体に流れる空気が、ゆったりと穏やかで優しくて、あったか〜い気持ちになりました。
末永く、末永く、ゆったり、お二人には幸せでいて欲しいです。
そして、涙もののメッセージありがとう!
いよいよ、30のお題もあと残すところ2つになりました。ご投稿者の皆さんの思いがぎっしり詰まったこのコーナー。本当に、杏子の宝物です。
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