12 罪
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"君のためなら" written by きょん |
・・・パーティは嫌いだ。 例え、主役が自分であろうと(いや、自分だと余計に気を使わなくてはいけないから)ひきつり気味の笑顔を振りまかなくてはいけないし、何より話すのが下手だ。 だからパーティは嫌いだ。・・・ 色とりどりに煌びやかにさんざめくシャンデリア。 ぶつかりあうグラスの音。 女性たちが纏う、美しいドレスの衣擦れの音。 優雅に流れるクラシック音楽。 時折聞こえてくる人々の笑い声。 それらを、その場所にいるにもかかわらず、まるでテレビでも見ているかのように何か遠いもののような感じを抱きながら、マヤはホールの隅でぼんやりと見ていた。 自分がかつて主演した舞台の演出家が、別の舞台で賞を取ったというので、そのお祝いのパーティだった。 本当は自分などこなくてもよかったのだけれど、ただ一つ、その舞台を大都芸能が主催していたのでひょっとしたら真澄に会えるかもしれない・・・それが嫌いなパーティに自ら足を運ばせた動機だった。 速水真澄。 20代で大都芸能の社長に就任し、今では業界では並ぶ者なしとまでいわれるやり手社長。 先日発売された女性週刊誌のアンケートでは、『抱かれたい男性』『スーツの似合う男性』『車の助手席に載せて欲しい男性』『連れて歩きたい男性』『愛人になりたい男性』果ては『理想の上司』にまで、芸能人でもないくせに全てにランクインされていた。 このようなパーティ会場で、完璧にタキシードを着こなした真澄にスイと腰に手でも添えられた日には、大抵の女性は舞い上がってしまうだろう。 大体、真澄が女性の注目を必要以上に浴びるようになったのは鷹宮紫織との婚約が破棄されてからだ。 真澄も何故か以前よりパーティの出席が多くなったような気もする。積極的に女性に話しかけたりダンスに誘ったりして、今では真澄に声をかけてもらうことが女性たちのステータスシンボルにさえなっているのだ。 今も、真澄の両隣にいる女性は片や男性雑誌で『お嫁さんにしたい女性bP』に選ばれた女優のYOKO、片や『寝てみたい女性bP』に選ばれたモデルの陽陽。 これでは両手に花どころか、両手に花輪くらいの豪華さである。 「ねぇ、速水社長。今夜はアタシと付き合って下さるんでしょう?」 「あらダメよ。社長はもうフリーなんだから、誰のものでもないわ。独り占めなんてズルイわよ。」 両腕にしなだれかかる女性たちの会話を真澄はさもうれしそうに聞いている。 マヤは壁によりかかりながらそんな真澄の姿をぼんやりと見ていた。 ・・・どうせ私はせいぜいが「妹にしたいタレント」の隅っこに上がったくらいですよ。なによ、私がいることに気づきもしないで美女二人に囲まれてデレデレしちゃって。 そばにマヤがいることに気付かない、数人の男たちのヒソヒソ話が聞こえてきた。 「速水社長、最近ハデだねぇ。あれで一体何人の女を泣かせたんだ?」 「この間、恋人のキアヌ・リーブスと別れたって騒がれた杏子とかいう女優な、ひょっとしたら速水社長が原因じゃないかとまで言われているんだぜ。」 「今だってわからないさ。二股どころか三股、四股かけてたりしてな?」 「あはは・・・違いない。一人ぐらい分けてもらおうか?」 男たちの下品な会話にげっそりしたマヤは早々に帰り支度を始めた。 自分がパーティを嫌いな理由。 話し下手とか何とか言うより、最近のこういう席での真澄を見るのが嫌だったのだ。自分よりずっと大人っぽくて色っぽい女性を相手にしている真澄。決して自分とはしない上品な会話をソツなくこなす真澄。 ・・・やっぱりこなきゃよかった。最近お互い忙しくて会えないからここにくれば会えるかなと思ったのに。驚かせるつもりでここに来ることも黙ってたのに。私がいようがいまいが、きっと速水さんにはあんまり影響ないことなのかなぁ。私なんて一日でも速水さんの声が聞けないと不安でしょうがないのに。 そんなことを考えてると、マヤの頭の中にある疑問がわいてきた。 ・・・ひょっとして、速水さん、私と別れたがっている? 私の存在に気が付かないフリをして、わざと見せつけているのかもしれない。 そう思い始めると、ここのところ忙しくて会えなかったことも辻褄が合うような気がしてきた。マヤのオフ日を真澄の休みと合わせないようにすることなど、社長にしてみれば簡単なことだ。 一時の熱に浮かされて自分のことを「好き」と言ってくれたけれど、冷静になった真澄が冷めてしまったとしても不思議はない。 別れの言葉を切り出すのに困って、暗に真澄に釣り合わない自分を見せつけるために態度で示しているのかもしれない。 マヤの中で、やがて疑問は確信へと姿を変えた。 ・・・帰ったら聖さんか水城さんに連絡をとろう。「速水さんのいいたいこと、わかりましたよ」って伝えなきゃ。大丈夫よ、私。速水さんなんかいなくたってお芝居があれば何とかやっていけるわ。短い間だったけど、速水さんみたいな人と恋人でいられただけ幸せと思わなくちゃいけない。最後くらい私もオトナになったとこを見せて、笑って「さよなら」言わなくちゃ。でも、これから平気で顔を会わせられるかなぁ。ああ、ダメダメ!今はそんなこと考えている場合じゃない!とにかく帰ろう。帰ってから考えよう。 そっとパーティ会場を抜け出し、クロークでコートを受け取って帰ろうとすると、エレベーターホールの前で壁に肩肘を付いてもたれている真澄がいた。 ちょっと驚いたマヤだったが、知らぬそぶりで真澄の前を通過しようとした。 「恋人を置いて先に帰るのかい?ずいぶんつれないんだな。」 マヤは黙ってエレベーターのボタンを押そうとしたが、後ろからその手首を真澄に掴まれた。思わず真澄を振り返って顔を見た。すっかり覚えてしまった仄かなコロンとタバコの香りがマヤの鼻をくすぐった。悔しいけれど、こうやって近くで顔を見て声を聞くとまだ胸の奥がズキズキと痛むほど真澄のことが好きだ。マヤは頭を振って思い直した。 「ずいぶんお忙しそうでしたから・・・。それに、私、速水さんの望むことがやっとわかりました。鈍くてごめんなさい。明日、聖さんか水城さんに伝えてもらおうと思ったんですが・・・。もう泣いたりしませんから安心して下さい。こんなことになっても仕事はちゃんとやります。今まで本当に楽しかったです。ありがとうございました。」 泣くまいと決めたのに涙が溢れそうになってくる。 「ちょっと待ってくれマヤ!俺の望むことって何だ?こんなこと?ありがとうございます?いったい君は何が言いたいんだ!?」 心底わからないという顔で問いかけてくる真澄にマヤはだんだん腹が立ってきた。 ・・・わかってるクセに。私に言わせたいの? 「速水さんは私と別れたいんでしょ?私のことなんかもうどうでもよくなったんでしょ?あなたを諦めさせるためにあんな風に他の女の人といるところを見せつけてるんでしょ?わかってるんだから。そのくらい、ちゃんとわかるんだから。心配しなくても週刊誌に暴露本書いたりなんかしないから安心して。」 マヤはもう自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。 「ちょっとこい!」真澄はマヤを抱きかかえるようにして、無理矢理パーティ会場へと戻っていった。 真澄が帰ってきたのに気付いた陽陽が「まぁ、速水さんどこへいっていたの?」と声をかけたが、それには答えずに真澄はマヤを抱きかかえたまま会場の上座まで行くと、そこに据えられたマイクを取り上げた。 「会場の皆様、突然ですがここで私大都芸能社社長速水真澄は女優北島マヤにプロポーズさせていただきます。」 呆然として声もでないマヤの左手を取り、その甲にそっと口付けて言った。 「君に似合う男になりたかった。婚約破棄の経験がある俺だから、君が世間から『あんな男のどこが良くて・・・』なんて言われないように、君が少しでも自慢できる男になりたかった。それなのに、こんな風に君の誤解を生むなんて夢にも思わなかった。信じてくれ。俺はこれまでも、これからも君のことしか考えない。君のことしか見ない。だから・・・マヤ・・・ずっと一緒にいてくれないか?」 まっすぐに自分を見つめる真澄を見て、真っ赤になったマヤはもうしどろもどろだった。 「は、速水さん!こんな皆さんのいる前で何言ってるんですか!本気なんですか!」 それでも真澄はマヤの目を見つめ続けている。 「マヤ。俺はいつでも君には本気だよ。素直に返事がもらえないということは、俺は遠回しに断わられているのか?」 会場の客たちも、今は飲むことも話すことも忘れてただ真澄のプロポーズの返事を固唾をのんで見守っている。 「わ・・・私こそ速水さんに釣り合わないと思ってた。うんと年下だし、美人でもないし、お金持ちでもないし、何一つ速水さんとは釣り合わなくって。それでも・・・それでも貴方が好きで、私どうしていいかわからなくて。」 真澄はこれ以上ないというくらい優しい目をマヤに向けて言った。 「マヤ・・・Say Yes!」 マヤは真っ赤になって、それでもしっかりと答えた。 「・・・Yes・・・」 瞬間、会場から大きな拍手が沸き起った。 しかし、陽陽・YOKOを始めとする会場内にいた女性の何人かはその場で崩れ落ちるようにして泣き始めた。 パーティの主役である演出家が真澄たちのそばににこやかに近寄ってきた。 「速水君、すっかり今日の主役を取られてしまったな。しかしな、君あの泣き崩れているご婦人方をどうする?明日になればもっと失恋者は増えるぞ。北島君を手に入れる為とはいえ、君も罪なことをしたものだ。女性たちの恨みは怖いぞ〜。俺は知らんからな。自分のことは自分で始末したまえ。それと、結婚式には是非とも招待して欲しいものだな。」 呵々大笑しながら去っていく彼を真澄はボーゼンと見送っていた。 ・・・ひょっとして私の身も危なかったりして。 真澄から2・3歩離れて彼を見上げると、何とも情けない瞳で自分を見下ろす真澄と目が合った。 6.14.2003 □きょんさんより□ いつもならお話を書いてから無理矢理お題をくっつけていたのですが、今回は初めてお題からお話を考えました。 悶々とする真澄様は我らガラかめらーにとっては本当に「罪作り」な人なのですが、今回はちょっとばかり積極的になっていただきました。 私はこの「30stories」でデビューさせていただいて、作品を通じて杏子さんや皆様に支えていただきました。 せめてものお礼にと、この作品を謹んで我らが院長先生こと杏子さんに心を込めて贈ります。 □杏子より□ ”パンドラ””はじめまして””シンドローム”ときょんさんには、絶対杏子が手をつけなかったであろう、お題を お手伝いしてもらってきましたが、最後は”罪”で〆ていただきました。まさか、”罪”というお題でこんなイケメン(死)社長が 拝めるとは!! モテモテ社長、萌えます。キザキザ社長、サイコーです!! そして、オイラの”キアヌ・リーブス萌え発言”を拾ってくれてありがとう!!(顔がにやけて、しょうがなかった) きょんさん、30のお題、愛してくれて本当にありがとうございました! |
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