13 螺旋
"螺旋”
written by kineko
ここ2、3日雨が続いている。もうそろそろ入梅かとぼんやりと窓の外を眺めていた。雨だけのせいではない。夕べの息子の今までに聞いたことの無い真剣な口調が彼の心にモヤモヤとしたものを生み出していた。
コンコンとノックをするのが聞こえた。ふとデスクの上の時計を見ると予定の時間、ぴったりであった。
「どうぞ。」
短く返事をすると、すっとドアが開き、長身の青年が姿を見せた。その陰から少女のような女性が、恥ずかしげについて現れた。
青年は、その女性を自分の前へと招き、緊張で倒れそうな彼女を支えるかの様に両肩に手を置き、すぅっと一息吐いてから、意を決したように話し出した。
「おとうさん、この人が僕の一生の伴侶となります。」
その顔は、少し上気していて、言葉の端々にも表情にも、誰が見ても幸せであるとわかる程、輝いていた。
傍に寄り添う女性は、首筋まで紅く染め、ちょこっと青年の方を向き、コクンと頷いてから
「よろしくお願いいたします。」
と、小さいけれどもはっきりとした口調で言った。
二人が交わす視線は、熱く甘く、見ている者は、つられて赤くなってしまいそうだった。

照れ隠しに、コホンと小さく咳払いして
「二人で決めた事だ。反対する理由はない。」
その言葉を聞き、青年はこう続けた。
「じつは、もうすぐ、貴方はおじいさんと呼ばれる事になります。」
傍らにいた女性は、ますます顔を赤くし、身を縮ませていた。
突然の告白に動揺しつつも、努めて冷静をよそおい、
「それは、とてもうれしい事だ。しかし、式はどうする?挙げないのかね?」
親心で心配そうにそう聞いてみる。
「なるべく、早いうちに、おとうさん達のように身内だけで、こじんまりと挙げたいと思っています。」
青年は宣言するように、はっきりと言い切った。彼は青年の傍らで小さくなっている女性の手を取り、こう言った。
「どうか息子を、よろしく頼みます。」
「いえ、あの、こちらこそ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします。」
そう答える女性の瞳には綺麗な涙が光っていた。
「おとうさん、僕の妻を泣かせないでくださいよ。」
そうたしなめる青年の笑顔を見た時に、彼の心の中は晴れわたっていく気がした。

雨は、いつしか上がり、窓の外には桜の大木の緑の葉が、明るい日差しを受け、雨粒がキラキラと光っていた。

月日の経つのは早いものだ・・・・・
彼はそう思っていた。






「ねぇ、速水さん。花咲き出したね。」

そっとドアを開け入ってきたマヤの声に、作業の手を止め、ふと窓の外に目をやった。
庭の片隅に植えた桜の若木が、一生懸命に花を咲かせているのが月に照らされ、薄ぼんやりと見えた。
とことこと、パソコンに向かっている真澄の背後からおぶさる様に抱きつき、
「何度目の桜かな?二人で見るの。」
そう、耳元で囁いた。
「3年目じゃないか」
真澄の答えを聞き、背後でううんと頭を振るのがわかった。
「違うの。そうじゃなくて、何回、一緒にこんな風に桜、みたかなって・・・・」
しなだりかかりながら、甘えた声で言った。
背後から腕を回し真澄を抱きしめる形で、マヤの体は密着していた。
「二人とも忙しいでしょ。結婚の記念に植えたあの桜、咲いた花を何度一緒に見ることができたかなって。」
マヤが口を言葉を発する度に、真澄の耳には甘やかな吐息がかかった。
「寂しいのか?」
「・・・・・・少し。でも大丈夫よ。離れていても速水さんはいつも私の傍にいてくれるって感じているから。」
背中にもたれかかり、そう話すマヤの声が体の中に響いてくる。


早く仕事を片付けようと忙しなくマウスを動かし、キーボードを叩く。重ねた体越しに、キビキビとした筋肉の動きを感じとったマヤは、そっと体を離した。
「どうした?」
柔らかな重みを心地よく思っていた真澄は、残念そうにそうマヤに優しく問い掛けた。
「あっもたれてたら、お仕事の邪魔かなって・・・・」
真澄はマヤに向き直り両手を広げ、
「こっちにおいで。」
そう誘った。マヤは頬を染め椅子に座っている真澄の前にそっと歩をすすめた。その腰を引き寄せ、開いた足の太ももへと座らせた。
顎に指をかけそっと上向きにさせ、その唇に唇を重ねた。
「もうすぐ終わるから、ここにいてくれ。」
そういい、マヤを膝に座らせたまま、カタカタとキーボードを叩いた。
クスリとマヤが笑う。
「何がおかしい?」
問い掛ける真澄を見上げ、
「なんだか余計、邪魔してるみたい。」
その声はちっとも悪びれていない。微笑むマヤに接吻し
「傍にいてくれたほうがはかどるよ。」
そっと一度抱きしめてから、作業に手を戻した。
マヤは大人しく真澄の言うとおりにチョコンと腰掛けて作業をする手を見つめていた。
「綺麗ね。速水さんの手。」
「ん?そうか?」
終了をクリックする為にマウスを操作している真澄の手に、マヤは手を重ね、ちょこっと力を入れる。
「はい。終了ですよね。」
そう言って真澄に微笑みかけた。
「もう、覚えたか。」
軽くキスをする。
ブンと微音をたて、電源が落ちた。
「はい。いつもみてるもの。」
真澄の首に腕を廻し、ちょっと得意げなその顔が愛しくて、真澄は深く深く口付けていった。






「きゃ!」
不意に真澄の腕の中に抱きかかえられ、マヤはじたばたした。
そんなマヤに真澄は深くキスをし、大人しくさせた。
「ん・・・」
口の奥から声が洩れ落ちる。真澄の首に廻した腕に自然と力が入る。
「そんなに暴れると落とすぞ。」
「落として・・・・・」
何時に無く艶のある声で、妖しげにマヤが答える。
真澄は体に中から熱くなるのがわかった。抱き上げたまま。再び熱くキスを交わす。
「・・・・んん・・・・・・あっ・・・・・」
「どうした?」
低く掠れた声で真澄は尋ねてみた。微かにマヤから甘い、アルコールの薫りが漂った。
「パーティーの酒の名残かい?今夜は変だよ。」
「いや?」
上目遣いに見上げるマヤの瞳はしっとりと潤んでいた。
その瞳と上気した頬、艶やかな声の響き、全てが真澄の理性を狂わせた。
「明日はオフ、だな。」
マヤを抱きかかえたまま、器用に寝室のドアを開け、薄暗い部屋へと進み行った。


マヤをそうっと降ろし、真澄がその上に覆い被さるとベッドは微かに軋む音をたてた。月明かりに照らされるマヤの顔をしばらく眺めてみた。
「なぁに?速水さん。」
クスリと笑いかけるマヤに深く口付けていく。
「綺麗だ・・・・マヤ・・・」
「んん・・・・・あっ・・・・ん」
洩れてくる声は更に甘い響きを持ち始める。それが真澄の耳に届くほどに唇は熱を帯び始める。キスを交わしながら、真澄は馴れた指先でマヤの夜着のボタンを外していった。はだけられ、露わになった白い肌を淡い月の光が照らし出した。頬を、肌を薔薇色に染め、マヤは乱された服で胸を隠そうと恥らう。何度、夜を重ねようと、いつまでも変わらぬその仕草に真澄は、愛しさが増す。やや乱暴に、乱れを直そうとするその手首を掴み、自分の下に組み敷いた。
「や・・・ん・・・・はなして・・・」
塞がれた唇から、拒絶の響きを持たない言葉がこぼれ落ちる。
真澄の熱い唇は、マヤの唇から、頬、耳朶、首筋、鎖骨と進み、閉めかけられたボタンを器用に口で開け、胸へ腹部へと下り進んでいく。
「・・・・はぁ・・・・・んん・・・・」
一つ、二つと真澄しか見ることの無い場所に、淡い紅の印をつけていく
「だ・・・め・・よ。撮影が・・・・」
「見える場所じゃない。俺しか見ない場所・・・だ。」
マヤを押さえ込んでいた手はいつしか、柔らかな胸を弄り、腰のラインをくだり、太腿を撫で上げていた。触れるか触れないかの柔らかな動きと、挑むように力強く弄る動き、緩急の動きで焦らし、マヤの一番熱くなっている場所は触れもしなかった。その事が一層マヤの体を熱くさせ、彼女の意思に反し、体は波打つようにしなり、真澄の腰へと摺り寄せられていった。体に残るアルコールのせいか、今までに見たことの無い、その妖艶な動きに真澄自身は、昂ぶりを抑えられなくなってきていた。いつもなら念入りに加えられる愛撫を施せる余裕が真澄には無くなってきていた。
「マヤ・・・・いいか?」
「・・・・・・・・え?」
腰をぐいっと引き寄せ、溶けるその場所へと沈めこんでいった。
少しの圧迫感はあったが、マヤ自身も欲していたのだろう。潤滑に中へと導かれていった。
「ああっ・・・!」
ぐんと体が弓なり、体が密着する。背中に廻された手に力がこもり、爪が立てられる。互い違いに引かれる3本の赤い線。少しの痛みが真澄の走り出しそうなモノの制動を止めてくれる。
「・・・・・・真澄・・・さ・・・ん。」
喘ぐ声の端から、突然名前を呼ばれ、真澄は歯止めが利かなくなった。
「マヤ・・・・マヤ・・・愛してる・・・」
「あ・・・・真澄さん・・・愛してるわ・・・・」

月明かりの差し込む静かな部屋にベッドの軋む音が一際大きく響いた。







蒼い月の光が窓からベッドを仄かに照らしていた。
真澄は、乱れたシーツを引き寄せ白く輝く素肌に掛けた。羽が生えてきそうな綺麗な肩甲骨を指でそっとなぞり、もつれた髪を手で優しく解きほぐしていた。ゆっくりとシーツを体に纏わせながらマヤは真澄を見上げた。どこか虚ろげなその眼差しは、半分夢の中を彷徨っているかのようだった。真澄が伸ばした腕にマヤはそっと頭をのせた。
「らせん・・・・・」
小さな声でマヤが呟く。
「?らせん?螺旋がどうかしたか?」
真澄は答えを聞き漏らさないようにマヤの口元に耳を寄せた。マヤは静かに瞼を塞ぎ ながらうわ言のように囁いた。
「絡まる・・・・螺旋・・・・」
やがて軽い寝息をたて始めた。
「また、台詞の練習かい?おチビちゃん。」
眠ってしまったマヤの唇にそっと接吻し肩までシーツを引き上げてやった。

蒼い月の光の中、突風で何処からか飛んできた桜の花びらが舞い踊っていた。何度目の夜だろう・・・・大事なものを抱えて眠るのは。







社長室のドアが突然バタンと開け放たれた。それは以前はよくあったこと。豆台風の登場に秘書がおろおろとしていたのが、遠い昔のような気がした。ここ数年はそんな風にドアを開ける者はいなかった。いや、以前もこれからもそんな風に、真澄の前に現れる人物は一人しかいない。
「どうした、おチビちゃん。」
「もう!ふざけないで、速水さん。」
ちょこっとふくれ顔を作る。懐かしいその登場の仕方につい昔のように呼んでみたくなったのだ。
「君こそ、いつになったら名前で呼んでくれるんだい?」
デスク越しに手招きをし、マヤを傍に呼ぶ。ドアをそっと閉めて、真澄の元へと近づき、屈み込むように真澄のおでこにチョコンとおでこをくっつけ、手を首へと廻し、顔を紅潮させ、言った。
「できました。真澄さん。」
「なにがだ?名前を呼ぶことか?」
意地悪げにそう言って見るが、ぷいっと拗ねたように背を向けてしまった。慌てて立ち上がり、マヤを背後からそっと抱きしめた。
「ごめん。怒ったか?」
ぎゅうっと抱きしめる真澄の腕をそっと抱き、マヤは体をもたれかけ、消え入るような声で言った。
「・・・・・・・・・・赤ちゃんできたの。」
「えっ?」
あまりの突然の出来事に真澄の思考回路は停止してしまったかのようだった。
「今なんていった?もう一度いってくれ。」
マヤは、くるりと体を捻り、真澄の方を向き直り、満面の笑みを浮かべ
「赤ちゃんが出来ました。冬には、貴方はパパになります。」
既に母になる自信なのか、いつもにも増して輝くその笑顔を、真澄は眩しいものを見るように眼を細め、頬を両の手で包み込み深く深く接吻した。
「ありがとう。」
唇を離し、マヤに感謝の意を伝えた。
「やだな、なぁに。真澄さんの協力がないとできなかったんだよ。」
真っ赤になってマヤは、そう言ってくれた。
「そう・・・・だな。」
つられて真澄を顔を赤くした。
数分いや数秒だったろう、見つめあっている二人に、コホンと咳払いが聞こえ、芳しいコーヒーの薫りが漂ってきた。
「ああ、水城くん、すまないが芸能部のスタッフを呼んでくれ、北島 
マヤのスケジュール及び、関連する仕事の関係の書類をそろえてくれ。大至急だ。それと、コーヒーは止めて、ミルクかジュースを用意してくれないか。」
急げという割にいつもの鋭さはない。何か感じ取ってはいるがあえて、口には出さない水城に、真澄は照れながらはっきりと言った。
「マヤが、妻が妊娠した。急な事で、いろいろと大変だろうが、よろしく頼む。」
「水城さん、すみません。」
体を曲げてお願いするマヤを真澄は慌てて体を起こさせ、
「こら、体に障る!」
たしなめてみるが、逆に
「そんなに心配しないでください!病気じゃないんですよ。もう・・・・
今からこんなんじゃ、先が思いやられますね。ね、水城さん。」
社長室には明るい笑い声が響いていた。






バタンと勢いよくドアが開き、黒髪の、少女と見紛う最愛の人が真澄の元へと歩いてきた。
「ただいま。速水さん。」
「おかえりマヤ。」
軽くキスを交わしてから
「まぁ。マサくん。こちらが例のお嬢さんね。こんにちは。母のマヤです。よろしくね。速水さんはもうご挨拶すんだの?」
「ああ、済んだよ。私はもうすぐおじいさんになるそうだよ。」
マヤは眼を見開き驚くが、すぐににっこりと微笑み、二人の手を取り、
「よかったわね。子供は神様からの授かりもの。大事にするのよ。」
そういって心から喜んだ。
「式は?」
「私もそれを聞いたんだが、大掛かりにせずに、こじんまりとしたいそうだよ。私たちの時のように。」
「そう・・・・それでいいのね?速水さん。」
うんと頷いてみせる。それだけでマヤは理解したようだ。長男はマヤの血を濃く引いたのだろう。容姿は真澄に似ているが中身は彼女に似て、お芝居の才能に長け、今や押しも押されぬ若手トップスターだ。挙式を大々的に行えば、大都芸能に多大な利益をもたらすであろう。しかし、息子自身も、いや、それよりもマヤや真澄自身がプライベートを切り売りするようで嫌だった。子供たちの意見を尊重したい、マヤと真澄の意見はいつもいっしょだった。
「わがままを言ってすみません。おとうさん。」
そういって頭を下げる息子に遠い日の自分の姿を、真澄は重ねてみていた。そんな時もあったと、ほろ苦い思い出をかみしめていた。
「幸せになるんだよ。」
言った後にくるりと、背を向けてしまった。瞳に浮かんだ泪を見せたくはなかった。

それを察したマヤがそっと二人をリビングへと導いてから、真澄の傍へと寄り添った。
「私は幸せです。貴方の傍にこうしている事ができて・・・・・」
真澄を見上げるマヤの瞳にも泪が今にもこぼれそうに浮かんできていた。それを真澄は指でそうっと拭い去り、
「俺のほうこそ幸せでいっぱいだ感謝している。素晴らしい子供を次々に産んでくれて。こうしていつまでも俺の傍にいてくれて・・・」
そっと接吻をし、マヤの体を抱き寄せた。
「子供たちが素晴らしいのは、きっと速水さんの遺伝子のおかげよ。」
マヤがそう囁いた。その言葉で、真澄は、遠い日のあの呟きの意味がわかった気がした。

「絡まる螺旋・・・・」
真澄が呟くと、マヤは不思議そうに真澄の顔をみつめた。
「君が言ったんだよ。覚えていないかい?」
小首を傾げ、ちらりと上をみるマヤに真澄は耳元で教えてあげた。
「きっとあの桜の綺麗な夜にあの子は、マサはこの世に生を受けたんだよ。」
途端に紅く染まり出す頬に真澄はキスをした。


「二人のDNAの螺旋が絡まってあの子ができたんだよ。」

マヤを抱きしめ真澄はそう囁いた。



二人が混ざり合い、次の世代を作り出していく・・・・・



いつまでもいつまでも、受け継がれていく



螺旋・・・・・










5.23.2003



<Fin>





□kinekoさんより□
お読みいただきました皆さま、ありがとうございます。
そして、真澄さまマヤちゃんを年配にしてしまってごめんなさい!!
おまけになんだか妖しげな文章で・・・
人と人とのいろんな意味での絡まり、それを書いてみたくて出来上がりました。 杏子さまから頂いたメールに『うふふふっふふ♪』とあり、これがカンフルとなり書 いてしまいました。
杏子さまにお読みいただければ、いいなぁと思っていたのですが、 このような形でUPしてくださることとなり、たいへん感謝しております。

『ゆったりとした時に流れの中で、人が生まれ、そして死んでいく、 当たり前のことなのですが、確かにそれはずっと昔から、 そしてずっと遠い未来まで受け継がれていくものがあってこその、 それぞれの人生なんだな、と思いました。 そして、見ず知らずの他人が出会い、絡まり、螺旋となって 新しいものを生み出すというのは奇跡のような感動ですね』
以上は作品をお読み下さいました杏子さまから頂きましたお言葉です。
ここESCAPEで、出会えた皆さまに感謝しております。
本当にありがとうございました。






□杏子より□
読み終わって、とても穏やかな気持ちになりました。私の拙い感想をkinekoさんがあとがきに引用して下さいましたが、 人との出会いって本当に不思議だな、と思う今日この頃。出会ってすれ違うことだけでも、この広い世界では凄いことなのに、 ましてやこの世にひとつしかないものを残していく相手を見つけるって凄いことだよなぁ、と。
美しい桜の花びらが散る”或る夜の出来事”の映像が鮮烈にまぶたに浮かびました。
kinekoさん、素敵な作品ありがとうございました。






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