19 予定外の出来事
" 嵐の夜に抱きしめて 4"
written by 杏子
真澄はベッドの上にまるで壊れ物でも扱うかのように、マヤを沈ませる。

「寒くないか?」

濡れた髪が冷たくなっているのを感じながら真澄は問う。

「あ…、うん、ちょっと、寒いかも…。でも、熱い気もするし…」

矛盾した事を言ってると思ったが、実際、マヤは鳥肌と熱が交互に襲ってくるこの状況をどう説明していいのかわからなかった。
まるで、微熱があるような…。
実際、微熱はあるのだろうけれど、それとは違う熱が体のもっと違う所で温度を上げてきてる気がした。
突然、ライターの音がした。暗闇の中で青白い光が浮かび上がって、真澄の横顔が少しだけ照らされる。

(やっぱり、キレイ…)

揺らめく炎の向こうに見える、彫りの深いその顔はこんな時こそ、ドキッとするほどの美しさがあった。
棚のあたりで何かを探してるらしい。すぐに探し物は見つかったのか、ベッドまで戻ってくると、サイドテーブルに何かがゴトリと置かれる。もう一度ライターに火が灯されたと思ったら、今度は白い暖かい灯りにそれはかわった。

「速水さん、ろうそくなんて持ってたんだ」

「使わないが、一応置いてあった」

なんだか場違いな可笑しさが広がって、お互い、くすりと小さく笑う。

(全く見えないのと、少しだけ見えるのだったら、少しだけ見える方がいいかな…)

ろうそくの穏やかな揺れる炎を見ながらマヤは思う。
衣擦れの音がする。真澄が衣服を脱いでいるのがわかる。
途端に体中がまた、緊張してくる。
マヤの今までの人生の中でそれは、一度も経験した事のない儀式である。いつかは自分も経験するのだろう、とは思ってはいたが、それはあくまでも
『いつか』
であって、何か決められてたわけでも、心の準備があったわけでもない。かと言って、全くなかったわけでもない。ただ、一つ言える事は、例えようのないほどの不安に襲われたとしても相手が真澄であったのは、もの凄く幸せな事なのかもしれない。そんな事をぼんやりと自らに言い聞かせるように思っていた。



「マヤ…」

ギシリとベッドが軋むと、マヤが首元まで引き上げていたシーツを優しくどかして、真澄が入ってくる。両肘で体を支えると、覆いかぶさるように上になり、マヤの動きを封じ込める。
わずかなろうそくの灯りで照らし出された、マヤの肌は滑らかで透明で、それだけで真澄の理性を狂わせるに充分な艶を持っていた。かつて他の女を相手に幾度も繰り返した行為であるはずなのに、マヤを相手にするとおかしなくらいに自分の気持ちが昂ぶっていくのを感じる。

一瞬、窓の外に閃光が差したかと思うと、激しく雷が落ちる音が轟く。

隠せぬ不安と緊張が大きく見開かれたマヤの瞳の中で揺れる。真澄は手の甲で優しくマヤの頬を撫でる。

「心配いらない…。俺を信じろ…」

そう低く呟く真澄の声はいつもより少し掠れていて、やっぱりマヤはそれをセクシーだと思ってしまう。自分と同じように何も纏わずに覆いかぶさる、真澄の肌と触れ合うのは嫌ではなかった。その触れ合う温もりはむしろ、心の隙間を埋めていくようにマヤを安心させる。

(大きな体…)

自分の体とは比較にならない造りのそれを、生身の状態で目の前で見せ付けられ、マヤは今更そんな事を思ってみる。ゆっくりと、手を伸ばして、真澄の鎖骨の辺りに触れる。
真澄が驚いてマヤを見つめ返すと、うっとりとした潤んだ目でマヤは呟く。

「ここ…、速水さんのここの骨…、キレイ…」

真澄の中の抑えていた理性の最後の一筋が切れる。自らの体に触れたマヤのか細い手を乱暴に取ると、指の間にきつく自らの指を絡める。マヤは両手を真澄に取られ、ベッドに押さえつけられたかと思うと、激しく唇を奪われた。
まるで真澄の舌が別の生き物であるかのように、口内を犯していく。激しく舌を弄んだ後、真澄はようやく唇を解放したかと思うと、額を合わせたままお互いの息を整える。

「君に溺れそうだ…」

そこには11も年上であるという大人の余裕も、男である事のプライドもかなぐり捨てた、ただ切ないまでの性急な愛の刹那があるだけだった。

耳に、首に、うなじに…。浴びるような口付けの嵐に、マヤは気がおかしくなりそうになる。今まで何度も真澄とキスはしてきた。
でも、こんなキスは知らない。
こんな、大人のキスは知らなかった…。
体中に印を付けられる。それは、大人の女になる事への烙印なのか、それとも真澄のものになる事への烙印なのか…。真澄が触れる場所、全てから熱を持ったような感覚が生まれ、マヤを翻弄する。

(これが感じるって事なのかな…)

酸素の回らなくなった脳の端でそんな事を、少しだけ意識してみるが、彷徨うような思考は強引に真澄に奪われていく。

嵐のような愛撫が一瞬止んだかと思うと、真澄はマヤの口元に入った髪の束を指で掬い取り、熱っぽい視線を絡めながら言う。

「少しの間、我慢してくれ。
その間もそれからも、俺の事しか見るな…」

その瞬間、焼けるような痛みが体を半分に引き裂く。

(痛いッ!!)

マヤは涙を堪えるために、きつく目を閉じ、痛いと叫ぶのを堪えるために、強く強く下唇を噛みしめる。その様子を見て、真澄は痛みを分かち合う事が出来ないのであれば、せめて不安にさせないように、恐がらせないように、動きを止めたまま、瞼に頬に唇に愛撫を続けた。

「だめだマヤ…。唇が切れるぞ…」

そう言って、痛みを堪えるために食いしばったまま固まっている唇に愛撫を落とし、優しく解放していく。
このまま彼女の体を気づかって、終わらせた方がいいのかもしれない。まだ、初めてなのだから…。そう理性の欠片が叫ぶのと同時に、もう一人の自分は、その肢体を思うままに組み敷いて、欲望の思うままに従わせたいと性急に求める。

なかなか真澄が動きださない事に気付いたマヤが、潤んだ瞳を彷徨わせながら、掠れた声で囁く。

「速水さん…、愛してる…。全部、速水さんのものにして…」

そう言って、戸惑いがちに両腕を真澄の首に回した。
その瞬間、痛みとそれに負けないほどの熱に再び貫かれ、マヤは濁流に飲み込まれるような感覚を覚える。速度を増していく真澄の体を受け止めながら、置いていかれまいと、ただひたすらにその体にしがみ付く。焼けるような痛みと、叫び声を上げるほどの圧迫感の向こうに、何かが見え隠れする。自分の足の間の隙間に何度も真澄自身を貫かれる事によって、初めて体の一部が埋まったようなこの感覚は一体、どこから来るのだろう。痛みだけでは絶対にないその不可思議な感覚にマヤは声を上げる。

あまりの締め付けの強さに、真澄はもうそう長くは自分が持ちこたえられない事を悟る。お互いの存在以外の全てのものを追い出すような嵐の中で、真澄は確実に上り詰めていく。マヤの腰が自然と上がり、ひときわ強く真澄が自身を貫き、結合が深くなる。

限界が見える。

「は…やみ…さん…」

そう言ってマヤのか細い手が宙をさまよった瞬間、真澄は激しくその手をとり、爪が食い込むほどに握り締めると、その長年の激情と刹那のすべてをマヤの中に解放させた。









真澄の動きが止まり、ぐったりとしたその体だけが自分の上に取り残されている事に、マヤは少し不安を感じる。

(速水さん…、生きてるよね?)

さすがに言葉には出さなかったが、どこか遠くへ真澄が行ってしまったような感覚に囚われる。恐る恐る、自らの胸の上にある真澄の柔らかい髪の間に指を通す。
ゆっくりと、優しく…。
そうして、触れてるだけで心が、呼吸が、落ち着いていく。
真澄がゆっくりと顔を上げると、同じように乱れたマヤの髪を直す。手のひらで頬を包み込んだ後、親指が何度も唇をなぞる。
こんな気持ちは初めてだった。音を立てて生まれてくるような感情。
『愛している』
などという言葉ではとても言い尽くせない。溢れ出るこの感情を自分だけではとても抱えきれない。

「マヤ…」

ゆっくりと唇を重ねる。貪るようなそれではなく、全てを包み込むような、そして何かを注ぎ込むような静かなキス。

「もう、離さない…」

そう言って、自らの腕の中にその小さな掛け替えの無い何よりも大切な存在を閉じ込める。

(誰の視界にも入って欲しくない。誰もその視界に入れて欲しくない)

そんな馬鹿げた事を考えてしまう。
自分でも狂っていると思う。
いや、狂うほどに愛しいのだ…。





まだ夜の帳に包まれている窓の外では時折眩いばかりの閃光が差す。心のなかで

「1.2.3」

そう数えると、夜の静寂を打ち破る落雷の音が激しく響き渡る。

「フフフ…。不思議〜」

「何がだ?」

横になりながら、背中ごしに真澄にすっぽりと包まれ、パズルのようにお互いの体を重ね合わせる。

「雷…。ひとりぼっりの時は、雷、あんなに恐かったのに、今はぜんぜん恐くない」

「恐いものが一つ減ってよかったな…」

そう言って、真澄はマヤの小さな肩に優しく口づける。

「速水さん…、分かってて言ってるんでしょ?分かっててそういう言い方してるんでしょ?意地悪っ!」

「何が?」

しらばっくれる真澄に、マヤは真っ赤になって振り向く。

「雷が恐くなくなったんじゃなくって、速水さんと居るから恐くないの!速水さんが抱きしめてくれるから、嵐の夜も恐くないの!!」

そう言って真澄の胸に飛びこんでくるマヤの髪を、優しく梳きながら真澄は答える。

「同じ事じゃないか、君はもう一生、雷を恐がる事はないんだから…」

マヤはその言葉を何度か胸の中で復唱してから、期待と不安に満ちた表情で真澄を見上げる。

「これからはずっと一緒だ…。ずっと、死ぬまで一緒だ。
嵐の夜もそうでない日も、いつも俺が側に居る…。こうして君を抱きしめる…」





その声は世界で一番優しくて、




世界で一番暖かくて、




そして世界で一番愛しい。



1.15.2003



<Fin>





ここまで辿りつくまでに一体、何度、筆が折れそうになった事か…。第二話終了後、『全てが終わって、台風一過の青空のもと小鳥さんがチュンチュンチュンな朝』にワープなパターンを考えていたのですが、しっかり読者の方に突っ込まれ、なんとか『地上以上地下未満』の半地下の範囲内でがんばってみました。 メクルメク世界は今の杏子にはこれが限界ざます。お許しくだせ〜、お代官様!
『予定外の出来事』っていうのがお題でしたが、やっぱりこれくらい『予定外の出来事』がないと、あのまっすーは動けないんじゃないかなぁ、と思って書いてみたお話です。
ろうそく、とかが出てきて、一瞬興奮なさった、そこのアナタ!ここは地上階でございます。





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