25 棘
"不機嫌なバラ"
written by kineko
「さっきのお店、美味しかったね、速水さん。お箸で食べれるから楽だったし。そうそう前菜のあれ、アスパラガスに半熟卵、チリメンジャコがぱらぱらぁってのってたあれ、作り方、簡単そうだよね。作れるかなぁ。」

「君にはちょっと難しいんじゃないか?」

「それはそうですけどぉ。じゃあ今度一緒に作ってくれますか?」

「いいよ。君はジャコを振り掛ける係りだな。」

「うっ。どうせ半熟卵なんてつくれませんよ!ふん!」

やがて渋滞に巻き込まれ、車の流れが止まったのと同じくして会話の流れも止まってしまった。
そういえば、この前あたしが一方的に喋って喋って、速水さんは軽く相槌打ってくれてたりして、で、ふっと会話が途切れちゃった時があったなぁ。

”天使が通った。”

速水さんがそう、教えてくれた。
『天使が横切って恋人の時間を作ってくれるんだよ。』そう言って、キスをされてしまった。
でも今は”天使が通った”と呼ばれるような自然な会話の途切れではなく、本当に話すことが無くなって会話が途切れてしまった。
ただ黙っている事が速水さんは苦痛でないのか、ハンドルに手を置き、前を見据えていた。

あたしは沈黙に耐え切れず、おずおずと口を開いた。

「あの、速水さん。ここ行きませんか?」

そう言って速水さんに2枚のチケットを差し出した。

「もうすぐオープンする、ESCAPEっていう室内プールです。流れるプールとかスライダーとかもあるんだって。」

「プール?」

途端に怪訝そうな顔になる。

「あっやっぱりいいです。」

否定の返事を聞く前に、カバンの中にチケットを捻じ込んだ。

「どうしたんだ、それは。」

「え?ああこのチケットですか?桜小路くんがくれたんです。知人から分けてもらったからって。よかったら速水さんと行ってきたらって…でも、こんなところ速水さん行かないですよね。」

なぜだか速水さんの顔色がどんどん不機嫌になっていくような気がした。

「俺が行かないって誰が決めた?俺が行かなければ桜小路と行くのか?」

「…誰もそんなこと言ってないじゃないですか!だって速水さんがスライダーとかしないでしょ。こういうお子様向きのところって速水さん行かないでしょ!」

「だから桜小路と行くのか?勝手にすればいい。」

「いつ桜小路くんと行くって言いましたぁ?あたし、そんなこと一言も言ってないでしょ!桜小路くんがくれたって言っただけよ!」

「そうだな、俺は君よりかなり年上だからな。そんなとこには行かない。仕事も忙しいからな。お子様はお子様同士で仲良く行けばいい!そうだろ。」

チクチクと嫌味ったらしく言う。”お子様”と言われ、カチンときてしまった。

「ええ!行ってきます!桜小路くんと!オジサンはお仕事でもしてたらいいんだわ! 好きなんでしょお仕事!」

「なっ?!」

「貝殻ビキニで大人な女になってモッテモテになっちゃうから!!! 速水さんなんて知らない!」

売り言葉に買い言葉。ついそう言い放って車を飛び出した。

速水さんのイジワル!陰険!嫌味虫!
心の中で悪口を言いつつ、走って逃げた。
数メートル走ったところに、速水さんの車が歩道に横付けにされていた。
なんで、先周りしてるのよぉ。

「さっきは言い過ぎた。」そういってくれるのかな?そう思い、笑いかけようとした。

が、目の前に白い四角い箱を差し出され、感情の無い声でこう言われた。

「君の忘れ物だ。俺には要らない物だ。お子様には必要だろ。」

押し付けるように箱を手渡し、車は急発進で去っていった。



雑踏をうつむきながら歩き、思いっきり落ち込んだ。今夜は久しぶりのデートだったのに、なんでこんな風になっちゃうのかなぁ…
速水さんがいけないのよ。いつもあたしを子供扱いして…
お子様という言葉がちいさな棘となって刺さった。
あたしはお子様ですよ!
速水さんみたいに落ち着いた大人じゃありませんよ、どうせ!

もっと大人だったらこんなケンカしなかっただろうな。
そう思うと胸がチクンと痛んだ。
小さな棘がチクンと刺さった。






ためらいがちにコンコンと2回ノックしてみた。すぐに中から「は〜い。」と返事があり
扉が開いた。

「マヤ?なんで、こんなとこにいるんだよ。今夜はデートじゃなかったの?」

麗が心配そうにそう訊いてくれた。

「へへへっこれ一緒に食べよ。ケーキ。美味しいよ。」

さっき押し付けられた箱を麗の目の前に差し出した。

「デートのお土産?にしては早過ぎないか?」

からかいうようにそう言う麗に箱を押し付けてさっさと中に入った。

「ねぇ、紅茶入れてよ。お願い麗さまぁ。」

わざと大げさに甘えた声で言ってみた。

「はいはい。」

麗は半ばあきれながら、お茶の用意をしにキッチンへと向かった。
それを待つ間、膝を抱えて座り込み、ぼんやりと部屋の中を見ていた。ここを出たのは、ほんの数週間前。机の位置も戸棚もテレビも何も変わっていない。なのに、なんだか自分の知らない空気が漂っている気がした。


「で、どうかした?」

「やっぱり、ここに帰ってこようかな…」

「何いってんだよ。自立した大人になるって宣言して出て行ったくせに。」

「ん?」

両手でカップを持ち、口に運ぶ。

「あちっ!」

「あぁもう、子供じゃないんだから、冷まして飲みなよ。」

「もう!麗まで子供扱いして!」

ははんと、何かわかったというよな顔で麗が訊く。

「何が原因?」

「……何が?」

「ケンカしたんだろ、速水さんと。」

図星をさされ、開き直った。

「あっちが悪いのよ!子供扱いするし、人の話ちっとも聞いてくれないし……言葉トゲトゲだし……」

「マヤはちゃんと聞いてるの?」

「聞いてます!…聞いてるかな…聞いてると思う…たぶん。」
あたし、速水さんの事ちゃんとわかってるのかな?
ちょびっと不安になってきた。いや、だいぶ不安になってきた。

さっきの言い方、あたしもトゲトゲだった……






「あの……ね。プールに行こうよっていってみたの。」

「プール?」

「うん。桜小路くんにチケット貰ったの2枚。で、なんか話こじれちゃって、速水さんったら桜小路くんとお子様同士行けばいいなんていうんだよ。…このケーキもお子様には必要だろって押し付けられてし……」

プッと麗が吹き出した。

「何がおかしいのよぉ。人が真剣に相談してるのに…」

「いや、なに、速水さんってさ、桜小路って名前出すと不機嫌にならないか?」

「え?そうかな…」

ちょっと考えてみた。そういえば、そんな気もするような…しないような…
よくわかんない。

「あんたが駆け引きできるような性格じゃないのは速水さんもよ〜くわかってると思うけど、その…」

「その、何?」

言いよどんでいる麗に答えを促した。

「嫉妬。」

「しっと?」

「ヤキモチ妬いてるんだよ。」

「誰が?」

「速水さんが、だよ。」

「うそ!!!」

頭をポカッと殴られたようなカンジがした。ヤキモチ?速水さんが?
いつも自信たっぷりで、余裕たっぷりで、大人な速水さんがヤキモチ?

「うそ。だってだってあの速水さんだよ。いっつも自信たっぷりで何でも出来て、格好よくて、気障で、あちこちで女の人に言い寄られてたりしてるかもしれない、あの速水さんがなんでヤキモチなんて妬くのぉ?」
パニくってるのかなんだか意味不明なこと口走ってるな。あたし。


「ちょっと拗ねてんじゃない?桜小路くんから物貰ったてのが気にいらないんだよ。ほら。」

苦笑しながら麗は電話を手渡し、掛けなさいよとジェスチャーしてみせた。
しなきゃいけない?と麗に目で訴えてみた。

「これ以上オノロケに付き合いたくないんでね。さっさと電話しなよ。」

「オノロケなんかじゃないよぉ。」

「惚気てるようにしか聴こえませんよ。ごちそうさま。」

肩をすくめて、麗はキッチンへ行った。洗い物を始めたのか水音が聴こえてきた。必要以上に水を流しつづけている。「水音で何を話しても聴こえませんよ。」そう言われているような気がした。
躊躇いながらも速水さんの携帯の番号を押した。

truuuuuuuu truuuuuuuuuu

呼び出し音だけで一向に出ない。

「麗ぃ。出ないよぉ速水さん。」

半分涙声でそう言った。怒ってるのかな。呆れてるのかな。どうしよぉ…
水音が止まり、麗が来てくれた。手に箱を持って。

「はい。これは二人で食べなよ。」

そう言って部屋を追い出されてしまった。

仕方がないので箱を、ケーキの入った箱を持って歩き出した。
行き先はもちろん速水さんのマンション。






ピンポン。
来てはみたものの、なんて言おうか迷っていた。で、とりあえず、チャイムを鳴らしてみた。
ピンポン。
もう一回押してみる。いないのかな?ちょっとホッとした気がした。
やっぱり今日は帰ろう。そう思って踵を返すと背後でドアの開くのがわかった。

「ピンポンダッシュか?いたずらっ子だな。」

低い甘い声。さっきの無表情な冷たい声じゃなかった。

「子供じゃないです!」

そう言って振り返ると、バスローブ姿の速水さんが視界に入った。

「!!!なんでそんな格好してるんですか?!!」

ビックリして背中を向けると後頭部を突付かれてしまった。

「早く中に入ってくれないか?こんな格好、あんまり他人に見られたくないんでね。」

「はっはい!」

慌てて部屋に入り、ドアを閉めた。目の前には髪の濡れた速水さんがいた。

「あああのお風呂でした?湯冷めするといけないから、あの、ちゃんと温まって、髪、乾かしてきてください。あの…待っていますから。」

「一緒に入るとは言ってくれないのか?」

「!!…もう!またそうやってからかう!」

ちょっと拗ねて口を尖らせて横を向く。と、すばやくキスをされてしまった。

「そんな口しているとキスをねだってるみたいだぞ。」

「だっ誰がそんなこといいました?」

「顔に書いてある。」

そう言ってまたキスをされた。本当に顔になんか書いてあるような気がして、頬をぽりぽりと掻いてしまった。

「あの、ごめんなさい。」

「謝るような事したのか?」

「えっと、えっと…とにかくごめんなさい。」

ちょこんと頭を下げてから上目づかいに速水さんを見上げてみた。速水さんはあたしの頬をピチピチと、はたき、瞳をみつめた。

「そんな眼で見られたら、何を怒っていたのかわからなくなる…」

頬を両手で挟みこみ、そっとキスをしてくれた。

「速水さん…お風呂入ってたのに、手、冷たいね。どうして?」

「…これは、その…」

「?」

「頭、冷やしてました。…俺の方こそ悪かった。大人げなかった。すまない。」

そう言って頭を下げた。速水さんの濡れた髪が目の前にある。これ、見れるのってあたしぐらいかな?そぉっと濡れた髪に触ってみた。

「髪、乾かさなくていいの?」

「ん、ああそうだな。」

顔を上げた速水さん。いつものセットされた髪型と違う、乱れた髪。なんだか知らない人みたい。途端に胸がどきどき、大きな音を立て始めた。眼が速水さんから離れない。間近で見る速水さんはすっごく綺麗で、整っていてそれから…それから…
セクシーだった。
バカみたいに半開きになったあたしの唇を速水さんはそぉっと甘噛みし、少しづつ、少しづつ深い、大人のキスをしてくれた。
あたしは、足の力が抜けそうになって、ぎゅっとバスローブを掴んでしまった。
その手を握り返してくれて、そっと腰に手を廻して支えてくれながら、もっと深くキスを繰り返しあたしにしてくれた。

「あの…」

「ん。なんだ?」

「ケーキ、落としちゃう。」

途端に弾かれたようにくくくっと速水さんは笑い出した。

「君はこんな状況でも食べ物の事が優先なのかい?チビちゃん。」

「だって、その……あの、これ一緒に食べませんか?」

これ以上進むと、どうしていいのか判らないなんて言えなかった。
あたしにとって未知の世界。速水さんは大人だから・・・・・・・

真っ赤になって喋らなくなったあたしの心を察したのか、速水さんはあたしからケーキの箱をそっと取り上げ、傍らに置いた。

そして……
あたしはケーキの箱の変わりに速水さんの腕に抱えられてしまった。

「ケーキは後で一緒に食べよう。でもその前に…君を食べたい。」


「…あの、速水さん…あたし、その…子供だから……」

消え入りそうな声でそれしか言えなかった。

「そんなマヤが大好きだよ。」

「子供…でもいいの?」

「ああ、大好きだ。そのままのマヤが大好きだ…」

あたしは速水さんにそっとキスをした。
速水さんは甘いキスを返してくれた。
交わしたキスが小さな棘を溶かしていった。





6.11.2003



<Fin>





□kinekoさんより□
すみません。ねかしすぎて発酵しすぎてしまったみたいです。
なんだかベタな話で・・・・・

”螺旋”が『工芸菓子』で”君は誰”が『詰め合わせお菓子ギフト』なら
これは『キャラメルポップコーン』ってカンジです。
(わかりにくい例え方ですね・・・・・すみません。)
ただただ、甘くて軽い話ってのを書いてみたかったんです。
すみません。あの、また杏子さまマジックで、なんとかマシにしてくださいませんか?
お願いします。





□杏子より□
これを頂いたときの最初の感想第一声が”あっまーーーーーーーー★”でした。もうすぐ30のお題が終わるということで、 皆、有終の美の飾ろうという意識からなのか、ひたすらゲロンゲロンに甘い作品が続いてますが、kinekoさんのこちらも例に漏れず……。 棘というお題でゲロ甘にもってくるとは、思いませんでした!山田君に座布団頼んでおきます。
このあと、きっと初★に続くんだろうねぇ、とオヤジのようにニヤツク杏子。
杏子マジックだなんて、恥ずかしくて布団被っちゃうよぉ。プリプリ怒ってるマヤちゃんをイメージして、”不機嫌なバラ”献上させて 頂きました。
それにしても←のケーキ、ウマそうだ。じゅるり〜〜ん。
kinekoさん、ごちそうさまでした!






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