ジングルベルが消えぬ間に
「悪いマヤ、今日は無理かもしれない。年末なんで仕事が押してるんだ。とりあえず仕事が片付き次第、連絡するから」

そう言って、真澄からの電話は一方的に切れた。

(今に始まった事じゃない、速水さんは忙しい人なんだもん、いつもの事じゃない)

そう言い聞かせても、今日はやっぱり『いつもの日』ではないのだ。
TVではサンタクロースに扮したタレントが、馬鹿騒ぎしてる番組が流れていた。イライラしながらスイッチを切ると、そのままリモコンを床に乱暴に投げつける。そのままソファーに倒れ込み、うつ伏せになってクッションに顔を突っ込む。

「速水さんのばかぁ!!今日を何の日だと思ってるのよ。シングルベルなんて今時シャレにならないわよ。今日ぐらい仕事休めばいーじゃない!!」

本人には絶対言えない台詞である。
言えたら楽なのかもしれない、言ってしまえば済む事なのかもしれない。それでも、マヤには言えない事情があった。

(あの人には帰る家があるから…)

真澄は仕事だと言った。年末は確かに仕事納めのため、残業続きで業務が押している事は知っている。本当に仕事かもしれない。だいたい、キリスト教でもない日本国において、クリスマスはカレンダー上では休日でもなんでもないわけであって、普通に仕事があって当たり前なのだ。信じたい一方でむくむくと別の思いが頭をもたげる。

(きっと家に帰ってるのよね…。あの美しい人の待つ家に…)

マヤはふと思う。昔は大好きだった、お正月やクリスマス、そういった行事がこの上なく苦痛になったのはいつからだろう。振り返るまでもなく、真澄が他の人のものになってしまったあの日を境に、日陰に自らの身を置く事を余儀なくされたあの日を境に、自分はそういった行事への参加権を失くしてしまった気がする。

(だったら約束なんてしなければいいのに…)

中途半端に期待を持たせ、自分を待たせる真澄に自然とやるせない怒りにも似た感情が湧く。
ふらふらとキッチンに戻ると、あとはオーブンで焼くばっかりになっていた、七面鳥の丸焼きがこの上なく滑稽なものに見える。何時になるかわからないが必ず来る、と約束した真澄を信じ、精一杯のクリスマスのセッティングをしたのである。

「ばーっかみたい…」

声に出して呟いてみる。馬鹿なのは自分なのか、守れない約束をする真澄なのか、よくわからなくなってくる。

「ばーっかみたい!!!」

今度はもっと大声で。感情にまかせて、テーブルクロスを全部引っ張って、御馳走をひっくり返せたら気持ちいいかな、と思ってはみたけれど、後片付けが面倒くさそうだし、何より余計惨めになるのが目に見えてたので、やめにした。代わりにフォークを一本、ぐさりと七面鳥のお腹に突き刺してみる。

「ぐぇ」

自分でおどけた声を出し、ワインボトルとグラスを掴むと、灯りの消えた冷たいキッチンを後にした。






紅天女役に決まり、大都芸能と専属契約を交わした後、マヤは真澄の勧めもあって住み慣れたアパートを引き払い、都心のマンションに引っ越した。億ションまではいかないが、セキュリティーのしっかりした芸能人向けの高級マンションである。2LDKのそれは自分には贅沢すぎる広さと設備を持っていて、最初は尻込みしたマヤであるが、最上階のバルコニーからの眺めが美しく、それだけで決めたようなものだった。クリスマス用にと買った黒のベルベットのワンピースは、12月の寒空の下ではいくらなんでも寒い。ショールを肩から引っ掛けると、ワイングラスを持って外に出る。見慣れた東京の夜景も、クリスマス仕様なのか、眩さを増している気がした。電飾されたツリーや、デパートの派手なイルミネーションが遠くからでもわかる。
今、この瞬間、この東京の夜空の下、たった一人で夜景を眺め、星を眺め、来るあての無い人を思い、ため息をついてる人は何人ぐらいいるだろう。なんとはなしに、そんな事を思ってみる。

(29人…)

根拠はまるでないけれど、あと28人はこの瞬間、自分と同じようにクリスマスのイルミネーションを恨めしげに見てる人間が居る気がした。白い息を吐きながら、赤ワインを口に運ぶ。
おいしいワインのはずなのに、アルコールである事以外の味は全くわからなかった。

紅天女の試演後、お互いの気持ちは通じ合ったけれど、目の前に迫った結婚をどうする事も出来ず、真澄は紫織と結婚した。そして、マヤと真澄も、目の前にあるお互いの気持ちをどうする事も出来ず、関係を持ち、現在に至る。夏の終わりに始まった不安定な関係は、これで2度目の冬を迎える。去年のクリスマスはちょうど仕事でテレビに出演してて、やり過ごせた。お正月も紅白の審査員を務めて、そのまま隠し芸大会なんかに出てたので、なんとなく過ぎていった。一人で居る事がないように、とスケジュールを組ませたのは、真澄の差し金ではないかと勘ぐってしまったのも事実だ。
それなのに今年は、『無理をしなくていい』と言っているのに、

「必ず一緒に居られるから」

と言い張り、マヤのスケジュールもクリスマスは勿論、お正月まで空けてあるのだ。しかも、

「年末は仕事が忙しい」

との理由を楯に、もう1ヶ月もまともに会っていない。

(一体全体、何考えてるのよ!)

マヤの怒りも至極当然であった。
バルコニーの手すりにワイングラスを置くと、そっと右手で揺すってみる。赤ワインの向こうで夜景が揺れる。器用にこんな時に涙の一粒も流せなくなった自分は、もう恋をするのにも疲れてしまったのでは、とふと思う。真澄との許されない恋を貫くために、決心した事の一つに、
『何も求めない、期待しない』
というのがあった。真澄から与えられる事が自分の求める10回に1回であっても、それを嬉しいと思えるように、それを愛しく大切に思えるように、自分からは何も求めない事を自分に課した。そして、裏切られる事があっても、泣かないように…。
努めて無感動でいようとする自分に、自嘲的に笑ってみる。

(こうやって、こういう毎日の積み重ねで、少しずつ私は忘れていくのかな…)

揺すっていたワイングラスから、勢いあまってワインがこぼれハッとする。

(忘れるって何を…?何を忘れるつもりでいたの…?)

思わぬところを彷徨う自分の思考に苦笑いすると、残っていたワインを一気にあおり、マヤは部屋へ戻った。

麗の所へ行けば、つきかげのみんながクリスマスパーティーをしてるのは知っていた。

「良かったら顔だしなよ」

と、麗もさりげなく誘ってくれていた。一人でいたくなければ、そこに行ってもよかったのに、一人でいたい気もして、マヤは出かけなかった。
クリスマスイブに、冷めた料理と行くあてのないプレゼントを抱えて一人で家にうずくまる、そんな自虐的な感情にマヤは身を任せたくなったのだ。それははっきりと意識するためだったのかもしれない。どんな理由をつけた所で、自分と真澄の関係は
『不倫』
という言葉で片付けられる、世間一般では許されない背徳的な関係である事を。そして、所詮自分は
『愛人』
にすぎない、という事を。


「寒い…」

悪寒を振り払うように、ワインを体に流し込む。ボトルを半分まで空けた所で、マヤの記憶はぷっつり途切れ、そのままソファーの上で眠りに落ちた。






やはり寒さで目が覚めた。アルコールはすっかり飛んでしまって、冷えた体だけが誰も居ないリビングに残されていた。

(あちゃ〜、どれくらい眠ってたんだろう)

時計を見ると、1時を少し回った所だった。

「あ〜あ、クリスマス終わっちゃよ、速水さん。電話ぐらいくれてもいいのに」

言ってもしょうがない事を言ってみる。

(もうこれ、捨ててもいいよね)

突き刺さったフォークが痛々しいようで、それでいて滑稽な七面鳥を見ながらため息をつく。
出番もなく、人に食べられる事もなく、捨てられるなんてなんて哀れな七面鳥なんだろう。

(恨むなら、速水さんを恨んでよね)

そう言って、プレートを持ち上げた瞬間、エントランスからの来客を告げるインターフォンが響く。深夜に響いたそれはあまりにけたたましく、マヤは心臓が飛び出すかと思うほどびっくりし、飛び上がる。

「ピンポンダッシュだったら怒るわよ〜」

そう言って、ドアフォンに備え付けてあるモニターを覗くと、今度こそ本当に心臓が止まりそうになる。

「は、は、速水さん!!」

「なんだ、開けてくれないのか?外は相当寒いんだけどな」

おどけた笑顔で真澄が言う。

「は、はい!!今、今、開けますから!!」

すぐに真澄はモニターから消え、エントランスホールに入っていった。それでもマヤはしばらくモニターを見つめてしまう。

「夢…じゃぁ、ないよね…」

玄関の壁の備え付けの全身鏡で、手早く身なりを整える。ヘンな体勢で転寝したのがまずかったのか、少し髪がはねてる気がした。気休め程度に、何度かそこを撫で付けると、今度は玄関のドアを優しく叩く音がした。

ガチャリ。
ドアの向こうにはあの優しい笑顔。大きな大きな、真っ赤な薔薇の花束を持って、真澄は入ってきた。1ヶ月ぶりの笑顔なのに、1ヶ月ぶりの優しい声なのに、まるで初めて会った時のようにどうしたらいいかわからなくなって、マヤは棒立ちになる。

(やっぱり好き。くやしいけど、やっぱり私はこの人が好き…)

胸の奥からそんな思いがじわじわと這い上がってくる。

「遅くなってすまない。まだ起きてたか?」

靴も脱がずに、真澄はマヤを抱きすくめる。外の冷気に当たった冷たい唇が、マヤの唇に触れる。まるで心臓と唇が繋がってるかのように、途端にマヤの胸はきゅーっと締め付けられる。

(ああ、私はキスして欲しかったんだ。こうして欲しかったんだ…)

心も体も、自分の思惑とは関係なく次々と真澄に反応していってしまうのを、マヤは半分諦めに似た気持ちで確認する。

(私はやっぱりこの人じゃないと、だめなんだ…)

「速水さん、来るなら来るって言って下さいよ。もうすぐで七面鳥殺しちゃうとこだったじゃないですか」

「殺すもなにも、もう殺してあるだろ」

フォークが突き刺さったままの七面鳥を見て、真澄は可笑しそうに言う。

「え、あ、これは、あの、そういう意味じゃ〜なくてぇ…」

慌てて、フォークを抜こうと引っ張ると、一瞬七面鳥は持ち上がって、その後ゴトリと皿の上に落ちた。

「俺だと思って、刺したのか?」

ニヤニヤ笑いながら真澄が問い詰める。

「え?いえ、ち、ちがいます!っていうか、そうでうすけど、はい」

真っ赤になってマヤは俯く。

「悪かったな、どうしても今日中に片付けたい仕事があって、それに手間取ってた。まだ、食べてないのか?」

何も手がつけられてないテーブルの上を見て、真澄が問う。

「あ、はい。一人じゃ食べる気にならなかったし、なんかさっきまで転寝しちゃって…」

言わなくてもいい事まで言ってしまった気がする。寂しくて、ずっと泣きながら待ってたとでも言って、責めてやればいいのに。

「俺もまだだ。一緒に食べよう」

「え、でも、もうこんな時間ですよ。今食べたら、胃にもたれません?明日もお仕事あるんでしょ?」

「明日の仕事は今日、済ませてきた。それに、クリスマスはまだ終わってないぞ」

そういうと、真澄はカウンターに置いてある、小さな置時計に手を伸ばすと、時計の針を戻した。

「6時15分…と。サンタクロースの国はまだ夜になったばかりだ」

そう言っていたずらっぽく笑うと、時計を見える位置に置いた。

「サンタクロースの国…って。速水さん?」

「フィンランドと日本の時差は7時間だ。だから、今はちょうど6時を回った所だな」

(もう、ほんとにこの人ってばどうなんだろ。そんな笑顔でそんな優しい事されたら、私どうしたらいいのよ。これ以上好きになりたくないのに…)

驚きと、感動と、愛しさと、切なさの混じりあった思いで真澄を見つめる。心ではそんな風に思っていても、口ではどうとでも言える。

「な〜にそれ!遅れた言い訳ですかー!速水さんて、ホント言い訳考えるの上手いんだから」

わざと、怒ったように言う。嬉しくって涙がでそうで、声が震えちゃってるなんて悔しくて、気付かれたくない。
そんな不器用なマヤの心を見透かしたように、真澄は大きな手でマヤの頭をぐちゃぐちゃと撫でると、

「さ〜て、ディナーとするか」

と自らキッチンに手伝いに立った。


マヤが用意しておいた料理に簡単に火を通して、温めなおし、すぐにテーブルは整えられた。
一生懸命、雑誌のクリスマスディナー特集を見て作ったマヤの料理は、奇跡的にレシピ通りにいったのか、お世辞抜きにおいしいものだった。
そんなマヤをからかったり、褒めてみたり、マヤはマヤで脹れてみたり、照れてみたりしながら、7時間遅れのクリスマスディナーを二人は楽しんだ。
1ヶ月もろくに会えなかったわけで、話す事は山程あった。ドラマの撮影で起こった珍事件などをマヤが面白おかしく話し、真澄はその度に大きな声で笑う。いつも通りの穏やかな時間。
目の前を流れていく平和的な時間の中で、マヤはついさっきバルコニーから夜景を見ながら思ったあの気持ちを言う事は出来なかった。

食後のデザートも済んだ頃、二人は極自然にソファーで体を寄せ合う。真澄はマヤを後ろから抱きすくめるようにして、腕の中に閉じ込め、髪に頬に口付ける。それでも時間は瞬く間に過ぎ、7時間遅れの時計が9時を指した頃、マヤは何気ない風に聞く。

「速水さん、サンタさんの国ではまだまだ、夜はこれからだけど、ホントはもう4時よ…。帰らなくて…いいの?」

一年と4ヶ月になる真澄とのこの関係。世間では『不倫』と一括りにまとめられる関係ではあるが、二人にいまだに体の関係はない。真澄がマヤのマンションで夜を明かした事はもちろん、この様な時間まで真澄がここに居る事自体、尋常ではないのだ。

「君は僕に帰って欲しいのかな?」

相変わらずのからかう口調だったが、マヤの中の何かが崩れる。真澄の腕を振り解き、ソファーの端まで身を寄せると、体のどこも真澄には触れたくないと言わんばかりに、距離を取って座り直す。

(だめ、そんな事言っちゃだめ…)

と思ったがもう遅かった。溢れ出した思いは、ずっと堪えていたホントの気持ちは、ぷるぷると震えながら止まらない。

「な、なにそれ…。よく…、よくそんな事言えますね…。『一緒に居て下さい』って言ったら、速水さん居てくれるんですか?そんな事出来もしないくせに、人の気も知らないで、無責任な事ばっかり言って…」

下唇をぐっと噛む。言いたい事はまだ止まらない。自分がとても醜く思える。それでも止まらない。

「自分が会いたい時だけ、勝手に会いに来てる速水さんには、会いたい時にも会ってもらえない私の気持ちなんて…、約束破られてもなれっこになっちゃってる私の気持ちなんて…、わかんないっ…!」

言ってしまって、後悔する気持ちと、今まで溜まりに溜まっていた膿のような塊を吐き出した爽快感が同じ位あるのに、マヤは戸惑っていた。

(もう、嫌われちゃったかな…)

そう思いながら、ずっと下を向いて俯く。

「マヤ…」

優しい声が呼ぶ。恐る恐る顔を上げると、とても真剣な表情で真澄が見つめている。怒ってはいないようだが、とても思いつめたような目で…。

「手を出して」

唐突な真澄の言葉に意図を図りかね、マヤは戸惑う。

「手、出してくれないかな」

仕方なく、マヤはまるで叱られた子供がお仕置きを受けるように、右手の手のひらを差し出した。
「いや、右手じゃなくて、左手なんだが」

言われた通り、のろのろと今度は左の手のひらを差し出す。

(叩かれるのかしら?お仕置きじゃあるまいし…)

「手のひらじゃなくて、手の甲」

一体真澄が何をしたいのか、さっぱり分からないマヤは訝しげに思いながらも、言われた通り、手のひらを裏返し、手の甲を真澄に向ける。

と、突然、薬指に冷たい感触。驚いて息を止めると、真澄はゆっくりとその光り輝く小さな指輪をマヤの薬指を押し込めていった。
本当に驚いた時は、言葉も出ないのか、マヤはただぱくぱくと口を動かし、自分で自分の手を取ると、指輪を目の前にかざし、穴があくほどそれを見つめる。

「は、速水さん…。こ、これって…」

「アメジストだ。君の誕生石だ」

「い、いえ、そういう事じゃー、なくって!」

分かってて、真澄は答えてるのである。ふふ、と優しい笑みを浮かべると、真澄はマヤの左手を取り、愛しそうにそこへ口付ける。

「婚約指輪だ…」

マヤの中で意識が飛びそうになる、それでもありとあらゆる理性と集中力を総動員して、真澄の言ってる事を理解しようとする。

「こ、婚約って。あ、あの、結婚してる人とどうやって婚約するんですか?」

真澄は苦笑してるが、マヤは真剣そのものである。

「…紫織さんと、今日正式に離婚が成立した。鷹宮との提携事業のほうもなんとか軌道に乗った」

そこまで言うと、今度はマヤの目を見つめて言う。

「今まで長い間、辛い思いをさせてすまなかった。もう、待たなくていい。これからはずっと側に居る…。
もちろん、君が嫌でなければの話だが」

そこまで聞くと、マヤは無我夢中で真澄に飛びついた。

「嫌じゃなければ、って嫌じゃなければって、速水さんすっごい意地悪!!わかってるくせに…」

そこまで叫ぶと、あとはもう言葉にならない思いが後から後から、止まらぬ涙となって溢れてくる。しゃっくりが止まらないほど派手に泣いたあと、それでもこれだけは言わなくちゃ、と一生懸命に真澄に訴える。

「あ、あの…、あたしぃ…、さっきも子供みたいな事言って、速水さんの事困らせたりするし、実際速水さんから見たら、まだまだきっと子供だしぃ。お、奥さんにしてもらっても、知ってると思うけど、料理とかそういうのぜんぜんダメだしぃ、他にも奥さんらしい事なんにも出来ないし。そ、その、紫織さんとの結婚生活の後じゃぁ、比べられたら、あまりに何にも出来なくて呆れられちゃうと思う。見かけも紫織さんの後じゃぁ、見劣りする事この上ないし、きっと周りの人にもすっごい言われると思う。そ、それから…」

うんざりしたように、真澄がマヤの唇を奪う。マヤは驚いて最初はジタバタしたが、真澄に触れられた唇から、体の隅々まで薬が行き渡るように落ち着いてくるのがわかる。真澄はそれを見届けると、唇を離し鼻の頭をくっつけたまま言う。

「言いたい事はそれだけか?それだったら、もうとっくに全部知ってる」

「そ、それだけじゃないです!!」

まだ、延々とマヤの『私なんか、私なんか』コールが始まるのかと思うと、真澄はいささかうんざりした表情を隠しえない。

「あの、最近ずっと会えなかったのも、今日こんなに遅くなったのも、全部このためだったんでしょ?」

「ああ、君へのクリスマスプレゼントにしたかったからな」

「…私も、私も、クリスマスプレゼントあるんです…」

そこまで言うと、マヤは真っ赤になって俯く。

「ん?なんだ?君も忙しくて用意する暇なんてなかっただろうが」

「……。」

(だめだ、やっぱりこんな事、自分からは言えない)

そう思っても、かと言って他にプレゼントを用意していたわけではなく、自分はホントにこれしか用意してなかったのだ。
たっぷり3分半は赤くなったり青くなったり、あ〜と言ったり、う〜と言ったりしたあと、消えそうな声でマヤは真澄の耳元で囁いた。

「…ずっと前から用意してたんです。ホントはもっと前に上げたかったんです。でも、今日で良かったって今は思ってます…」

「なんだ?」

「…私…なんですけど…」

言った後でマヤはますます真っ赤になる。顔から火が出るとはよく言うけど、ほんとに火が噴いてるのではないかと思う。真澄は真澄で、もちろん今日こそはそのつもりで来たような所は確かにあったが、まさかマヤの方からそれを言ってくるとは夢にも思っていなかったわけで、真っ赤になって俯いてるマヤが堪らなく愛しくなる。

「最高のクリスマスプレゼントだ」

同じようにマヤの耳元でそう囁くと、マヤの気が変わらないうちに、と言わんばかりにひょいとマヤを抱き上げると、寝室へと向かった。

両腕をしっかり真澄の首に回したマヤは、うっとりしたように呟く。

「速水さん…、だーいすき」

マヤのそれは真澄にも同じ事を自分に言って欲しいという、独特の甘い響きがあった。わかっていて、真澄は答える。

「俺はそれ以上だ。愛してる、マヤ…」


サンタクロースの国は午後10時。恋人達の甘いイブの夜が始まる。







12.16.2002


<FIN>






こちらも「ガラスの楽園」のクリスマス作品として投稿させて頂いたものです。デビュー作だった「紫の行方」のあとに初めて出したものだったので、その続編だと思った方が多かったようですが、当の本人はな〜んも考えず、とりあえず”時差ネタで一本”ぐらいの勢いでした。←無責任大魔王
不思議な話なんですがパロ書き始めた最初の頃って、不倫設定が好きだったんですよね、私。原作のあの状況を考えるとこれしかねーだろ、と凄い現実的な続きを考えてたようで……。でもだんだん沢山のお話を書くようになって、不倫モノってなかなかに論議を呼ぶものということが分かってきて、安易に書けなくなった小心者杏子。
というわけで不倫設定はその後、あまり書かなくなりましたね〜。そういう意味でこの無鉄砲なシチュは貴重。(意味不明)
だってさー、つきあって1年と4ヶ月でプラトニック…、てありえないじゃん!
と2年前の純真な(ウソをつけ)自分にとりあえず突っ込んでみたりするのであった。
頂いた感想で一番多かったのは
”チキンの描写が可笑しい”
というもの。不倫ってだけで暗くなる話の一応笑いどころと思って書いていた…んじゃないかと適当に推測してみる。←やっぱり無責任大魔王

Dedicate top / home