| □□第一話□□ written by キティ |
|
月影千草の三回忌。 千草は紅天女をマヤに選んでからすぐ、使命を全うしたかのように逝ってしまった。 この日、千草の意向だと言って源造は限られた者だけをこの梅の里の山寺に呼んでいた。 真澄は妻である紫織と。亜弓も夫であるハミルと。 そして劇団つきかげ、一角獣のメンバー、紅天女の演出家として選ばれた黒沼、。 だが、主役のマヤと一真の桜小路は来ていなかった。 マヤがマンションの階段から踏み外し、足を捻挫してしまったらしい。幸い大事には至らなかったが、次回の仕事に支障が出てはいけないということで欠席した。それに付き添い桜小路も来れないとの事だった。 その日は午後から源造が用意してくれた食事を囲み皆で静かに月影を偲んでいた。つきかげと一角獣は今日はこのままここに泊まり、真澄夫婦と亜弓夫婦、黒沼は麓にある宿に泊まる事になっていた。 食事をしている時から真澄は何度も源造に見られていると感じてはいたが、そろそろ終わろうという頃 「速水さん、ちょっとこちらへ…」 と、源造に寺の裏に連れてこられて真澄は一体何の事だろといぶかしんだ。 「すみません、このように隠れる様なお呼び出しをしまして…」 源造は書類のようなものが入っている茶色の封筒を差し出しながらこう言った。 「実はマヤさんからこれをお預かりしておりまして…他の皆さんに内緒で渡して下さい、とマヤさんに頼まれたのです。」 そのいかにも会社の書類のような外観の封筒が、何を秘密にしなければならないのか真澄は訳が分からなかった。 「マヤが?それはいつのことですか?」 「先週です。」 「先週?この書類を…」 「はい…こちらにいらして置いていかれました。」 「えっ先週?月影さんの三回忌は今日…もしかしてマヤは1週間違えてしまったのでしょうか?」 「いえ、そうでは無いようです。マヤさんは分かっていて、先週いらっしゃった様です。その日の内に千草様のお墓にお参りになり帰られました。」 「なっ…では最初から今日は来るつもりが無かったと?」 「その様です…ね。私もマヤさんが連絡も無しに来られたので驚きました。」 「それで、私が来たら渡す様にとこれをあなたに託していった。」 「はい。中に入っているのは手紙だそうです。書いているうちに長くなってしまったと、おっしゃっていました。どうやって真澄様だけにお渡しできるかと色々お考えになっていた様です。会社に送る事も考えたそうですがやはり人目に触れることを避けたいので私に頼んだのでしょう。」 「そうですか…中身はわかりませんが、あなたにも秘密を共有させてしまったみたいで済みません。」 「ああ、いえ、ご心配には及びません。私はマヤさんのお役に立てるのは嬉しい事ですし、東京の方ともこの様な事でしかお会いする機会もございません。こんな秘密は私にとっては何の負担も無いことです。ただ…」 「ただ?」 「マヤさんとは千草様の葬儀の時、その翌年の命日と先週の3回しかお会いしていませんが、なんと言えば…非常にお強くなられたと言えばいいのでしょうか?本物の女優になられたと…」 そうだった。真澄もそれを認めざるおえなかった。 辛く苦しい試演の後、見事な演技で紅天女を勝ち取ったマヤ。 その後、あっさり大都での上演を決め、上演権も真澄に託すと言ってきたり、これまた一真を勝ち取った桜小路と交際宣言をしたり…紅天女以外の仕事でも真澄の期待を裏切らなかった。 真澄もマヤが紅天女に決まった後、約束通り紫織と結婚して、それなりの結婚生活を送っていた。 「すみません、話しが逸れてしまいました。でも先週、この手紙を受け取った時、ああ…やはりマヤさんは何一つ変ってはいなかったのだと思いました。」 「変っていない?」 「そうです。手紙を渡す時のあの思いつめていた表情。紅天女の演技に苦しんでいた時に見せたものと同じでした。人間 色々な経験をして賢くはなっていきますが、本質は変らないのだと」 「本質…」 真澄は源造の言わんとする事が良くわからなかったが、そろそろ部屋に戻らないといけないと思い、封筒をいかにも会社の書類だと言うように脇に挟んでその場を離れようと源造に声をかけた。 「では私はこれで失礼します。ご迷惑をかけてすみませんでした。明日は午前中にこちらにご挨拶をしてから帰ろうと思いますが、よろしいですか?」 源造は何かを考えていたようで真澄の質問が聞こえていない様だった。 「マヤさんの紅天女は素晴らしかったですね。」 「えっ?ええ…そうですね。このごろは特に洗練されてきたとマスコミで騒がれていますよ。では明日午前中おじゃましますので、この辺で…」 「あっいえ、それには及びません。今日こうやって皆さんにお会いできただけで千草様もお喜びだと思います。つきがけや一角獣の皆さんもいらっしゃいますし、明日はわざわざご足労頂かなくて結構ですよ、速水さん。では、おやすみなさい。」 「そうですか、それはお心遣い感謝します。では今日で失礼して明日はそのまま東京に戻ります。」 真澄は紫織の待っている部屋へ行き、マヤからの手紙はそっとアタッシュケースの中にしまい、紫織に宿に帰る旨を告げた。 真澄は車を2台手配していた。 1台は亜弓夫婦、2台目は自分達夫婦と黒沼の3人。 宿に向う車の中で、真澄は久しぶりにマヤのことを深く考えていた。 自分も結婚してしまったし、マヤと桜小路の交際も始まった。なるべくマヤの事をあれこれ考えない様に自分を押さえてきたのだった。 だが、大都の看板女優となったマヤだ。会うことは何度もあった。 紅天女の上演権の契約の時、紅天女が大都で上演されるのを祝うパーティーの時、それ以外の仕事の打ち合わせや、それこそビルの中でお互い違う用事で廊下ですれ違う事もあった。そんな時マヤは、明るく少しはにかんだような笑顔で挨拶や話しをしてくれた。 マヤはもう昔やったようなバカバカしい喧嘩のようなこともしない大人になってしまったんだと、真澄は自分に言い聞かせていた。なによりマヤは桜小路ともうまくいっている様で公私ともに充実している、という風だった。 ただ、自分はどうだったろう?3年前に紫織と結婚してそれなり…と感じていたが本当にそうだったのだろうか? 「ただいま」と家に入る時、食事をしている時、何気ない事を話している時……これがマヤだったら…と思わなかったといえばウソになる。でも紫織を選んで結婚したのが他でもない自分の意思だと自分の心に厚くペンキを塗り、何度も剥がれそうになるのに塗り直す自分がいる。 結局自分からは何も言わないまま、マヤとの関係を終わらせてしまった臆病な自分に嫌気がささずにはいられなかった。 紫織が黒沼に舞台の事をあれこれ聞いている。黒沼は本来はそう言う会話が苦手なのだろう。それでも一生懸命に紫織の質問に答えてくれている。 「真澄様?どうされましたの?」 紫織が心配そうに顔を覗く。真澄は黒沼や紫織との会話をそつなくこなしていたと思っていたのに、途中で大きくため息をついてしまった。 「いえ、何でもありませんよ、紫織さん。」 真澄はここが都会ではなく、表情が読み取れない程の暗い山の中で良かったと思わずにはいられなかった。 黒沼と宿の部屋の前で挨拶を交わし、部屋に入ってから真澄は、源造から渡された手紙をいつ読もうかと、その事が頭から離れなくなってしまい詩織との会話が途絶えがちになってしまった。 そんな様子に紫織も 「真澄様、少しお疲れではありませんか?早くお休みになられたほうが良いわ。」 と言ってくれた。 紫織が自分を気遣ってくれていることに感謝して、とりあえず真澄はここでそれを読むのは控えようと思った。実際、このマヤからの手紙がどういった内容のもの分からず、一方的に送られたもので、読んですぐ返事をする類のものかも分からない。 真澄は、愛する事は到底出来ないが、最近お互いを気遣うことに慣れてきた紫織との関係をこの手紙でこじらせたく無いと思い、策を練ることにした。 「そうですね。少し疲れた様です。今日はもう寝ましょう。そして明日は早めに東京に帰ってゆっくりしましょうか?」 「…はい」 紫織は自分の提案があっさり真澄に受け入れられたことが嬉しいといった様子で微笑んだ。 真澄は早く東京に帰り、日曜だが急に仕事が入ったと言い、会社に行ってこの手紙を読もうと決めていた。 翌日、東京に戻った真澄は早速紫織に 「仕事が入ってしまって申し訳無い、私は大丈夫です。あなたこそお疲れでしょう?少し休んでいて下さい。」と丁寧に応対して二人の住むマンションから出た。 紫織とは結婚して、会社に車で20分ほどのマンションに住んでいる。真澄はとりあえず二人が一緒に住んでいるという事実があれば良いと考えているので、紫織には悪いが所謂「寝に帰るだけ」と、とても結婚生活とはいえない毎日を送っている。また、紫織も体調が優れない時は鷹宮家に帰ってしまう。紫織はその事を真澄に悪いと思っているらしいが、しかし、真澄にとってはそれは好都合だった。 そして、もちろん…子供はいない。 |