| 小さな嵐(真澄バージョン)
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| written by YOYO
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大都芸能本社、最上階。
ここは、社長室とそれに続く秘書室、応接室、幹部用の会議室だけが ある場所であり、普段は静けさを保っているフロアである。 この場所に、時折現れる小さな嵐。 「この企画は、担当者に再検討させてくれ。違う路線も提案するように。」 「かしこまりました。」 一週間の始まりが若干気分を憂鬱にさせる月曜日の午前、 俺はいつものように山のように積まれた書類に目を通し、水城君に指示を出す。 小さくため息を付きながら、また次の書類に目を通した時だった。 なんだか、秘書室の方が騒がしい。 何か不測の事態でも起こったか…と思った瞬間、バタンッと勢いよく ドアが開いた。 そして、そこに立っていたのは、肩で息をして怒りに満ちた目で こちらを睨んでいる… 俺の最愛の人、北島マヤだった。 「これは、豆台風のお越しか…。」 これまでも、彼女がこうして自分に会いに来たことはある。 いや、正確には抗議しに来た…だろうか。 これまではそろそろ来る頃だ、などとある程度台風の進路を 予測できていたのだが…、今回は、まさに不意を付かれた形だ。 どんな用件でここに嵐を持ち込んだのか全く予想が付かない。 「まあ、マヤちゃん…、どうしたの?今日は、芝居の稽古はないの?」 水城君が場を取りなすようにマヤに声をかける。 「は…速水さん、あんまりですっ!ひどすぎますっ!!」 目に涙を溜めながら、彼女は叫んだ。 俺は、最近の自分の行動を頭の中で素早く振り返りながら、 何も思い当たることがないのを確認すると、ゆっくりと口を開いた。 「何のことか、わからないが…。もう少し分かるように説明してくれないか?」 「わからないっ?わからないですって?自分で命令したんでしょうっ?!」 返事に困り、一瞬押し黙っていると水城君が助け船を出した。 「あ…、マヤちゃん。 とりあえず、こちらに座って。落ち着いて話をしましょう。 今、ミルクティーでも入れてくるわ。ね、座って?」 水城君に促され、よろよろとソファに座る。 俺も彼女の向かいのソファに座り、愛しい人の顔を眺めた。 勢いをそがれた彼女は下唇を噛みしめながら、膝の上で握った手を 見つめている。 少し痩せたか…?稽古が厳しいのか…。 前回会ったのはいつだったか…。 ああ、取引先が主催していたパーティの会場だったな。 あの時もふいに俺を訪ねてきたのだった。 「二人の王女」への出演が決まり、それを報告に来てくれたのだ。 あれから、2週間ほどだろうか。 今頃は芝居の稽古も波に乗っている頃ではないのか…。 水城君が彼女にミルクティーを俺にコーヒーを出して、 マヤが落ち着いた様子を確認すると、静かに社長室を出て行った。 「いったい、何があった?本当に思い当たるフシが無いんだよ。 説明してくれないとわからない…。」 そう言うと、彼女はもともと大きな目を、さらに見開いて 俺を見つめ、呟いた。 「本当に…?速水さんじゃないの…?」 俺が小さくうなずくと、彼女はひとつ大きく息を吐き、話し始めた。 「嫌がらせ…というか、脅迫電話があって…。 私が『二人の王女』に出演したら、一角獣&つきかげが アテネ座に出られないようにしてやるって…。」 「いつのことだ?」 「えっと、あの…今朝…です。」 なんてことだ…。俺の知らないところでマヤにそんな電話が…。 すぐに聖に調べさせよう…。 犯人には、マヤに手を出したら痛い目を見ることを 思い知らせてやらなければ…。 フリーで活動していると、時々そんな目にあうことがある…。 俺が守ってやりたいが、大都の所属ではない彼女を 完璧にはガードすることができない…。 ましてや恋人でもないのだから四六時中一緒にいるわけにはいかない…。 せめて、影の立場で、マヤが手を出せない存在であることを、 業界内に浸透させなくては…。 それが、今の俺にできる彼女の守り方だ…。 「あ、あの、ホントに速水さんじゃなかったんですね…。」 疑われていたショックと疑念が晴れた嬉しさとが複雑に絡み合い、 苦笑するしかない。 「絶対に違う。俺は君にそんなことはしない。 第一、君が俺を招待してくれるんじゃなかったのか、今度の芝居。 俺はとても楽しみにしているんだが…。」 「あの…私、こんな嫌がらせするの、絶対に大都芸能が私を邪魔に しているからだとばかり思って…。 だって…、そもそもアテネ座に私が出られないようにしたのだって… あの…、その…ごめんなさい…。」 だんだんと自信なさそうに小声になり、ついには謝ってしまう彼女を 見ていると、可愛らしさと可笑しさで、つい顔が緩んでしまう。 それにしても、こんなことで一番に犯人扱いをされてしまう 自分もかなり哀しい存在だな…。 「いや、いい。しかし、それは相当見くびられたものだな…。 俺が君を本気で潰そうと思ったら、そんな姑息な手は使わないで、 一気にやるさ。」 つい、意地悪な言葉を投げかけてしまう。 「わ、私、誰にも潰されたりなんかしませんっ!速水さん、あなたにもっ! 絶対に『二人の王女』だって成功させて、そしていつか紅天女に なるんですっ!」 大声で、力を込めて、宣言する彼女を惚れ惚れ見つめた。 いい顔だ。 「その粋だ。俺も、君が紅天女になるのを期待しているよ…。」 本音が出てしまい、あわてて彼女を見ると、なぜか頬を赤らめて そして、とても不思議そうな顔をしていた。 「あ…あの、それじゃ、私、失礼します。お仕事中、すみませんでした…。」 もう、帰ってしまうのか…。せっかく水城君が開けてくれた時間だ。 もう少し…。 思わず、立ち上がろうと中腰になった彼女の右手首を掴む。 「もう少し…、もう少しここにいてくれないか。話を…したいだけだ…。 君の時間が許すならば…。」 一瞬体を震わせ、驚いた顔で俺を見つめる。 こんなことをしていやがられるだろうか…。 嫌いな男に手首を捕まれて嬉しい女はいないか…。 「あ…あの、手…痛い…。大丈夫…です…。」 「え?」 「あの、時間大丈夫ですから…。もう少し、ここにいても大丈夫なので…。」 「あ、ああ…。」 思いの外、強く握っていた手を離すと、 彼女はソファに脱力したように座った。 掴んでいた手が熱い。 何度目だろう…。こうして、無理矢理自分のそばに座らせたのは…。 頬を染めて、上目使いでこちらを伺う彼女は、 この上なく可愛らしく、愛おしく、柄にもなく心臓の音が早くなる。 あわてて話題を探して、口を開いた。 「芝居の稽古はどうだ?美しいアルディス姫は、君の中に生まれたかな? おチビちゃん。」 自分の動揺を隠すために、ついつい、からかう口調になってしまう。 それが、また嫌われる原因だとわかっているのに…。 「またっ、速水さんのイヤミ虫っ!毎日、亜弓さんの家でお嬢様として 暮らしてますからっ!もう、すっかり姫に生まれ変わりましたっ! いつでも本番OKですよっ。」 いつもの調子で言い返してきてくれて、ホッとする。 そして、彼女との会話が廻りはじめる。 俺のイヤミにも真っ正面から言い返してくる彼女が好きだ。 そのしぐさや、窓からの光でつややかな流れを見せる黒髪も好きだ。 そして、キラキラしたまっすぐ前を向いた瞳で、芝居の話をする彼女が好きだ。 豆台風は,ちょっと心臓に悪いが、こんな彼女の姿を見られるのだったら、 いつでも大歓迎だ。 結局、一時間ほどもたわいのない話をして、そして彼女は帰っていった。 帰り際、水城君に「仲直りしたの?良かったわね。」などと言われて。 その後、俺は幸せな時間の間にさらに溜まった書類をかたづけ始めた。 月曜日の憂鬱なんて、どこかに消えてしまったな…。 「真澄様…、今朝の顔と違いすぎましてよ。」 あきれ顔の水城君の鋭すぎる指摘を、聞き流す余裕もあるな、今の俺には。 「さあな。豆台風の強風が、憂鬱をどこかに飛ばしていって くれたんじゃないか?」 後日、聖が早々に報告してくれたマヤを脅迫した某芸能社には、 二度と這い上がれないほどの痛手を負わせたことは言うまでもないことだ。 3.20.2003 マヤバージョンに続く ![]() |
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