あさきゆめみし 5
written by プチャ
 夢の通りなら、この後は清く、睦びあうはずであり、真澄の妻となり、子供だって望めていたと思う。
しかし、結ばれる筈だった寝室に、二人の姿は無く、別荘には人の気配は消えていた。
二人が抱き合ったその時、真澄は倒れこんでしまう。
考えてみれば、病院を抜け出している手前、長居をする訳にもいかない。

「真澄様・・・大丈夫ですか・・・!」

具合が悪いのに、上手く事が運ぶはずも無く、紫織は真澄の車に同乗し、病院へと戻る。
せっかくの機会を逃してしまったのは残念でも、思いは一つに結ばれた以上、何も問題はないと思えた。
だが、退院してからの真澄は、仕事に忙殺され、二人で会う事など出来ず、その上、ようやくデートにこぎつけたオペラでも、ずっと上の空だった。
耐え切れなくなった紫織は、真澄の元へ出向き、無理を承知で、今夜会う約束を付けさせようとした。
真澄は始め、頑として譲ろうとしなかったが、紫織のあまりにも頑なな態度に「はあっ・・・」と、ため息混じりに折れた。

『・・・スケジュールの調整を頼む』

「・・・解りました」

水城がただ一言、秘書としてこたえる。
だが結局、紫織は自ら約束を取り付けさせておきながら、真澄に会おうとはしなかった。
ただ、あの時の真澄の態度が許せなかった。
決して、あれは愛情を抱いている者に対しての、態度ではない。
それでもなお、真澄の事を愛してやまない自分がたまらなく、悲しかった。
皮肉なもので、愛すれば、愛するほど、恋しい源氏の君に捨てられてしまった、「六畳の御息所」と同じ道を辿ってしまっていた。






数日後、紫織は、約束を破った事を詫びに大都へと出向いた。

「真澄様、申し訳ありませんでした・・・・・」

『紫織さん、謝らないで下さい。 至らぬ僕の方に責任があるのですから・・・』

紫織は何気ない真澄の変化に、気付いた。
その時、水城が入ってくる。

「真澄様、スケジュールの調整が終わりました。 完全なお休みとは行きませんが、書類などの決裁のために、幾度か来て頂くだけで良いようにして置きましたから」

「無理言って、すまない・・・」

真澄は、新しく組みなおされた、スケジュールに目を通しながら言った。

『紫織さん、お願いしたい事があります・・・』

「えっ・・・」

『僕は、明日から一週間の休みを取ります。 その間どんな事があろうとも、僕のする事に目をつぶっていて欲しいのです』

「それはどういう事です・・・? きちんと、説明して頂かなくては納得できません!」

食って掛らん勢いの紫織を無視し、真澄は構わず、説明を続けた。

「ご存知のとおり、紅天女は大都が社運を掛けて手がけようとしている一大プロジェクトです。 報告では二人の候補どちらにも、難しい問題が発生しているんです。 もし失敗してしまったら、鷹通との合併も、貴方との事も、全てご破算になるでしょうね・・・・」

『つまり、北島マヤの為に動くと言う事なのですか?』

紫織は核心を突いて、訊ねた。
真澄は、苦笑いをこぼしながら言う。

「あの子には、実力を全て出し尽くしてもらわなければならないんです。 試演が、そして本公演が成功する為には、今出来る全ての事はするつもりです」

真澄の言う事は、大都芸能の社長として、当然の事とも思えた。
しかし、疑心暗鬼に陥っている紫織はどうも釈然としない。

「大丈夫ですよ・・・約束しましたからね・・・これから二人で歩む私たちにとって、何をすべきなのかは、貴方が一番、解っているでしょう・・・」

心を読み取ったかのようなその言葉に、紫織は覚悟を決めた。
翌日から、真澄は行動を開始した。
紫織は、真澄に内緒で監視役の者をマヤの近くに潜ませ、些細な事実までも報告させていた。
そして、ある事件が起きた事を知る。
真澄は紫のバラの花束を持って、マヤの元へ行き「紫のバラの人」なる人物への想いを、稚拙などと揶揄し、マヤ自身演技に対しても酷評をつけてみせ、とどめの一撃は持っていたバラの花束を、勢いよく投げつけてみせた。
マヤには、それがよほど堪えたと見え、怒りと悲しみの感情を剥き出しにして叫んでいた。

「貴方なんか、大嫌い!」

始めこれは、真澄が自分に対しての誠意で、マヤとの決別の態度をとってくれたのだと思っていた。
だが本当は、自分を憎ませる事で、マヤの中に眠る闘争心を呼び覚まそうとしていたのかもしれない。


 運命の一週間もあと二日となった日、真澄は密かに呼び寄せていた月影千草の元へ、マヤを始め、黒沼や、桜小路たち数人を連れて行く。
紫織は、無理を言ってその一団に加わっていた。
師の前でマヤの演技が試されたが、前日に見ていた姫川亜弓の紅天女と比べると、完全な失敗だった。

「お願いです・・・どうしたら紅天女の心がつかめるのか教えてください!」

自信を失って居るマヤは、必死の思いで、月影千草に救いを求めた。

「貴方には無理なようね・・・」

師の信じられない一言だった。

「・・・!」

居たたまれなくなったマヤが、泣きながら稽古場を飛び出していく。

「待つんだ!」

後を追おうとする真澄を紫織は引き止める。
このまま永遠に二人は戻らない気がしたからだった。

「行かないで・・・」

ただ一言、真澄は言った。

「約束はまだ二日あります・・・・」

今の真澄を止める術を紫織は見つけられなかった。
多分、月影千草は、真澄が、マヤを連れてくることを知り、わざと冷たい態度をとったのではないだろうか・・・・最後の壁を超えるために必要なのは、師の教えではなく、愛その物をどう会得するかにかかっていたと、今は思う。
この時を境に、最終日までの二日間、その消息はまったく掴めなかった。

 丁度その頃、紅天女の故郷でちょっとした異変があった。
月影千草によって、つり橋が焼き払われているため、人が入る事が出来ないと思われた梅の谷に在る神社の社務所に人の気配があった。
夜も更けて、窓にぼんやりと映る二つの影は一つに重なり、やがて下へと消えていった。

紫織は、真澄の消息が掴めないまま、やるせない夜を迎え、明け方近くにようやく、うたたね程度に眠る事が出来た。
すると、久しぶりに夢を見る。
傍らにいた女房の顔を見て驚いた。
その人物は『紫の上』が殊のほか、可愛がっていた中将の君と言う女房であり、夢の中でいつも傍らに控えていた。
その瞬間、念願の『紫の上』になれた事を理解し、幸せに浸りきっていた。
しかし、幸せは、すぐに悪夢へと変わる。

「三の宮様が御着きになりました・・・」

物語では『源氏の君』が今だ捨てきれぬ初恋の人への思いから、兄である『朱雀院』の娘『女三の宮』を妻として迎えようとしていた。
事実上、本妻として扱われていても、相手は内親王と言う事で、格が上となり、正式な結婚になる。
その為、今回は『源氏の君』が車止めの所まで出向き、自らの手で牛車から抱き下ろす、『御降嫁』と言う儀式が行われる事になった。
紫織は解っていた・・・『女三の宮』が誰なのかを・・・・
御簾の内からそっと垣間見れば、花婿として、身支度を整えた真澄である『源氏の君』が、牛車へと歩み寄る。
そして、胸に抱かれて降ろされた『女三の宮』の顔は、北島マヤだった。

「いやぁ・・」

紫織は、飛び起きる。

「どうして・・・幸せな夢を見てはいけないの・・・?」

涙が、止め処なく溢れてきた。


 最終日、二人は戻って来た。
稽古場に着けられた真澄の車から、手を添えられ降りてくるマヤの姿を見たとき、昨日の夢と重なり、心の底から堪えてしまう。
きっと、婚約解消の話を改めてしてくるに違いない・・・そう思うと、怖くて会う事など出来なかった。
だが予想に反して、真澄の方からは何も話は無かった。
そして今日、試演の日を迎える。

 先攻の姫川亜弓の紅天女は、完璧な出来と言えた。
会場に居た誰もが、二代目を襲名するに相応しい人物だと認めた。
ある記者などは、早くも「二代目決定」の連絡を入れ始める。
幾ら、北島マヤが奇蹟を起こしてきたとは言え、最早、勝負はついたと言えるほどだった。

「素敵でしたわ・・・」

紫織は今だ、劇の余韻に浸りながら、真澄と共に貴賓室へと戻ってきた。

「紫織さん、貴方に伝えておきたい事があります・・・」

とうとうこの時がやってきたのかもしれないと思った。
絶対に、婚約解消には応じないつもりで居た。
しかし真澄の口からは、思いもよらぬ言葉が出る。

「紫織さん、僕との結婚で一つだけ覚えておいてもらいます。 私は貴方の夫として出来る限りの努力はするでしょう・・・しかし、僕が一生を掛けて愛しぬく女性は、北島マヤだけです」

ある意味、婚約解消より酷い言葉かもしれない

「あの日、彼女は自ら命を絶とうとしたんです・・・僕がこれ以上苦しまないですむようにとね・・・」

『それは、あの仔が貴方の気を惹きたいばかりに起こした狂言で・・・・』

諭す為に言った言葉も、身に覚えがあるせいか、紫織はそこから先が言えない。

「僕と彼女が、お互いの気持ちを確認する為には一夜あれば十分でした・・・そしてこれからの事も・・・」

『そ・・・そんな、あまりに、身勝手な・・・』

わなわなと振るえる紫織に、真澄は言った。

「ええ、自分でも解っています・・・でもこれは貴方が出していた条件でしょう。 私はその代償として、公私において彼女と二人っきりで会う事はありません。 ただ、陰ながら、見守っていくつもりです・・・」

紫織は必死だった。

「確かに言いました・・・でも、お話を聞いて、気が変わりました・・・しんじられるものですか!・・・マヤさんには、遠い所へ行ってもらったほうがいいですわね」

二人が結ばれてしまった事は、まだ紫織の予想範囲だ。
マヤの命をこの手に握る事で、真澄の心は確実に繋ぎ止めることが出来ると思っていた。
しかし、真澄はにっこりと微笑みながら言う。

「信じて頂けないなら仕方ありません・・・どうぞご自由に・・・」

『えっ・・・』

真澄は、戸惑う紫織に構わず話を続けた。

「かえって好都合かもしれません・・・わずらわしいこの世を捨ててあの仔と二人、あちらの世界で暮らせるのですから・・・」

この言葉で、紫織は完全に敗北が決まった。
だが紫織は不思議なほど冷静になっていた。

「お待たせいたしました。 北島マヤ主演による紅天女がまもなく始まります・・・」

開演を知らせるアナウンスが流れる。

「行きましょう・・・」

真澄がそっと、手を差し出す。
二人は貴賓室を後にした。


 日記帳を開き、ただぼんやりと眺めるだけだった紫織は、いつの間にかすらすらと続きを書き始めていた。

「・・・あの子の紅天女を見たとき、私は全てを悟った。 梅の木を切らなかった亜弓さんに対し、その身をささげ、一真に己を切らせたその様は、今の真澄様とあの子の関係そのものだと思う。 誰もが、その恋に涙していた。・・・それに比べ、読み返してつくづく、思い知らされる。 私の、死まで考えていたこの恋は、この日記帳の半分も埋まらないほど浅く、薄い、軽薄な物だった・・・
あの子の紅天女を見て、私の中に渦巻いていた黒い霧は消えてくれた・・・
真澄様を帰してあげよう・・・二人の恋を終わらせてはいけない気がする。 私はこの日記を書く事は無いだろう・・・この続きはあの二人が書いくべきなのだから・・・」

紫織はそう締めくくると、静かに、それを閉じた。
やがて席を立ち、祖父である鷹宮会長の部屋へと行き、ドアを開ける。

「お爺様、お願いしたい事があります・・・」

一週間後、記者会見が行われ、真澄と紫織の婚約解消が告げられ、この事が、合併には何の影響もない事が、示される。
始め、取り合わなかった鷹宮会長も、可愛い孫の熱意に折れてしまった。


 男と女の垣根を越えて、一人の人間として、あの人を愛そう。
やっと、何にも束縛されない、愛を見つける事が出来た。
あの人が愛している人を、私も愛そう。
この恋は、私を強くしてくれた。
私はゆっくり歩いて行こう・・・新しい恋に巡り逢うその日まで・・・



2003.8.10



<FIN>






□プチャさんより□
 長々とお待たせしたうえ、最後まで読んでいただけた皆様へ、心から感謝いたしま す。思えば、杏子さんの所は長編が揃っていたので、恥ずかしながら、前座のつもり で書かせてもらったのが始まりです。私にとって、貴重な経験になりました。有り 難う、杏子さん。
それにしても、たったこれだけで、へとへとなのに、この倍以上の量を、あの速さで 仕上げるなんて・・・・貴方の凄さを改めて知りました。
オリジナルも、頑張ってくださいねー!( ̄ー ̄)v 






プチャさん、リアルお忙しいなか長編連載完結、お疲れ様でした!
杏子の鬼門シオリに立ち向かうと聞いたとき、ただただ、尊敬の眼差しで見つめてしまいました。源氏物語と未刊行部分を絡めた、時代絵巻、楽しませていただきました。
長編は大変だけれど、書き上げたときの充実感は、やっぱり格別ですよね。
ありがとうございました!!






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