彼女を見ればわかること 4
「今すぐ、北島を呼べ、今すぐだ!」

マヤとは呼ばずに名字で怒鳴り散らすあたりに、真澄の苛立ちが見え隠れする。

「そうくると思いましたので、今朝のうちにもうマネージャーと連絡を取ってあります。間もなく来る頃ですわ」

お見通しのような冷静な口調で水城は言うと、ちらりと時計を見やる。
その時、社長室のドアを軽く2回、ノックする音がする。

「噂をすればご登場かしら。では、午後の会議の方は?」

「待たせとけ!!」

怒りや苛立ちを全く隠さない声色で怒鳴りつける。肩をすくめて社長室を出て行こうとする自分と入れ違いで入ってくるマヤの耳元で、水城は小声で囁く。

「相当荒れてるみたいだから、まぁ、気をつけてね」

「??」

思わず、出て行く水城の背中を見つめる続けるマヤに、真澄が声をかける。

「話があるのはこっちなんだがな。ドアを閉めろ」

少しも不機嫌を取り繕うとしないその声にマヤは驚いて振り返る。

「あ、こ、こんにちは〜。あの、なに…か…」

真澄は無言で週刊誌の束をマヤの目の前に投げつける。

「今日発売の週刊誌だ」

それだけ言うと、反応を待つようにタバコに火をつける。
マヤは無表情のまま、それらを手に取ると冷静に目をやる。その、あまりにも落ちつき払った態度が余計、真澄の怒りに油を注ぐ。


記事の写真は、確かに峰岸と思われる男とマヤと思われる女が仲良くフィギュアスケートの試合を見に行ってるものであった。女の方は目深に帽子を被っているので、表情は見えないが、その姿形はマヤに見える。こういったパパラッチ写真特有の距離感があるため、どうしても写真の荒さは否定できなかったが、二人だと思ってみれば二人にしか見えない写真であった。

「へ〜、よく撮れてる…」

のんきな声で言う、マヤのそれに、ついに真澄の怒りが爆発する。

「君はまだわかっていないみたいだな。ドラマのクールが終わる間はスキャンダルは厳禁だと言ってあったはずだ!役になりきるのは結構だが、スキャンダルまで起こせと言った覚えはないぞ!!しかも、よりにもよって、妻子もちの共演者を追い掛け回すとはどういうつもりだ!!」

激しくテーブルに両手を突いた瞬間、書類のいくつかが宙に舞う。無言でマヤがそれらを拾おうとすると、真澄はその手を乱暴に掴む。

「そんな事より、俺の質問に答えろ!!どういうつもりだ!!」

キリキリと細いマヤの手首を締め上げる真澄の腕力は真澄の冷静な判断力を超えたもので、跡が付くほどの強さにマヤが悲鳴を上げる。

「…っ、痛っ!!」

「離して欲しければ、俺の質問に答えるんだな」

(こんな、こんな男のどこがいいんだ!!)

その叫びだけはかろうじて喉元で押し返した。


マヤはキッと真澄を睨み返すと、搾り出すような声で訴える。

「…速水さん、なんにもわかってない…。アタシの気持ちなんて、ぜんぜんっ、わかってない!!」

何も分かってないくせに、何も考えずに怒鳴り散らす真澄に対して、マヤは悔しさのあまり噛み切れるほどに、下唇を噛む。

「速水さん、本気でこれ、アタシだと思うんですか?本気でアタシが峰岸さんの事、追い掛け回してると思ってるんですかっ?!」

「だから、それを聞いてるんじゃないか!!」

「聞いてなんか無いっ!速水さん、もう決め付けてる!!
…アタシ、他の誰に誤解されても、勝手にそう思われても別に、痛くもかゆくもない。でも、速水さんにそう思われるの、死ぬほど悔しい!!死ぬほどあったまにくる!!」

それだけ叫ぶと、マヤは大きく肩で息をつく。一度天井を見上げたあと、声のトーンを落として真澄を見つめ直すとと、落ち着いた声で言葉を紡いでいく。

「速水さん、この二人が行ったフィギュアスケートの大会、先週の金曜日の夜だったんですよ。先週の金曜日の夜、アタシ、誰といましたか?」

真澄の心臓に杭を打たれたような衝撃が走る。

━先週の金曜日…。

「速水さんにとっては、あんなの数多い女優とのお遊びの一つかもしれないけれど。アタシには特別な夜だった…。
速水さんが書いてくれた、待ち合わせのBARの名前が書いてある紙も、それからあの日のお芝居のチケットも、私、あの日から毎日大事に持ち歩いてる」

そう言ってマヤはやらなくてもいいのに、カバンの中からごそごそとそれらを取り出してはデスクの上にバシリと置く。

「私はあの夜の事、日付はもちろん、速水さんが言った事も、自分が言った事も、全部忘れられない。全部、一言一句思い出せる。速水さんが何杯ワイン飲んだかだって、思い出せるんだからっ!!」

そう言うと、大粒の涙をぽろぽろとこぼし、それを拳骨で拭いながら、マヤは続ける。

「なによぉ、なんで、なんで、そんな鈍感なのよぉ。
だいたい、アタシの事そんな何年間も見てて、どうして気付かないのよぉ…」

仕舞いには嗚咽を交えて、マヤはしゃくりあげる。

「速水さん、仕事では切れるんだか何だか知りませんけど、アタシには相当鈍いとしか思えないっ!!」

「マ、マヤっ…」

真澄は訳が分からないという風に、おろおろと、泣き叫ぶマヤをなだめようとする。

「そ、その、分からないって、俺が何をわかっていないんだ?」

「まだ、わかんないんですか?バレバレだと思うんですけどっ!!」

マヤはこんな事を最後まで言わせる真澄に腹が立つ。少しぐらい気を回して傷つかないように自分を振る心配ぐらいしてくれたっていいじゃないか。それなりに、思いやってくれたっていいではないか。

(もう、いいや、どうにでもなれ…!)

マヤの中の最後の理性がぷつんと音を立てて切れる。

「だから、私は紫の薔薇の人が…、いえ、速水さんが好きなんです!!」

言ってしまったあとは、爽快感と後悔が半分ずつ…。

「君は、紫の薔薇の人の正体を…」

「だから、それも、もう、とっくのとうに、バレバレなんですっ!速水さん、鈍すぎっ!!」

真澄の思考能力が凍結した瞬間であった。

「アタシ、速水さんの事しか好きになれない!速水さんの事しか、考えられないっ!以上!!」

マヤはそのまま社長室を飛び出して行ってしまいたい衝動に駆られる。これ以上こんな所に居るなんて、あまりにも残酷ではないか。くるりと踵を返して、駆け出そうとした瞬間、腕を掴まれる。

「待て、話は終わってない…!」

そう言って、強引にマヤを腕の中に閉じ込める。

「すまない…。ちょっと頭の整理が付くまで、しばらくこうしていてくれ」

背中ごと包まれるように真澄のその大きな胸の中に閉じ込められ、マヤは体中の血が沸騰するのではないかと思う。

「し、しばらくって、どのくらいですか?」

我ながら間抜けな問いだと思う。

「5分…」

「ご、5分でいいんですかっ?」

なにも正確に測る馬鹿もいないだろうに、思わずマヤは手首の時計に目をやりそうになる。その瞬間、より一層強くその腕に抱きしめられると、耳元で真澄が囁く。

「いや、一生こうしていたい…」





午後の会議は全てキャンセルされた。水城はそれも予想通りと言わんばかりに大して驚きもせずに、スケジュールをあっという間に組みかえる。

マヤと真澄が揃って、大都の本社ビルから出た瞬間、待ち構えてた報道陣が一斉にシャッターを切る。驚いて狼狽するマヤを背中にかばい、真澄はギロリと一同を睨みつけた。

「北島さん、峰岸さんとの噂は本当ですか?」
「一緒にスケートを観に行かれたんですよねっ?!」
「不倫についてどう思われますか?」

矢継ぎ早に浴びせられる質問を遮るように真澄が答える。

「北島マヤと峰岸純はそのような関係にはありません。雑誌で報道されたような事実もありません。あれは、北島本人ではありません」

落ち着いた声でそう言い放つと、一瞬、場が静まり返る。しかし、すぐに突っ込んだ質問の火の手が上がる。

「でも、実際に写真が…」

「だから、あれは本人ではないと言っているだろう。君もよく見たまえ!! 彼女はこの日、別の場所に居たアリバイがあるんだ」

(ア、アリバイなんて速水さん、また、大げさな…)

マヤは思わず赤面してしまう。

「と、言うと、彼女はどこか別の場所にこの時居たという事ですか?」

「ああ、そうだ、僕と一緒に芝居を観てた。もう、沢山だ!!」

あっけに取られる記者達を尻目に真澄はマヤの手を取って、歩き出す。一斉に記者団からどよめきが上がり、フラッシュが焚かれる。
ビルの前に待たせておいた黒塗りの社用車に押し込まれた後、マヤは恐る恐る、隣に座る真澄の顔を伺う。

「は、速水さ〜ん、あんな事言ったら、また後が大変ですよぉ…」

「君は何か困る事でもあるのか?俺は少しも困らないぞ!」

マヤはいまだにいまいち状況が飲み込めず、怒鳴られるのを覚悟で聞いてしまう。

「あ、あのう…、アタシ、その、イマイチよくわかってないんですがぁ…」

「なんだ?」

「速水さんも、アタシの事、その…、好き…なんですか?」

言ってて死ぬほど、恥ずかしくなる。そんな訳ないだろ、という笑い声が今にも聞こえてきそうな気さえする。
一瞬真澄は呆れたような表情を浮かべるが、すぐに穏やかな表情にそれは移り変わる。

(なんて、長い間すれ違ってきたんだ…)

言葉にしなければ最も愛する人の気持ちにさえ全く気付かなかった自分達の過去を思うと、真澄にとってのこの長年抱いてきた、マヤへの当たり前のようなの揺るぎない愛も、マヤにとっては嘘のような信じられない種類のものなのかもしれない。

(一体、どこから話したらいいのだろう?)

それでもそれは、悪戯にすれ違ってきたお互いの隙間を埋めていくという、この上もなく楽しい前向きな作業であるようにも思われた。

「あぁ、俺も君の事が好きだ。誰よりも、何よりも…」

(うわぁ…)

夢にまで見た真澄のその言葉にマヤは耳まで真っ赤になる。

「えっと、あの、その…、い、いつからですか?」

真澄は一瞬遠い目をして、走馬灯のように8年の思いを振り返る。

「初めて出会った時から…、いや、出会う前から愛していたのかもしれない…」

(そう、出会うよりも、ずっとずっと昔から求めていたのかもしれない。巡りあう事を…)

マヤは信じられないものでも見るような目で真澄を見つめる。

「ぜんぜん、気が付かなかったぁ…」

「だが、紫の薔薇の人が俺だって気付いていたんだろ?だったら、少しは勘ぐってみてもよかったんじゃないか?」

からかうような視線を投げながら、真澄が言うと、マヤも負けじと応戦する。

「速水さんだって、アタシが『紫の薔薇の人が好き!』って散々公言してたんだから、ちょっとは気付いてくれたって良かったんじゃないですか?」

「いや、それは、君が紫の薔薇の人と俺を同一人物だと思ってるとは、知らなかったから…」

「私だって、紫の薔薇の人は女優としてのアタシが好きなだけだと、思ってました…」

思わずお互い、同時に噴出してしまう。

真澄の指がマヤの指の上に重なる。きつく絡めるようにお互いの指を交差させると、それを強く握り締めた。どちらも同じ強さで握り返している安心感、そしてそこから伝わる愛情の重さに生まれて初めて味わうような穏やかな気持ちが体中に広がって行く。
言葉はなくても、お互いの愛情が伝わりあう、この距離にたどり着くまでに一体どれだけの時間を犠牲にしてきたのか。真澄は目を瞑ると大きく一度、息を吐き出す。

2度とこの手を離さない。
いつだって、側にいるだけで気持ちが伝わる距離に居よう。
彼女を見るだけで、自分が誰よりも彼女を愛し、そして愛されているという事がわかる、この場所に…。





━後日談

ドラマの大ヒットに伴い、マヤのお茶の間での人気は急上昇。ドラマでマヤが着用した衣装などにも問い合わせが殺到し、ありとあらゆる女性誌でそのファッションについての特集が組まれるほどの一大ブームとなった。晴れて、『垢抜けない女優』のレッテルを外され、はたまたファッションリーダーとして担がれかかったマヤであるが、なんの事はない。次の役が『田舎の過疎化の進む農村の嫁』に決まると、あっという間に、またまた私生活からなりきったものだから、そんな事は誰も2度と言わなくなった。

北島マヤ…、彼女を見ればわかること。

それは、彼女が今女優として最も世間に愛されているという事、そして、女として愛されるべく人に愛されているということ…。


1.13.2001


<Fin>






シオリーもエースケも、春さんも、とにかく二人にとって面倒な事はぜ〜んぶどこかに追いやって、楽しい二人の恋の話が書きたいなぁ、と思って書き始めましたが、予定通りのラストに辿りつく前にマヤちゃんが暴走を始め、苦労いたしました。
マヤちゃんには私が日頃、真澄さまに声を大にして言いたかった事を、言ってもらいました。
「速水さん、鈍すぎ…。いいかげん、『そんな、そんなはずは…!』って白目になるのやめてよぉ〜」
告白は真澄さまからして頂きたいんですが、ま、たまにはマヤちゃんからってのもいいかな、と。    
実は最後のマヤの新しい役をなんにするかで、三日も悩んだ。    
最後まで駄文にお付き合い下さいまして、ありがとうございました。


※※1/21 補足
TSIのSAYANさまより、なんとこの作品の挿絵を頂いてしまいました。シーンはラストのあのシーンでございます。すっごいステキですので、覚悟してご覧になって下さいませ。
>>go!!
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