恋せよ乙女!!〜愛のキス☆キス大作戦〜 3
written by しずか
━ 実行 ━




「なんだ、この勝手な企画の変更は!そんなことが許されると思っているのか!」

腕が折れるのではないかと思われるくらい机を叩き、怒鳴り声は隣の秘書室を通り抜けて廊下まで漏れている。
近くにあったゴミ箱も、見るも無残に変形している。
今日の社長はすこぶる機嫌が悪い。
社員の誰もがそう思った。
近くにいたら殺される・・・。
とても居たたまれない重苦しい雰囲気が漂っていた。

"何かの間違いであって欲しい・・・。"
真澄は驚きと苛立ちを隠せない。
それもそのはず。
午前中の爽やかなひと時を突然襲った悪夢のような報告書。

『特番!紅天女北島マヤ、オークションで初キス公開!? 〜少女を脱いで大人になる瞬間!〜』

さらに追い討ちを掛けるように、例の企画変更の書類を、よりによって変更不可能な収録当日数時間前に渡したのだから、当然といえば当然のことなのだが・・・。

"何故こんなことに・・・。"

とても冷静でなんかいられなかった。
マヤといったら、今時珍しいくらい純粋無垢な少女ではないか。
こんな大胆なことを自ら率先してするわけがない。
何かの間違いだ。
きっと、誰かに騙されたに違いない。
真澄は、フツフツと沸きあがってくる怒りと嫉妬心に全身を震わせている。

"今頃になって、なんてことに・・・。"

気が狂いそうだった。
しかし、結局は突きつけられたこの現実を今更どうすることも出来ない。
無常にも時間は刻々と過ぎていった。

水城は、あまりにも予想通りの真澄の態度に心の中では笑いが絶えなかったが、ここで上司に同情してしまえばこれからの計画は水の泡。
甘い馴れ合いな気持ちを振り捨ててあえて毅然とした態度で真澄に接することを心掛けた。
そして、周辺に散乱している書類を両手で掻き集めると、サングラスを抑えながら冷静に言葉を放った。

「落ち着いてくださいまし、真澄様。」

「ですから、何度も申し上げた通り、これはマヤちゃんの強い希望でございます。」

「報告の遅れもマヤちゃん自身の意思でございます。」

改めて何もなかったようにクールに応じる水城の態度に真澄はますます腹立たしさが込み上げてきた。

「そんなばかな!だったら何故、あの子はこんな企画を提案したんだ。」

「そんなことをする子ではないと君もよく知っている筈だ。」

「それでも、君はしらをきるのか!」

真澄はさらに感情的になり思いのたけを水城にぶつけた。
彼の身体は怒りに震えその眼差しは真剣そのものだった。

水城はふーっと一息つくと、キっと真澄を睨みつけ極めて慎重に話し始めた。

「そうですね。この際正直にお答えしましょう。真澄様、マヤちゃんにこの話を持ちかけたのは紛れもない私でございます。」

「君がそうさせたのか!!」

「はい、提案したのは私でございます。しかし、大人の女性になりたいと相談してきたのは紛れもない彼女自身でございます。そして、この提案を受け入れたのも彼女自身でございます。」

「なんてことを!」

真澄は一瞬頭の中がパニックになり、気が付くと彼の右手の甲が水城の頬を直撃していた。

ぐっと下唇を噛み、やりきれない気持ちを剥き出しに身体がワナワナ震えている。

水城は、そんな悲しみに打ちひしがれる上司を視線の傍らで捕らえ一瞬怯みそうになったが、それでも心を鬼にして言い放った。

「真澄様、マヤちゃんのお気持ち分かりませんか。」

「胸に手を当ててよくよく考えて下さいまし。」

「これまで真澄様がマヤちゃんにとった数々の言動・・・。どれだけ傷ついたことか。」

「彼女はもう子供ではないのです。立派な大人の女性です。」

そこまで言われて、真澄はハっと気が付いた。
今まで"チビちゃんチビちゃん"と散々からかって子供扱いしてきたこと。
自分の気持ちを悟られまいと、あえて嫌われる言動をとってきたこと。
あの子が傷つくのは当然だ・・・。
だが、そうでもしないと溢れ出る想いで歯止めが利かなくなってしまう、そんな思いに囚われ今までしてきた数々の失態。
それが今仇になって自分に降りかかってくるとは・・・。
・・・なんてことだ・・・。
真澄は、少し冷静さを取り戻し、大きくため息をついた。

「真澄様、やっとお解りになったようですね。」

水城がふっと微笑んだ。

「マヤちゃん言ってましたわ。今回の企画をきっかけに生まれ変わるんだって。」

「真澄様にエスコートされても釣り合うような大人の女性になりたいって。」

「マヤちゃんは、本当は真澄様のことが・・・。」

"えっ? 今なんて・・・。"

"俺に見合う女性になりたいって・・・どういうことだ・・・?"

真澄は耳を疑った。

"あの子は俺のことを嫌ってるんじゃ・・・。"

"そんな・・・ばかな・・・。"

真澄は動揺の色を隠せないまま、全身で問いただすかのように水城に迫った。

「水城君、そ、それはどういうことだ。」

水城は思わずマヤの本心を言いそうになったが、それ以上は本人同士の問題と、言葉をゴクッと飲み込んで話し始めた。

「これ以上は申し上げられません。あとは、ご自分でお考えになってくださいまし。おのずと答えが見つかりますわ。」

それだけ言うと水城は真澄に打たれて落ちたサングラスを拾い荒れた社長室の片付けに入ってしまった。

しばらく静寂が続いた。

"俺は今どうすればいい・・・。"

普段は無駄のない先読みでビジネスを成功させてきた仕事の鬼でも、最愛の女性のことになると一手先も全く読めない。

・・・しかし・・・。

これだけはハッキリしている。
もう時間はない、何時までも迷ってはいられない。
マヤ、君は俺だけのもの。絶対に誰にも渡さない。
君の唇も、その黒髪も、身体も、そして心も・・・。何もかも・・・。
君の全てを俺の腕の中に閉じ込めてしまいたい。
なんとか阻止できないものか。
しかし、収録時間が既に数時間後に迫っている今ではどうすることもできない。
もう絶望的だ・・・。
あきらめるしかないのか・・・。
いや、まだ阻止する方法はある。
きっと何かある筈だ。
もう迷っている暇はない。

そして真澄は、何か閃いてものすごい勢いで社長室を飛び出した。行き先はただ一つ。

「真澄様、どちらへ。」

水城が呼び掛けた。

「決まっている、収録現場だ。」

「しかし、これから会議のご予定が・・・。」

「なんだ、そんなもの。午後の予定はすべてキャンセルだ。」

そうだ、社長という名誉も意地もプライドも、何もかも全て捨てて・・・。
今、最もすべきことは・・・。

マヤをこの手で、奪いに、行く・・・。






真澄は一目散に車に乗り込んだ。
早くなんとかしなければ・・・。
湧き上がる気持ちをどうにか抑え運転に集中しようと邪念を振り払う。
しかし、そんな理性とは裏腹に心に浮かんでくるものは、得体の知れない男にマヤを奪われてしまうという恐怖感と嫉妬心ばかり。
自分以外の男がマヤと口付けを交わす姿を想像し、真澄は頭を掻き毟った。

"えーい、なんてことだ。そんなことさせるものか! ・・・マヤ、お前を愛している。狂おしいほどに・・・。君を誰にも渡さない。たとえそれが演技だろうとも・・・。"

一分でも一秒でもいい、早く現場に着きたい。
しかし、焦る心は裏腹に車はなかなか進まない。
いや、進まないというよりも追い詰められた真澄の心境下では、ちょっとした信号待ちでもイライラするものだ。

"くそっ、こんな時に渋滞だなんて・・・。" と

にかく今は、収録に間に合わせることが先決だ。

―――時間に間に合いさえすれば・・・。―――

真澄の心の中では一筋の希望も見えていた。
それは・・・。

普通、オークションといえば一番多い金額を提示できた者が選ばれる仕組みになっている。
ならば、たとえ惜しみなく金をつぎ込むマヤのマニアと競ったとしても、さすがに大都芸能の社長に敵う者はいないだろう。
とにかく例の収録現場に行って一般人に紛れて参加すれば、ほぼ間違いなく自分が勝ち取れるという計算だ。
収録のキャンセルが出来ない以上、今はそれしか方法はない。
ただ、世間では冷血漢だの朴念仁だの仕事の鬼など色々言われている。
そのイメージを覆すような自らの言動に少々気が引けたが今はそんなこと構っていられない。
最愛のマヤをこの手に納めるために・・・。
恥も外聞も社長としてのプライドも何もかも、全て捨てればいいことだ。
そのくらい、マヤのためならなんでもない。
それに理由なら後でいくらでも並べればいい。
『商品の価値を上げるため』 『番組を盛り上げるため』 
マヤに対しては『あくまでチャリティに参加しただけだ、君のためではない。』
などと言っておけば上手く誤魔化せるだろう・・・。
そう思うと焦っていた心も次第に落ち着いてきた。

そのうち、渋滞も通り過ぎ車はスムーズに流れ出した。
なんとか時間にも間に合いそうだ。
真澄は、安堵の笑みを浮かべると、ふ〜っと大きく息をついた。
間に合ってしまえばこっちのもの、心なしか未来が明るく感じられた。
すると、先ほどの不安は何処へやら、マヤと自分とのキスシーンが思い浮かんできた。

"そういえば、マヤの意識があるときにキスするのは初めてのことだな・・・。"

"いきなり激しい口付けもどうかと思うし、だからと言って軽くチュッとするのもせっかくの機会なのに勿体無い。どうすべきか・・・。"

もう、真澄の心の中は完全に違う方向に進んでいた。
あ〜でもない、こ〜でもない。いや、ここで、こうした方が・・・。
妄想は、ものすごい勢いで膨らんでいった・・・。

と、そのとき。
突然真澄の携帯電話が鳴った。
どうやら聖からのようだ。

"せっかくいいところだったのに、こんなときに何の用だ!"とは思ったが聖の用件をとりあえず聞いてみることにした。

「真澄様、お忙しいところ申し訳ございません。実は・・・北島マヤ様のことですが・・・。」

「マヤ・・・?」

「今、例の番組の収録で大変なことになっています。」

マヤの名前を聞くだけで心臓が飛び上がりそうになるのに、さらに大変なことと聞いて頭の中は真っ白になった。

"マヤに、マヤに一体何が・・・。"

さらに焦りの色が濃くなった。

「なんだ、どうしたんだ。早く言わないか。」

さっきの妄想は一気にしぼんで、今は不安と怖れで心臓が潰れる思いだ。

「はい、実は・・・当初はオークション番組だったそうですが・・・、番組レギュラーの桜小路優さんの提案でさらに変更され・・・。」

「で、一体どうなったんだ。」

聖は少し間をおき、思い切って言葉を発した。

「勝ち抜きクイズ選手権になってしまいました。」

「・・・・・・・・・。」

"何だって???"

言葉が出ない。
一気に血の気が引いてしまった。
顔面蒼白である。

さらに聖が付け加える。

「どうやら別の情報では桜小路優さんが優勝するシナリオを予定としている・・・とか・・・。」

"・・・・・・・・・・・・。"

完全に思考回路がショートしてしまった。
唯一残されていた希望を、ものの見事に打ち砕かれてしまったのだから・・・。

真澄は怒りのあまりハンドルを叩きつけた。
同時にクラクションも鳴らしてしまい、周囲の人が驚いてこちらをまじまじ見ている。
いっても、真澄には何も見えてないのだが・・・。
"くそっ、なんてことだ!"
"よりによって、こんなときに・・・。桜小路のヤツ!なんてことを。"
"許さん!お前はあの"舞"って子と大人しく付き合っていればいいんだ!"
"マヤの相手なんか100万年早いわ!"
"今後、桜小路は減給だ。"
"マヤの半径3メートル以内立ち入り禁止の法律を作ってやる!!"

怒りは最高潮に達したのだった。



マヤの前に立ちはばかる最大のライバルの登場にどうやって立ち向かうのか。
様々な嫉妬と憎悪を胸に真澄は収録現場に乗り込んでいったのだった。


数時間後には本番収録が始まる・・・。



6.25.2003









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