紅に纏わる紫の影 5
written by YOYO
━ 記事 ━




紅天女の初日を観劇した興奮そのままに、デスクが持っていたネタと併せて記事を書き上げ、提出すると、いつも通り「おせーよ。」と言われた。
5回書き直しを要求されて、やっと「やーればできるじゃんョ。」と受け取ってくれた。
水城秘書にFAXして、回答があったのは次の日の朝。
デスクは水城秘書と電話しながら、私に両腕で大きな丸を作って見せた。







紅天女の公演は順調だ。
毎公演、カーテンコールは劇場が割れんばかりの拍手の嵐だし、新聞や雑誌、テレビでも絶賛する論評ばかりだ。
自分が感じて良いと思ったものを表現して、それを喜んでもらえるという感覚。
カーテンコールで割れるような拍手と歓声を一身に受けるということ、その快感は一度覚えてしまったら、二度と止められない強力な麻薬のようなものだ。
ただ、その拍手のためだけに舞台に立っている役者だっているぐらいだもの…。

その日も、ミーティングを終えて毎回必ずある黒沼先生のダメ出しを反芻しながら、本番までの時間を静かに過ごしていた時。
突然、楽屋に彼が入ってきた。
「どうしたの?速水さん…。あれ?今日は来る予定でしたっけ?」
「いや、君に会いたくて。」
もう、また顔が赤くなるっ。どうやら彼は、私の顔色の変化を楽しんでいるフシがある。
今だって、絶対赤くさせたい為だけに言ったんだ…。
「忙しいくせに…。」
本当は、会いに来てくれて嬉しいのに、私も素直じゃない。
先日の彼の言葉通り本当にいつも以上に忙しくなったようで、会えたのは舞台初日以来だ。
そんな私の言葉は、軽くいなして一冊の雑誌を差し出した。
「これ…?」
「ああ、君の記事が載っている。正確に言えば君と俺の記事。明日発売だ。」
「速水さんが許可した記事なんでしょう。心配なんかしてないですよ。」
「そうだな、まあ悪くはないよ。嘘は書かれていない…。ただ、だからこそ…ちょっとした騒ぎになるかもしれんな。」と笑った。


『紅天女・北島マヤ!!紫の薔薇の人との真実の愛!』

「東京の大都劇場で上演中の話題の舞台『紅天女』に主演し、輝くばかりの光を放つ女優・北島マヤ(22)。彼女が現在こうして日本を代表する女優として活躍しているのは、ひとえに彼女の才能に因るものではあるが、その才能を長い間影で支え続けた『紫の薔薇の人』と呼ばれる、足長おじさん的存在を抜きに語ることはできない。
足長おじさんなどと、そんな物語のような話が今時あり得るのか?という疑問をお持ちの方も、最後までお付き合い願いたい。

北島マヤがまだ14歳の頃、当時所属していた劇団つきかげ「若草物語」で初舞台に立った時。その人物は北島の光る演技に魅了され紫の薔薇の花束を匿名で贈った。北島はそれに添えられたカードの『あなたのファンより』という言葉に『初めて自分にファンができた』といたく感動し、その人物を紫の薔薇の人と呼んだという。
以後、その人物は北島が立つあらゆる舞台を必ず一度は観劇し、紫の薔薇を贈り、励まし続けた。北島もまた、紫の薔薇の人に応えたいと、どんな舞台も全身全霊で望んだ。それだけだったら、ただの女優と匿名のファン…ということになるのかも知れない。
紫の薔薇の人が足長おじさんたる所以は、経済的にも多大な援助していたことが挙げられる。幼い時に父を亡くし母とも離れて暮らす彼女が、高校を無事卒業できたのは紫の薔薇の人の全面的な経済的援助のおかげである。また、彼女が出演するはずの倒れかけた劇場をわずか数日で新築同様に建て直したこともある。
北島は、何処の誰とも知れない、女性なのか男性なのかも分からない紫の薔薇の人の支えに、ただの感謝だけでは足りない、自分が応えられるものそれは、彼女の自らの夢でもあった『紅天女』を演じられる女優になることだけだと信じて、ここまで来たのだ。
正体を明かさず、7年もの間ただ彼女が女優として花開いていくのを、見守り続けた人。
紫の薔薇の人とはいったい誰なのか。
北島マヤが紫の薔薇の人に恋をしているという噂がある。
彼女はその正体を知っているのか否か。
これは、かなり興味をそそるネタであり、本誌は早速取材を開始した。
そして、とうとう本誌は、その謎の人が誰なのか掴んだ。
これは、関係者や背後関係を綿密に取材した結果であり、その内容は詳しく明かせないものばかりではあるが、紫の薔薇の人は、北島マヤとの不仲が業界でも常識となっていた、大都芸能社社長の速水真澄氏(33)であると断言する。
そして、その二人の間にあるものは、真実の愛だけ…というもの併せて断言したい。

北島と速水氏の確執の歴史は長い。それこそ、北島が初舞台を踏んだ頃からである。
『紅天女』の上演権を狙う速水氏と、上演権を当時握っていた往年の女優・故月影千草の愛弟子である北島は事あるごとに対立していた。一時彼女が大都芸能に所属した時は、彼女の母を速水氏が監禁し母の死に目に会えなかったという、耐え難い事実が明るみに出て彼女の方から契約を破棄している。その後も、速水氏は彼女を罵倒し、彼女もそれに負けじと業界内では誰も逆らうものなどいない速水氏に「死んじゃえっ!!」などと平気で暴言を吐いてきた。
そんな速水氏が、なぜ、北島マヤに紫の薔薇を贈り続け、女優として女性としての成長を影ながら見守ったのか…、それは、ここに愛があったからと言わざるを得ない。
大都芸能の仕事の鬼とも言われる彼が、女優としての彼女に商品価値を見いだしたから…という説明も十分成り立とう。だが、速水氏は鷹通グループ会長の孫娘と、言うなれば政略結婚の予定であったが、先日、真実の愛を貫くために婚約を解消した。これこそ、そこに愛があるという証拠に他ならない。ただの仕事の鬼であれば、当然選ぶべきは鷹通であろうが、実際に彼が選んだのは、少女の頃から見守り続け、今、女優として花開き、大人の女性に成長した北島マヤだったのだ。
一方北島が、いつ彼が紫の薔薇の人だと気が付いたかは未だ明らかではない。本人が語るのを待つのみだ。だが、社長としての速水氏の取る北島にとっては不本意な行動が、実は自分の成功のために必要なものばかりであったこと、そして紫の薔薇の人が実は速水氏だったことに気付き、自分を本当の意味で支えて見守ってくれていたのは彼だったと実感したのではないだろうか。
お互いの間に暗い過去のある二人ではあるが、愛が生まれるのは至極当然の成り行きといえる。

あの『紅天女』の舞台を機会があったらぜひ見てほしい。
業界に浸透している不仲説など、まったく有り得ないことが身をもって感じられる。
本誌記者は初日の舞台を観劇した。彼女は、紫の薔薇の人に用意された席に座った速水氏に全身で愛を語っており、その北島マヤ扮する紅天女の愛溢れる空間にただただ圧倒されたことを正直に暴露しよう。
あの舞台を観てしまったら、北島マヤと速水氏の真実の愛に疑問を呈することなど全く無意味に思える。舞台と日常は違うだろうという突っ込みも、もちろんあろうとは思うが、そう思わせないところが彼女の凄いところかもしれない。
過去を乗り越え愛を育ませている二人を、本誌はこれからも追っていきたい。
北島も速水氏も今のところ「ノーコメント」を通しているが、本誌記者が激写したこの写真をご覧いただければ、読者の皆様には納得していただけるだろうか。」


掲載されていた写真は、初日の舞台がはねた後、劇場の駐車場で彼の車に乗り込もうとしている私とドアを開けながら軽くキスしている彼の姿だった。
「速水さん…。この写真…うわっ、恥ずかしい…。…気が付いてました?」
「…うかつだったな。」と苦笑いを洩らした。


雑誌が発売されると案の定、結構な騒ぎになった。
他の雑誌やテレビのワイドショーも追随してこの話を取り上げていた。
彼が離婚解消直後ということもあり、話題はしばらくの間続いた。
だけど、概ね反応は好意的なものばかりだった。
その背後には、双方の痛手を最小限にするための鷹通と大都の力もあったのかもしれないし、紅天女の舞台の反応が素晴らしかったのに呼応したようにも思う。
この騒ぎの中で、周囲の人は私がまた演じられなくなることを案じていたみたいだけど、私は紅天女になり続けた。

身近な人の反応は様々だった。
黒沼先生は私の頭をくしゃくしゃにしながら「よかったなぁ、おい、よかったなぁ!」と言ってくれた。
桜小路君は、やや青い顔をしながら
「マヤちゃん…。紫の薔薇の人って…速水社長だったんだ…。そっか…。そうなんだ…。」と呟き、その日の一真はいつもよりちょっと切なげで、黒沼先生から「やりすぎだよ」と言われていた。
「大丈夫かい?あんなすごい人と恋人だなんて…。でも…、あんたが笑顔で嬉しいよ。」と麗は泣いてくれた。
マネージャーの田丸さんは、
「実はね、私があなたのマネージャーやるって決まったとき、水城さんから呼ばれたのよ。その時言われたの。もし、あなたの身に何かあったら、私の上司に報告する前にまず水城さんに連絡するようにって。あなたは、ちょっと特別だから、これは社長命令だからって。ちょっと変だなあとは思ったんだけど、紅天女を演じられる唯一の女優だからかなぁなんて。だけど、こういう理由だったのねえ〜。そっか、そっかぁ。まあ確かに社長のあなたに対する態度は、明らかに他のタレントとは違っていたものねえ…」と感慨深げに言っていた。
それから、水城さんの話はとても興味深かった。
「本当に良かったわ…。収まるところに収まって。マヤちゃん知らないと思うけど、ほんっとに、ほんっとにお気の毒だったのよ〜、社長がお悩みになっているお姿(白目だったし青筋立ってたし)。私もなんだか、ほっとしたわ。
だけど、ここだけの話…。真澄様、か〜な〜り〜嫉妬深いわよ。
マヤちゃん、一生浮気できないわ。それこそ本気で相手を殺しかねないわよ。」とカラカラ笑った。
私の知らない彼の姿を教えられちょっと驚いていると、タイミング良く彼が楽屋に入ってきた。
私と水城さんが顔を見合わせて、噴き出した。
「なんだ、水城君…?君、何か余計な話をしたんじゃないだろうな…。」
「いえ、わたくしは別段なにも…。さ、そろそろ失礼いたしますわ。」と笑顔で楽屋を出て行った。
「彼女…何か言っていたのか?」さらに私に尋ねる彼に、
「大丈夫よ。私、浮気なんてしないから。」と、いつものお返しとばかりに余裕の笑顔で言ったら、彼は言葉に詰まって、
「余計なことを…」と恨めしそうに廊下を睨んだ。
それから、二人で笑って、自然に抱きしめ合い、優しいキスを…した。
あの記事のおかげで、女として女優として自分が立っている場所を改めて確認した気がする。
私は女優として生きていく。
私は彼を愛している。
私は、私の足で歩いていく。
そして隣には同じ方向に同じ早さで歩いている彼がいる。
この先何があっても、これだけは変わらない。
どんなことがあっても、乗り越えていける。二人で。
愛される悦び、愛する悦び。
今、私と彼は感じている。






自分の書いた記事を改めて読んでみる。
うん、なかなか…。
それにこの写真。やったよね〜。
社用車使わずに自分の車で来た辺り…もしかしたらと思って、駐車場で張っていた甲斐があったよ。こーんなラブラブな絵が撮れちゃったんだから…。
ふっふっふ…。大スクープだわ。
初日の後、経理の花音ちゃんに、
「杏子ちゃん、ねえ、どうだった?初日観たんでしょう?」と聞かれた。
「うん。想像以上の舞台だったよ。舞台裏も、なかなか想像以上だったけど。」
「えぇ?舞台裏って?ちょっと教えてよぅ!」
「ふふ…今週発売の週刊女性エイトを震えてお待ちくださいまっせ〜♪」
と、もったいぶって答えたら…、けちっ!と一喝された。
それにしても…、こんなに充実感のある仕事をしたのは初めてだった。
うわべだけの話題を書くのではない。
初めて遭遇したような気がする…。真実の愛ってものに。
知れば知るほど、まだ知らない二人のことをもっと見たくなった。
記事を書いているとき、改めて読んだとき、とても幸せな気持ちになれた。
どんな人にも背負っている過去があって、現在があって、未来がある。
それを私は人に伝えていく仕事がしたい。
読んで幸せになれる記事を書きたい。
なんだか、これから前向きに仕事できそうな気がする。
迷っても、また二人のことを思い出して、元気になれそうな気がする。


ただ、私には疑問がある…。
デスク…どうして紫の薔薇の人を探るのに速水氏に注目したんだろう…。
あんなに業界内では不仲が常識だったのに。
「フフン、まあな。情報収集のアンテナは常に広範囲に広げておかなくちゃなんないんだよ。北島マヤが舞台を始めた時から、ある意味見守っていて、金に余裕のある人間なんて、よくよく考えりゃ、速水しかいないんだよ。…しかも、俺はとっておきのネタ元がある。」
「え…??とっておき?」
「実は俺のばあちゃんちな…、薔薇作ってる農家でな。紫色の薔薇もまあ結構作ってるんだ。で、そこにな、時々直接買いに来る背の高い若い謎の男がいるってわけよ…。そいつは速水本人じゃないんだが、そっからたどっていきゃ自然とな…。ただ、そいつがいまだに何処の誰なのかは、これまた謎なんだがな。」とニヤニヤしながら得意気に話した。

それから、私にはもう一つ疑問がある…。
デスク…、初日のあんなに良い席どうやってゲットしたの…?
業界内で出回ったチケットをあの手この手で手に入れたんだろうな…とは想像つくけど。
どうしてそこまで…?
それにあの終演後の発言…。「やっぱ、すげーなぁ」って、「やっぱ」ってなに?
素朴な疑問を直接本人に聞いてみることにした。
「デスクって…、何回目だったんですか?紅天女観たの。絶対初めてじゃないですよね。はっきり言って、かなりの北島マヤファンなんじゃないですかぁ?」
いつもは、座ったまま視線だけくれて話するくせに、この時ばかりは慌てて立ち上がると
「なっ!何言ってんだっ!お前なぁ、俺がそんな不純な動機で調べたと思ってんのか?北島マヤの恋人!艶が出てきたってのはテレビの収録をたまたま局行ったときに見て感じたんだよ。べつにスケジュール調べてまで行った訳じゃねーよっ!それに、舞台は仕事だから今までだって何度か観てたんだよっ!」と、洗いざらい白状した。
「何見てんだよっ、仕事しろよっ!」
「はぁ〜いっ♪いってきまーすっ。」
私は、デスクの弱点をしっかり握り、笑顔で次の取材先に出かけた。




4.18.2003



<Fin>










□YOYOさんより□
芸能記者の人がなんで紫の薔薇の人のことを 一切記事にしないんだろう…という素朴な疑問がもともとありまして、 記者から見た二人を書いてみようかな…という思いつきで 書き始めました。実はマヤの独白を入れるつもりも最初はなくて ラストへの持って行き方も全く考えないで書き始めたのですが、 いつのまにかこんなお話になりました。
今の自分の気持ちとか、かなり投影されているような気がします。
文を書くって、すごく自分を表現することなんだなーと 改めて感じてしまいました。
最後まで駄文に付き合ってくださった方には感謝の気持ちでいっぱいです。





□杏子より□
第一話だけを随分前に送って頂いたときは、またまた杏子を使って頂いてしまい、もう『生まれてスミマセン』と恐縮してしまっていたのですが、第二話以降はがらりと様相を変え、
『え?え?え?これって、完結編?』
と、一気に引き込まれてしまいました。
真澄さまのこの台詞、
『俺は欲しいと思ったものは必ず手に入れる。プライオリティの高いものから 順に、着実に手に入れるんだ』
に撃沈した杏子でした。
YOYOさん、長編大作、お疲れ様でしたっ!!





top