| 素肌の涙 2
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written by kineko |
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紫織はマヤの手にある薔薇を一瞥し、 「お茶でもご一緒いたしませんこと?」 と、言った。 何の意図でそう言うのか真意を測りかねて、マヤは率直に訊いてみることにした。 「あの。なんのご用事でしょう。あたし、この後仕事があるんです。」 その人はちらりとマヤを見て、 「真澄さまにお逢いになるの?」 あきらかに侮蔑の響きで話し続ける。 「この私でも逢ってくださらない程、お忙しいのですよ。それがあなたなどが会えるとお思いになって?」 「・・・・・・・・あの、あたし、速水さんには全然会っていません。お話も直接することも、ないですから・・・・」 つとめて平静を装い、そう答えた。 速水さんの名前が出るだけでこんなにドキドキしてしまうのに、直接会ったり、話なんてしたら、周りの誰が見てもわかってしまう。 それほどにマヤの中でその感情は育っていた。 「本当に仕事に向かっていたんです。あの、降ろしてくれませんか?」 彼の近くに連れて行かれて詰問しかねないその人に、必死で頼みこんだ。 「遅れると皆に迷惑掛けてしまいます。お願いです。」 「・・・・・・どちらまで?送って差し上げますわ。」 半分納得しかねている表情でその人は訊いた。 麗のトコに寄っている時間は無くなってしまった。降ろしてもらえそうにもないので、仕方なく仕事先の場所を告げた。 車内は重い空気が漂いマヤは息苦しさを感じていた。近くで見るその人は、上品は服を身に纏い、ひとつひとつの動作が優雅だった。 こういう人こそ、あの人に相応しいんだわと、改めて思った。 目的地に着き、車を降りようとしたとき、聞かせるともなく、その人は言った。 「ただの羽休めですわ。ただの止まり木などより、巣の方がいいに決まっていますわ。」 車が走り去り、ふぅっと息をはき、マヤは呟いた。 「止まり木にもなれません。ただの雑草です。」 もう一度、息を吐き、ぎゅっと薔薇を握り、 「さぁ、お仕事お仕事!」 そう言い、きゅっと口元を引き締め、歩き出す顔は”北島 マヤ”になっていた。 ![]() 「マヤちゃん、ごめん。仕事、向こうの都合でキャンセルになったのよ。」 「えっ・・・そう、ですか。で、この後のスケジュールは?」 パラパラっと手帳をめくり、ちょっと考えてから、 「マヤちゃんさえよければ、この後の仕事、都合つけるから、今日はオフにしない?」 唐突な提案にマヤは、きょとんとしている。 「ずっと休み、取っていなかったんでしょ。一日、ううん半日だけ、だけど休みなさいよ。ね。」 マヤは俯き、親指の爪を噛み、少し考えてこう言った。 「・・・・・・・できればお仕事、したいんですけど・・・・・」 一人でいる時間は、ただの”マヤ”でいる時間はできるだけ作りたくなかった。 杏子さんはふ〜っと息を吐き、仕事の口調でこう言う。 「あのね、本当はもうお休みになっているの。水城さんからの指示でね。 あまりにも過密スケジュールすぎるって、社長から通達があったらしいわ。」 どきんと心臓が鳴る。冷静に答えようとするが、声が震えるのがわかった。 「は、速水社長の命令ですね。それでは聞かないわけにはいきませんね。」 「じゃあ、お休み取ってくれるのね。どこか行きたい所があるんだったら、車で送るけど、どうする?」 半日のオフで行きたいとこなんて、すぐに思いつかなかった。麗はもう稽古に入ってる時間だし、桜小路くんは海外に演劇の勉強旅行中だし・・・・・ 「あの、ぶらぶらしながら、電車で帰ります。そうしてもいいですか?」 にっこりと微笑み杏子さんはOKしてくれた。 お辞儀をし、帰ろうとするあたしに杏子さんは言った。 「ちゃんと、帰るのよ。明日からまたお仕事いっぱぁいあるからね。」 笑って手を振り、心の中で返事してみる。 (小さい子じゃないのよ、あたし。) ちょこっとふくれて、歩き出した。 ふと、足が止まり、見上げた空は青く澄んでいた。 「さぁて、帰ろうかな。」 したいことが見つからないマヤは、おとなしく、家に帰る事にした。 ![]() pruuuuuu pruuuuuu 「はい?」 『・・・・・あのぉ杏子さん・・・・・・・』 「あっマヤちゃん、どうしたのこんな時間に。」 もうすぐ日付が変わろうとする時間だった。マヤは半分、涙声でこう続けた。 『あのぉ、明日、スケジュール、オフにできませんか?』 初めは、マヤが冗談を言っているのかと思った、が、こう続けるマヤに本気だとわかった。 『出来たら、しばらくオフにして欲しいんですけど・・・・・』 「ちょっちょっと待って、どうしたの、いきなり。今、家にいるの?今から行くから待ってて。」 『いえ、杏子さん、家じゃないです。その・・・』 そういって、今日、杏子さんと別れてからの事を話だした。 「電車で眠り込んで、終着駅まで行って、そのまま車庫の電車の中で眠っているところを今さっき起こされた、までは、わかったわ。で、どうして、オフにしたいの?まぁ今まで休んでいなかったから、2,3日ぐらいなら、何とかなるかもしれないけど・・・・」 『ちょっと色々疲れちゃったかなって。あの無理ですよね。明日、なるべく早く帰るようにします。ごめんなさい。スケジュールの調整、お願いします。』 そういって電話を切ろうとするマヤに杏子さんは言う。 「マヤちゃん、仕事、少し減らそうよ。ね、大丈夫、杏子さんに任せなさい。」 そういってくれる杏子さんに、マヤはありがとうを言い、冗談めかしてこう続けた。 『ここ、星が綺麗にみえるんですよ。こんなところに住みたいな・・・』 「・・・・・・・マヤちゃん、そこに住む?」 真剣な口調でそういう杏子さんに、本気と取られたと思ったマヤは慌てて言った。 『えっ?やだ、杏子さん冗談ですよ。』 「あのね、仕事、少しセーブしたら、出来ない事ないかも・・・・しばらくそうしてみる?」 『いいんですか?』 瓢箪から駒、である。ダメ元で言ってみるものである。マヤは一段と明るい声でお礼を言った。 『あの・・・・速水社長には内緒にしてもらえますか?』 「どうして?きちんと報告しておかないといけないでしょ?」 『無理は承知です。なにか、問題が起きた時は、あたしが全部責任、取ります!』 真剣に訴えるマヤの声に杏子さんは”イエス”と答えるしかなかった。 「じゃあ、大都芸能、首になったら、マヤちゃんに養ってもらうからね。」 そういって笑ってくれた。 『大丈夫、です。多分。あの、がんばりますから。』 そう言って電話を切った。 満天の星がマヤの頭上で煌いていた。 ![]() 次の日、杏子さんがマヤの元に朝一で駆けつけた。開口一番、叱られるかと、びくびくしていたマヤだった。 「さてっと。」 「ごめんなさい!!」 深々と頭を下げてマヤは先に謝った。ちらっと見上げた杏子さんは怒っている様子も無く、にこりと微笑んでいた。 とんとんとマヤの肩を叩き、 「さあ行くわよ!」 と、歩きだした。 「何処へ行くんですか?」 遅れないように後をついて行きながら尋ねた。 「まずは、住むところ、ね。一時住まいになると思うから、小さな部屋の方がいいかしらね。」 「はい。そのほうが、あたしに合っています。今、住んでいる所、広すぎて・・・・・落ち着かないんです。」 「それで、逃げ出したくなったの?」 突然、立ち止まり、そう訊く杏子さんに、ぶんぶんと手を振り、 「違いますよ。・・・・ただ、”北島 マヤ”を演っているのに少し疲れたかなって。 星空眺めてて、こんなとこで、何にも考えないで過ごせたらなって、思っちゃったんです。」 何にも考えたくなかったっていうのは本当の気持ちだった。 あの人たちのいる都会から、逃げたくなったというのも本当だった。 「ふぅん。まっいいわ。あっこれからのお仕事だけど、しばらくここから通う事にするんでしょ?」 「ええ、できれば。無理なら、何日か、こっちで休ませてもらえるだけでもいいんですけど・・・」 「杏子さんに任せておきなさい。なんとか、してみるわ。」 頼もしい言葉に、改めてお願いします、とマヤは頭を下げた。 杏子さんは手早く住むところを決め、最低限の家財道具を揃え、部屋に入り、 テキパキと、住めるように整えていった。 その様子をマヤはただ眺めているだけだった。 「とりあえず、これでしばらくはココで生活出来るかな。」 パンパンと手を払いそういった杏子さんに 「やっぱり、杏子さん、すごい。あたし一人だったら、こんなに早く出来ないもの。」 「そんなこといってて大丈夫?やっぱり帰る?」 ブンブンと頭を振り、 「大丈夫です!一人で!」 決意するかの様にそう、言い切った。 「じゃあ、新しい生活のお祝い。明日から1週間は完全オフ、よ。」 杏子さんはそういってウィンクした。 「えっ?」 「本当は1ヶ月と言いたいんだけど、完全オフはこれが限界。来週からは、ここから仕事場に通うことになるけど・・・・・・出来る?」 「はい!ありがと杏子さん!」 マヤは思わず抱きついてしまった。 「さてっと。私、これで帰るけど、なんかあったら必ず、電話頂戴ね。 あと、これ持っていてね。」 そういって携帯電話をマヤに手渡された。 「マヤちゃん、使い方わかる?」 「えっと・・・・・たぶん。」 不安げなマヤに杏子さんは簡単な使い方を教えてくれた。 「このメモリーに私と、水城さんと麗さんと速水社長の番号が入っているから。他に入れたいところがあったら教えてくれる?」 速水さんの名前が出て、ドキっとしてしまった。動揺が読み取られないように冷静に訊いた。 「どうして、速水社長の番号まで入ってるんですか?」 「消しておく?」 そう訊かれ、慌ててマヤは首を振った。 「いえ、いいです!あっ手間かけるといけないから、このままでいいです!」 顔が赤くなっていく気がした。杏子さんは特に不審がる様子もなく、 「じゃあ、これ一応、取り扱い説明書。読まないとは思うけど。メールも出来るから、暇な時にでも送ってみてね。」 と、言い、本を手渡した。マヤが開いて見ると、文字がびっしり、だった。 台本なら読めるのにと、思いながら開いた本をパンっと閉じてしまった。 「後で、ゆっくり読みます。 無理を言ってすみませんでした。本当にありがとうございます、杏子さん。」 そういって杏子に頭を下げた。 「いいのよ、お礼なんて、今までがんばってきたんだもの、ちょっと位休んでも罰はあたらないわ。そのかわり、このオフ後は体キツクなるかもよ。ダメだったら無理しないで、ちゃんと言ってね。約束よ。」 念を押して、杏子さんは帰っていった。 ドアを閉めて振り返る。小さなテーブルと、小さな冷蔵庫と、小さな箪笥それにお布団。 「うん、この方が”あたしの部屋”らしいわ。」 その独り言と同時に、お腹がぐぅぅ〜と鳴った。 「とりあえず、食欲があるってのもあたしらしい、かな?」 スッピンに飾り気のない服、サンダル履きで外にでた。 高いビルが立ち並ぶ都会ではなく、かといって、何にもない田舎でもない。ほどほどの街である。 お天気も良かったので、街の中をあちこち見て廻ってみた。 コンビニでパンを買い、近くにあった公園のブランコに座り食べた。 道路を挟んだ向かいに花屋が見えた。薔薇はあるかしら?などと思いながら覗いてみた。店員の女性と目が合い、いらっしゃいませと声を掛けられ、 「薔薇を、あの紫の薔薇、ありますか?」 と尋ねた。 「すみません、ピンクや赤、黄、白、オレンジならあるんですが・・・」 申し訳なさそうにそう云われ、つい、ピンク下さいと言ってしまった。 (そういえば、部屋に薔薇置いたままだったなぁ。帰る頃には枯れちゃってるかな?) そう考えると少し寂しくなった。 杏子さんに送ってもらおうかな?でも、色々聞かれても困るし、あッ・・・さりげなく言えば大丈夫かな?でも・・・・ 一人で百面相しているマヤに店員さんが声を掛ける。 「あのぉ、他の花がよかったでしょうか?」 はっと気がつき、真っ赤な顔で 「いえっこれでいいです!お幾らですか!」 お金を手渡し急いで店を出た。 「恥ずかしい〜やっちゃったよぉ。」 頬に手を当てながら、トコトコと歩いて行った。どこからか小さい子供の声の騒ぐ声が聞こえてきた。ふと見ると路地を1本入ったところに保育園があった。 「マサく〜ん、お外にでて行かないでねぇ。あっミサちゃん、ここにいてね!」 保育士さんの注意する声も聞かずに、男の子がたたたっと外へと出て行こうとしていた。マヤは思わずその子の目の前に薔薇を差し出し、注意を引き、 「こんにちは、マサくん。先生が呼んでいるよ。」 そう言いながら、座り込み、視線の高さを子供に合わせた。 「おねぇちゃん、誰?」 「えっと・・・・・」 クリクリっとしたつぶらな瞳に見つめられマヤは返答に困っていた。 「えっとねぇ、おねぇちゃんは・・・」 どういおうか、考えあぐねていると保育士さんが子供を連れ戻しに出てきた。 「すみませんね。さっマサくん中に入ろうね。」 「あのッお手伝いさせていただけませんか?」 突然の申し出に、保育士さんはちょっと考え、 「じゃあすみませんが、少し、私と一緒に子供達を見ていただけるかしら。今日は、休んでいる先生がいて、子供達に目が行き届かなくて困っていたの。」 そう言って、年配のその女性はにっこりと微笑み、 「あなた、子供好きそうだし、子供にも好かれそうだし、お願いしますよ。」 突然のマヤの申し出に快く承諾してくれた。 「私は園長の小林といいます。あなた、お名前は?」 「きっ・・・・あの・・・・速水といいます。よろしくお願いします。」 そう言って頭を下げた。 北島マヤと名乗るのは憚られた。偽名を使おうと思い、つい口にでた名は ”速水”だった。 「じゃあ速水さん、よろしくね。さぁこっちに来てね。」 ”速水さん”と呼ばれ、こそばゆいカンジがした。 5.5.2003 ![]() |
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