| ツキノヒカリ2
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| written by miko
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翌日、マヤのところに水城から連絡が入った。 「マヤちゃん、今日時間あるかしら?」 珍しく、歯切れの悪い水城の声にマヤは首をかしげる。 「今日は黒沼先生、午前中に上がるって言ってましたから、午後なら大丈夫だと思いますけど…。 どうかしたんですか?水城さん。」 紅天女の本公演に先駆けて、テレビ局やマスコミ各社が最後の舞台稽古を取材に来るのが2日後。 その打ち合わせは明日の予定になっていた。 「ちょっと、社のほうが大変なものだから…。明日はいつ時間が取れるかわからなくなりそうなの。だから今日時間のあるときに打ち合わせを、と思って。」 大都芸能が大変?いったいどうしたのだろう。 「今日の…そうね、4時に、社のほうまで来てくれるかしら。」 大都芸能に行かなければならない…。真澄と顔を合わせることになるのだろうか。 でも、仕方ない。私は大都芸能所属の女優。打ち合わせのためには出向くのも仕方ない。 何とか自分を納得させ、水城の申し出にマヤは「はい」と返事をした。 マヤが大都芸能を訪れると、社内は騒然とした様子が感じられた。 いつもは忙しいながらも、どこか明るい、活気のある雰囲気なのに…と思いながら、受付で水城に連絡を入れてもらう。 水城に連絡を入れた受付嬢が、はい、はい、と受け答え。インターフォンを戻すと、 「水城さんが秘書室までおいでください、とのことです。」そう告げた。 …いやだなあ。だって秘書室の隣は社長室。いつ速水さんと顔を合わせるかわからないのに。 エレベーターの中でそんなことを考えながら、最上階に上がっていくと、騒然とした雰囲気はここが大元だったのか、と言いたくなるように殺伐としている。 “一体、何があったのかしら?” 首をかしげながら、秘書室へと足を向ける。 コン、コン、とノックをして、ドアを開けた瞬間、 「社長の検査の結果、まだわからないのか?スケジュールの調整、早めにしないといけないんだが…。」という秘書室長の声がマヤの耳に飛び込んできた。 え、速水さんが、検査? マヤは自分の耳がおかしいのかと思った。まさか、検査なんて。 頭の中で「ケンサ」という音がぐるぐると回っている。 茫然と立ち尽くしているマヤに水城が気付く。 「ごめんなさい、マヤちゃん。呼び出したりして…。」 はっと我に返り、水城に目を向ける。心なしか疲れた表情だ。 「いいえ、大丈夫です。それより、水城さん、速水さん検査って…。」 水城は、ちら、と忙しく立ち働く秘書たちに視線を送り、 「その話はあっちでしましょうか。」と社長室にマヤを招きいれた。 真澄の居ない社長室はガラン、としていた。 主の居ない部屋と言うものはこれほどまでに生命感がなくなるものか、とマヤは思う。 革張りのソファに腰掛けると、水城が紅茶を持ってきてくれる。 「すみません、お忙しいのに。」 「それはこちらが言うことよ。本来なら外でお話するのがマヤちゃんとの約束だから。」 真澄と最後に一緒に歩いた夜以来、マヤはこの部屋に足を踏み入れていない。 水城から最初に連絡をもらったときにお願いした。 “できれば、社の外で打ち合わせはしたいんですけど。” マヤの苦しい胸の内を感じ取る水城に、その願いを断ることはできなかった。 「ごめんなさいね。社長が昨日の夜、急に入院したものだから…。」 さっきのは聞き違いではなかったのだ。検査…入院…。一体どこが? そう思っていると水城が言葉を続ける。 「じゃ、あさっての打ち合わせをしてしまいましょうか。」 打ち合わせのレジュメを渡して説明をしようとすると、マヤは心ここにあらずと言った状態でぼんやりしていた。 「マヤちゃん?」 「あ、は、はい。ごめんなさい。ボーっとしていて…。」 そんなマヤに水城は何か言いたげな瞳を投げかける。 「み、水城さん?」今度はマヤが問い掛ける番だった。 「マヤちゃん、気になるんでしょう?社長のこと。」 図星を指され、マヤは真っ赤になる。それでも口はその気持ちを必死で否定する。 「そ、そんなことありません。大丈夫です。打ち合わせ、始めてください。」 「…いいの?聞かなくて?」 「…紅天女の公演には関係ありませんから。」 マヤが強がっているのは水城には痛いほど分かっていた。 でも、自分には2人をつなぐすべも、何もない。 ふう、と溜息をつくと、 「じゃ、1枚目を見て」と説明を始めた。 打ち合わせが終わると、水城は「送ってあげられなくてごめんなさいね。」と言って、エレベーターホールまで見送ってくれた。 チン、とベルがなり、ドアがすうっと開く。 「じゃあ、マヤちゃん、しっかり頑張ってね。」そう言うと、水城はエレベーターの扉の向こうに消えていった。 加速度を増してエレベーターは落下していく。まるで自分の心みたいだ。マヤは思う。 速水さんが入院したって聞いただけで、どんどんどんどん心は重くなっていく。 聞いちゃいけないと思った。聞くべきではないとも思った。 だって、あたしはあの人にとってただの商品だから。 でも。 本当は心配でたまらないくせに。何やってんだろう。あたし。 2人のマヤが心の中で交互に自分の言葉を叫んでいく。 どちらも、あたし。でも、どちらも本心を語ってない。 この半年間、必死に努力してきたことは何だったのだろう? 諦めるために、必死に耐えてきたことは? チン、という音が鳴り、エレベーターのドアが開く。 会議が終わったらしい、背広姿の男性が乗り込んでくる。 2人はマヤにお構いなし、という様子で世間話を始めた。 「社長、どうやら胃潰瘍らしいぞ。」 「あの、仕事の鬼があ?もうすぐ結婚も控えてるって言うのに。」 どきっとした。 「胃潰瘍っていうのはさあ、なんかストレスを抱えてるときになるっていうじゃないか。」 「ああ。大体神経が細い奴がなることが多いって聞くな。」 「あの社長にもストレスになるようなことがあったのかねえ。」 ストレス…速水さん、悩みでもあったのかしら。それにしても胃潰瘍だなんて…。 「ここ半年ぐらい、前にもまして殺人的な仕事のこなし方だったからな、社長は。」 「ああ。結婚式も間近だって言うのに、どんなに早くても、10時過ぎだったって言うぜ。仕事から上がるの。土日も仕事してたっていうし。」 「新婚旅行のためじゃないのかあ。」 「いや…どうなんだろうな。なんかとにかく最近の社長は疲れてたからな。顔色も悪かったし。」 ぐるぐると男たちの言葉がマヤの頭の中を回る。 ここ半年?土日もずっと仕事? なんで?紫織さんと結婚するためなら、もっと嬉しそうにしてていいじゃない。 速水さんにとって働くことは苦しいことじゃないはず。いつでも人並み以上に仕事してたもの。 なんで?何がそんなに速水さんを苦しめたの? チン、とベルが鳴り、1階に着く。 周りの人々に押し流されるようにマヤはエレベーターの外へ出る。 ふと、振り返り、エレベーターの階の表示を見上げる。 マヤは力強い瞳で、上昇のボタンを押した。 ![]() コンコン。 秘書室のドアがノックされる。 はい、と一人の秘書がその音に気付き、ドアを開けると、そこにはさっき帰ったばかりの北島マヤが立っていた。 「水城さん、いますか。」 自分を呼ぶ声に水城が振り返る。 マヤを見ると一瞬、驚いた表情になったが、すぐに全てを察したのか、 「マヤちゃん、こちらで話しましょ。」 と再び、社長室のドアを開けた。 マヤはこくり、と頷き、水城の後について行った。 「さっきはごめんなさい。あたし、素直じゃなかった。」 俯いてそういうマヤに水城はふと微笑み、優しく声をかける。 「大丈夫よ。マヤちゃんがどういう気持ちで居るかは、少しはわかってるつもりだから。」 マヤは大きな目を見開いて、水城を見上げた。ふと一筋、涙がこぼれた。 「ほらほら、泣いてちゃ話できないでしょ。」そう言うと、水城は自分のハンカチをマヤに差し出す。爽やかな香りがマヤの手元に広がる。 水城はマヤが高校生のころにマネージャーをしてくれていたこともある。 いろいろと相談にも乗ってくれた頼りになる存在だ。 きっと自分の質問にもきちんと、誠実に答えてくれるに違いない。 マヤはそう思うと、涙を拭き、思い切って切り出した。 「水城さん、速水さん、胃潰瘍ってホントですか?」 多分、社の中で漏れ聞いたのだろうことを水城は察する。 「…本当よ。以前から顔色が悪いのは私も気付いてたわ。 だから早くお帰りください、ってお願いしてたんだけど、全然聞き入れてくださらなくて。 昨日の夕方、胃が痛いから薬を持ってきてくれって言われたの。 それですぐ準備して社長室に行ったら、真澄様、口を押さえて、ソファに倒れこんでいて…。 口からは血が…。」 「なんで、そんなに悪くなるまで…。」 マヤの目からはじわっと温かいものがあふれてくる。 「大分ムリしてたのは事実。日付が変わるまで社に居る事なんてざらだったわ。特に、この半年は土日もないくらいに仕事してたの。」 止めても、止めても真澄は仕事を止めなかった。理由は明白だ。 「でも、もうすぐ結婚するんでしょう。紫織さんと。速水さん、幸せなんじゃないんですか?そのために仕事をこなしてたんでしょう?」 何にも気付かない無邪気さは時に残酷さへと変身する。 真澄の苦しい胸のうちを間近で見ている水城には、そんなマヤの言葉が少し腹立たしく思える。 「マヤちゃん。胃潰瘍がどんな病気か知ってる?」 水城はおもむろにマヤに質問を投げかける。 「あ、さっきちょっと聞いただけですけど、ストレスとかがたまるとなるって。」 「本当に紫織さんとの結婚に幸せを感じているなら、ストレスはたまらないわ。逆に社長なら時間内にやり終えてしまうだけの勢いに変えてしまわれるでしょうね。」 水城は何を言いたいのか。マヤにはよくわからなかった。 「仕事をすることは真澄様にとっては苦痛でもなんでもないわ。もう20代の頃から今と同じように仕事をこなしてきたんですもの。じゃあ、何が苦痛か。考えれば、自然と答えは見えてくるわ。」 仕事でなければ、残された答えはひとつ。 でも、どうして?どうしてそれが苦痛になるの? 「マヤちゃん、昨日の夜、何があったか覚えてる?」 「昨日の夜は、紅天女の本公演前のパーティーで…。」 「真澄様、そのパーティーには絶対に欠席できないって最後まで言い張ってたのよ。」 「…そ、それは紅天女だからでしょう。どんなことをしても上演権が欲しかったくらいだもの。だから…。」 顔を真っ青にしながら、マヤはぎゅっとスカートを握り締める。 そうだ、あの人にとってあたしは商品でしかないんだ。絶対そうだ。 「マヤちゃん。」 水城が諭すように言う。 「きちんと婚約までした相手がいる人が、その結婚に疑問を感じるのはどうしてか。 答えは二つに一つよ。相手の人を心底嫌いになったか、もしくはその人以上に好きな人がいるか。」 マヤは俯いたまま、何も言わない。 時計を見ると、もう8時を過ぎている。 「マヤちゃん、どうしても理由が知りたいなら、本人に聞くといいわ。」 水城はそう言うと、マヤの手をぐいと引っ張り、社長室を足早に出て行った。 2003.08.11 ![]() |
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