| ベルリン 天使のいる街 8
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カメラはブランデンブルグ門の西側から歩き始めるマヤを追う。人々は特設会場が設置された西側の6月17日通りの辺りを目指すので、マヤの歩みは人々の流れに逆らう事になる。7年前に、中原と別れた場所は東側の広場の端の菩提樹の下である。後ろからついて来るカメラと黒沼の視線を充分に意識しながら、マヤは人ごみに飲まれないよう必死に前へ進む。幾度も自分の存在などまるで気にしない人の波に飲まれ、激しく肩がぶつかり、マヤはよろめく。目の前に爆竹を投げつけられても、悲鳴一つあげず、気の強い桐子らしく気丈に振舞う。重なり合う人々の頭の向こうに、一本の菩提樹が見え隠れする。 (速水さん!!) 限りなく一つになろうとする、桐子と自分自身の鼓動の高鳴り。どこからどこまでが演技であるか、もはやマヤにはわからない。 (会いたい、早く、速水さんに会いたい!!) 一層早くなる鼓動にあわせ、歩調を速める。駆け出したくても駆け出せない状況に逆らうように、マヤはついには動けないほどに膨れ上がった人々の壁の隙間を求めて、右往左往する。 (あと少し、もう少し…!!) 動悸が上がり、白い息が速い間隔で吐き出される。菩提樹まであと数メートル。その瞬間、一斉に人々がカウントダウンを始める。 「10、9、8、7、6、5、」 打ち上げられる花火はすでに、夜空に数え切れないほどの花を咲かせ始める。思わずマヤは振り返り、ブランデンブルグ門上空を見上げる。 「4、3、2、1」 息を止めた瞬間、眩暈がするほどの光の洪水がマヤを襲う。突如として辺りは昼間の様な明るさに包まれ、マヤは今まで見た事もない視界いっぱいに迫り来る閃光の雨に目を潰され、一歩も動けなくなる。 「0!!」 その瞬間、ふわりと後ろから何かに体を包まれる。 「…見つけた…、もう、離さない…!」 『Frohes Neues Jahr!!』 『Happy new year!!』 辺りからは一斉に歓声が上がる。知らない道行く人同士、声を掛け合い、時に抱き合い、シャンパンのグラスを傾ける。 胸の前で交差するように回された真澄の腕にマヤはそっとしがみつくと、じわじわと広がっていく暖かい束縛に身を委ねる。マヤは生まれて初めて、『一人じゃない』という感覚に襲われる。それは少しの驚きと、溢れ出るほどの安心感が、重なったお互いの体の部分から全身に広がるように…。 勢いは衰える事なく、ベルリン上空は世界の闇の全てを照らし出すような明るさで、二人の頭上に七色の絵を描く。 腕の中に閉じ込めた掛け替えのない暖かさと、夜空に昇華させた自分の思い、そして、ようやく手に取る事が出来た小さな手の冷たさを、真澄は一生忘れてはいけないと思う。 (初めて、心から望んだものを手に入れられた…) そんな何物にもかえがたい充実感に、心の奥まで満たされていく。 一方のマヤは真澄の腕の中で、一言も発せずに、空から降ってくる止め処ない花火の洪水に圧倒される。声が出せない事がこんなにも、自分の体に熱を溜め込むなんてマヤは知らなかった。花火の向こうに、天使が見える。焼けるように乾いた喉から、ようやく声を絞り出す。 「…もう、一人はイヤだから…。他には何にもいらないから…。 ずっと速水さんの側に居たい…!」 「君のいない人生は、もう考えられない…。死ぬまで側に居て欲しい。死ぬまで俺が君を守るから…」 真澄はそう言って、マヤをこちらに向かせると、何度も何度も手で顔の輪郭を確かめる。まるで細胞の一つ一つを確認するように指でなぞり、一つ一つに 『愛してる』 と囁くように…。 ゆっくりと唇を合わせる。激しい情熱をぶつけるようなそれではなく、ただ静かに唇を重ねあわせ、お互いの気持ちを、お互いの愛しさを交換するようなキス。まるで二つのものが一つになってしまったかのように、二人は重なったまま1mmも動かなくなる…。 そんな二人の様子を遠巻きに一部始終見ていた黒沼は、カメラマンに言う。 「おい、最後までしっかり撮っておけよ。あとで使うからな。ったく北島も、撮られてる事忘れてる顔だな。まぁ、いい顔してるんで、何よりだ」 菩提樹の木の下で時が止まってしまったかのように、固く抱き合ったまま離れない二人を、カメラは静かに捉え続けた。新しい年が始まった瞬間と、新しい愛の息吹が始まった瞬間を永遠に留めるかのように…。 ![]() ――後日談。 紫織は帰国するなり早速、離婚宣言をし、成田離婚として世間を騒がせた。 「どうもこうも、なんであんな方とこのわたくしが一時の気の迷いで結婚したのかわかりませんわ!!」 吐き捨てるように言い放った。紫織もまさか、 「他の男と寝てる写真を撮られたから」 と本当の理由を言う訳にもいかず、 「とにかく、嫌なんです!!」 の一点張りで、離婚の原因は紫織サイドの心変わりとされた。孫かわいさに鷹宮会長もあっさり引き下がり、提携事業だけがそのまま残されたのであった。 半年後、無事に封切られた映画『天使のいた街』は順調に集客を伸ばし、ゴールデンウィーク最高のヒットとなった。 さらにその半年後、二人きりでベルリンで結婚式を挙げた、マヤと真澄のもとに届いた山のようなプレゼントの中に黒沼のそれはあった。 『天使のいた街【ディレクターズカット版】』 と書かれた一般販売されたビデオとは少し違うタイトルのそれを、二人は仲良く一年前のベルリンでの運命の3日間を思い出しながら見る。と、突然、何度も見たはずのラストシーンが見た事もないものに差し替えられ、マヤは驚きのあまり声を上げる。 「こ、これ…!!」 人ごみの中をかき分け、桐子が見つけ出した相手は、桜小路扮する中沢ではなく、なんと真澄であった。 「やられたな、これは…」 真澄は苦笑しつつも、どこか嬉しそうである。 「監督ぅ、見失ったとか嘘ついて、やっぱりこれ、撮ってたんじゃない〜!」 マヤは真っ赤になって、ジタバタする。 「や、やだ…。ちょっと速水さん、いつまで抱きしめてるのよ、くどいよコレ」 「何言ってるんだ。君の方こそ、でくのぼうみたいに突っ立って、一歩も動かなかったんじゃないか」 お互いを茶化してでもいないと見ていられないそれは、さらにズームまでしていく。マヤと他の俳優のキスこそ、最近では見慣れ(たくもないが…)てきた真澄であるが、相手が自分と言うのもまた妙なものである。 「きゃぁぁ、は、速水さん、キスもくどいよぉ」 指で目を覆いながらそれでもしっかり、指の間から見届けつつマヤが叫ぶ。 固く抱き合ったまま動かなくなった二人をカメラは捉えたまま、永遠に時が止まってしまうかのようなスローモーションで映像は終わった。 真っ白になったスクリーンに小さな文字が浮かび上がる。 『一生お互い、錯覚したままでいろ。 結婚おめでとう。 黒沼』 マヤは途端にポロポロと大粒の涙をこぼし、抱えていたクッションに顔を沈める。 「あの時…、一年前、速水さんに初めて抱かれたあと、私ね、自分の気持ちも速水さんの気持ちも見えなくなっちゃって、演技できなくなちゃって…。そしたら、監督に、言われたの。信じて待ってろ、って。私に足りないのは相手も自分も同じぐらいに信じる事だって…」 真澄は、泣きじゃくるマヤの肩を抱き寄せる。 「速水さん覚えてる?私が 『錯覚じゃない恋なんて、あるんですか?』 って聞いた事…」 「ああ、覚えてるよ…」 真澄はマヤに思いを告白されても、それに答えてやる事の出来なかった胸が疼くようなあの夜を思い出す。 「監督にも聞いてみたの。 『錯覚じゃない恋なんて、あると思いますか?』 って。そしたら、監督、 『一生錯覚出来れば、それで幸せなんじゃないか?』 って…」 マヤは涙をゴシゴシと拳で擦って拭いとると、真澄の目を真剣な眼差しで見つめながら言う。 「あたし、一生錯覚しててもいい?速水さんに一生錯覚したまま、恋してていい?」 真澄は、その強い瞳に、心の奥も体中の全てのものも見透かされるような思いにとらわれながら言う。 「錯覚も、二人分なら本物だ…」 そう言って、口づけたお互いの唇の柔らかい感触は、錯覚でも幻でも夢でもなく、真実の強さをもって、二人の心に消えない暖かさを残す。 1.1.2003 ![]() 実は隠れファンが多いこの『ベルリン 天使のいる街』通称・ベル天。こちらも「ガラスの楽園」のお正月作品として投稿させて頂きました。 ベルリンに住んでた記念に、とパロ作家さんなら一度は書くと言われてる「ご当地自慢」として書いてみたもの。今読み返すと、とても懐かしく、書いておいてよかったなぁ、なんて……。割とその時の季節にリンクしたものを書くことが多い杏子ですが、これはほんとーーーーになんか凍るほどに寒い空気があります。(え?意味違う?) シオリが登場するだけで筆が凍りつく杏子ではありますが、シオリー大活躍!!な展開。この頃はまだなーんも考えずにドカスカ、不倫シチュ使ってましたなぁ。 これは間違いなく黒壁だと思うのですが、思い返せば杏子の”黒壁路線”ってのはこの作品が決定付けた節があるようなないような、いや、あると言ってくれ! マスはど!キザでひたすらカッコよく、マヤちゃんはひたすら健気でかつチョイ大人っぽく、そしてドロドロしつつもイチャイチャは忘れない、みたいな? そういえば初めての●ッ●シーンらしきものを書いてしまったのも、この作品でした。いえ、半地下にも及ばん、かわいーもんですが。今読めばね。でも、当時は ”ついにワシもここまで来たか……” と恥ずかしさに胸がいっぱいいっぱいおっぱい(文字通り!)だったのを覚えております。この程度で大騒ぎしてたなんて、ワシもかわいかったなぁ。。。。(またしても老眼鏡とタメはれるほどの遠い目) |
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