白いビキニの女 3
「どこだろうね〜。気になる?」

子供のような無邪気な声とはおよそ不釣合いな、濡れた狡猾な瞳が、聖を見下ろす。苦笑して、いつものように上手く誤魔化そうとしたが、上手くいかなかった。
ゆっくりと唇の皮を吸われ、感覚も記憶も奪われるようなキスをされる。わざと立てているのであろう、二秒置きに聞こえる、唇が離れる瞬間のキスの音が、麻薬のように頭をおかしくする。

自らの上で見下ろすように微笑むのが、天使なのか悪魔なのか、白い太陽の矢が目を潰し、分からなくなる。

「あなたは悪魔みたいな、天使だ」

その言葉に、杏樹は動きを止めると、いつものように上手に聖の唇の端を噛む。

「悪魔だったらどうする?」

唇を噛んだまま、器用に口角を上げて笑う。そして、その瞬間、杏樹の細い美しい指が、自らの急所を弄ったのを、聖は衝撃的に受け止める。ゆっくりとその指が、ベージュのズボンのふくらみ部を撫でる。 指の腹で優しく、その輪郭を辿ると、聖の口からため息とも喘ぎともつかない、声が零れ落ちる。

「一緒に堕ちていくまででしょう」

その言葉に、杏樹は弄っていた指を止める。

「いいわね、それ。でも、まだよ……、まだまだ……」

そう意味深に呟くと、一瞬の仕草で自らの背中に指をやる。次の瞬間、急に張りを失った白い布が、目の前で動く。

「あ、外れちゃった」

これ以上ないほどに悪戯な瞳で、聖を上目遣いに見上げる。すでに、隠すという機能を果たさなくなった白いビキニは、だらしなく首からかかっているだけだ。
試しているとしか思えない、その狡猾な瞳に、聖は苦笑する一方で、抗えないほどの欲望も感じる。

いくら天気の悪い浜辺と言っても、全く人が居ないわけでもない。
現に先ほどから、雲の切れ間から太陽が顔を見せ始め、いつ観光客がどっと押し寄せてもおかしくないほどに回復してきている。岩場の影の死角に隠れながら、聖は暴走し始めた自らの欲望と情熱を持て余す。 どこまで持ちこたえられるのか、もう、まるで分からなくなる。

そんな聖の様子を見ながら、杏樹は唇を尖らせる。

「あ〜、まだ理性が勝ってるぅ〜。ホント、強いよね、唐人。
もういいっ!いいから、オイル塗って」

そう言って、あっという間に首から白いビキニを外すと、その形のよい胸を目の前に晒したまま、オイルのボトルをよこす。
あっけにとられて呆然とする聖に、杏樹は当然のように言う。

「だって、ビキニの跡つくのイヤなんだもん、背中の開いた服とか着た時、ダサいじゃん。トップレスが基本でしょ」

そう言って、そのまま浜辺の上に敷いたバスタオルの上に、無造作にうつ伏せになる。

「塗ってくれないと、他の人に頼むよっ!」

そう言って、聖のベージュのズボンの裾を引っ張るので、聖はようやく腹をくくったように、ボトルを取ると、ゆっくりと手のひらで透明なオイルを、杏樹の背中に伸ばしていく。サンオイル特有のしつこい匂いが鼻腔を刺激する。

傷一つないその美しい背中を撫でる。
肩甲骨の美しい骨の上をゆっくりと、人差し指の腹でなぞると、杏樹の体と吐息が、薄く震えたのが指先に伝わった。
肌の弾力をしっかりと手のひらで感じながら、滑っていく手のひらが、脇の辺りまで差し当たると、杏樹の手が聖の手首を掴む。

「ちゃんと前まで塗って」

そう言って両肘を折ると、挑発的に胸を浮かせる。聖の手のひらがゆっくりと前に伸び、その丸い膨らみをオイルを絡ませながら、撫でる。
何かが爆発しそうになる。

「まだ、我慢できるわけ?」

目だけを肩越しにこちらに向け、試すようなその声に、ついに聖の脳内のロープが引き千切られる。
一気に杏樹の体を仰向きにさせると、その体を封じ込めるようにのしかかる。頬の筋肉を痙攣させながら、低い声が搾り出される。

「遊びもほどほどにしないと、本気であなたをここで襲いますよ」

その瞳は真剣であり、同時にどこか苦痛に歪むものでもあった。囚われの奴隷のような……。
このような屋外の人目につくかも分からない場所で、一方的に昂ぶった感情をぶつけるように、乱暴に杏樹を抱くつもりなど、聖にはなかった。けれども、体内でうねる、その昂ぶりの波は、すでに引き返せない通過点を超えている。

「襲ってよ」

そんな聖の様子を、少しもふざけてもいない、冗談でもない、杏樹の潤んだ瞳が下から見上げる。

「欲しいんだったら、我慢しないで、ここで襲ってみせてよ。
周りの目も、誰の目も、神様の目だって気にしないで、あたしのこと抱いてみせてよ。
我慢なんかしないでよっ!好きなんだったら、ほんとにあたしのこと好きなんだったら、傷つけてもいいから、奪うように抱いてみせてよっ!!」

そんな杏樹の激情的な叫びに、ようやく聖は、杏樹がここへ現われた訳を悟る。
自分は彼女を不安にさせていたのだ。
マヤに聞かれても、否定も肯定もせず、うやむやにして逃げるようにここへやってきた。溺れることを恐れ、自分を見失うこと恐れるあまり、一番大事なものを見失うところだった。

不器用なこの天使は、悪魔のようなこんな乱暴な形でしか、自らの不安を打ち消す方法を知らない。
不安だったのは、自分だけではなかったのだ。
愛しすぎるあまりに、不安になっていたのは自分だけではなかったのだ。
お互いを同じ強さで愛する二人は、等しく不安であったことを、聖は組み敷いてしまった杏樹の潤んだ瞳の中に見る。強気な発言とは裏腹に、潤んだ瞳は不安で揺れていた。

聖は、杏樹の体をただ、強く抱きしめる。お互いの不安な気持ちも、愛する気持ちも、先ほどまで昂ぶっていた情熱も、全てが混ざり合い中和されるように。
体を繋げる変わりに、気持ちを繋げるように。
その人の不安を、全て手のひらで掬いとってやるように……。

「あ、消えた……」

杏樹の呟きが零れ落ちる。
”何が?”そう一瞬、訝しく思っていると、その続きが耳元で優しく囁かれる。

「あたしの気持ちと唐人の気持ち、今、境界線が消えて、一緒になった。水平線が消えて、海と空が混ざったみたいに、一緒になったの」

空の青と、海の青が混ざる絵が、聖の脳裏に浮かぶ。

「不安にさせて、すみません。あなたをもっと幸せにしてあげたい……」

「いい。そんなこともう、言わないで。今、サイコーに幸せだから、いいの」

聖の肩に顔を押し付けると、泣いているのを誤魔化すような、くぐもった声が聞こえる。

「よくないです。気持ちはきちんと伝えないと、大変なことになるとよく分かりましたから」

一呼吸置いて、聖の穏やかな声が続く。

「あなたを、溺れるほどに愛しています」

肩に押し付けられた杏樹の顔がゆっくりと離れ、一心に聖を見つめる。その潤んだ瞳に穏やかに微笑みながら、付け加える。

「それから、あんまり無茶をしないでください。私の身ももちません」

その瞳が、ようやくいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべると、唇を尖らせる。

「え〜、でも、良かったでしょ?今度はさ、もっとスゴイことしてあげるからっ♪」

その言葉に聖は苦笑しながら、全てを悟る。
もうすぐ自分は、この空間から引き戻されるのだろう。実際に体を重ねられないことには、訳がある。
この美しい人は、もうすぐのその青い波間に消えてしまうのだろう。

雲の輪郭を辿るように、一秒ごとにその存在が不確かになっていくようで、途端に切なくなるのを、押しとどめるように、聖は杏樹の唇の輪郭を親指でなぞる。

「楽しみにしてますよ」

そう言って、溺れるほどの想いをその唇に託した。







ズボンの後ろのポケット、肌に伝わる振動が、全てを現実に引き戻す。目を開けた瞬間、一体どれだけの時間、自分はこの現実から連れ去られていたのか見当も付かず、時間や土地の感覚さえ失ったように感じる。
数コールやり過ごしてから、ようやくそれが、自分にかかってきた電話だと思いつくと、慌てて携帯を取り出す。

「もしもし?」

「あ、聖さ〜ん?今、どこですか〜?」

まるで近所の友達にかけた電話のような、マヤのその声に、聖の肩から緊張が抜ける。

「今、海に居ますよ。伊豆の海に……」

「あの海?」

『あの』という言葉だけが、少し飛び出す。

「ええ、あの海ですよ」

聖は、同じように、少し飛び出した『あの』をつけて、それに答える。

「一人で?」

海と空の間を一直線に隔てる、遠くの水平線に、聖は目をやる。大きく息を吸って、吐くまでの7秒の沈黙。

「いいえ、さっきまで恋人と居ました」

水平線の向こう、空の青と、海の青がゆっくりと混ざり合う。

「杏樹さんと居ました……」







マヤからの電話を切ったあと、ゆっくりと岩場から腰をあげた聖の足元に、小さな異物感。その白い異物をそっと拾い上げると、聖は大きく首を左右に振りながら、苦笑する。

「杏樹さん、こういうものは、忘れないでくださいよ」

小さな白いビキニが、太陽の光の下で眩しく輝く。

誰かが描いた、砂浜の大きなハートの絵が、波にさらわれて行く瞬間のことだった……。











01.11.2005



<FIN>






えーーーーっと、出してよかったんでしょうか、コレ。書いたのが1年半近く前なので、冷静な自己判断が下せず、中途半端なエロエロで大変失礼いたしました。まぁ、M&Mではないので、許してください。
エロい姐さんは結構好物です。M&Mではとても出来ないシチュゆえでしょうか、姐さんリード、タマランチ会長です。
最初はもっと、”お色気ドタバタコメディー”になるハズだったんですが、この二人はどうにも切ない系の振り幅が激しく、どうしてもこういうことになってしまいますな。
UGは一切書かない宣言をした杏子ですので、恐らくこれが最大値でありましょう。 お付き合いくださいましてありがとうございました。







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