凍てつくような寒さが東京の街を包む。もしかしたら、また雪でも降るのかもしれない。

「寒いですねぇ。雪でも降りそう」

思っていたことを、そっくりそのまま、隣を歩く小さな恋人に言われ、真澄は少し驚いて歩みを止める。

「どうしました?」

悴む指先に白い息を吐きながら、マヤが振り向く。

「いや、全く同じ事を言おうと思った瞬間、同じ事を君が言ったから驚いただけだ」

不思議そうな顔の表情が瞬時に緩んで、笑みが弾ける。

「あはは、以心伝心ってヤツですね!」

以心伝心とはもう少し、意味深なことぐらい伝心して言うもので、寒いから雪を連想しただけではしたうちにも入らないだろうがと思いつつも、そんな事では しゃぐマヤを、真澄は素直に可愛いと思う。
そう、可愛いのだ。
そうやって単純に認めてしまえる、そういう距離に今二人は居る。


相変わらず悴む指先に息を吐くその様子に違和感を感じて、真澄は訊ねる。

「手袋、片方なくしたのか?」

見れば、右手はしっかりと黒い皮の手袋に覆われているが、左手の細い指先は寒さで真っ赤になっていた。

「……そうなんです。ちょっと見つからなくって」

「新しいの買ってやるぞ」

特に考えもせず、即座にそんな言葉が口を突いて出たが、マヤの顔には途端に失望の色が浮かんだ。

「え、いいです。片方、まだ使えるし……」

「そうかもしれないが、片方だけでもしょうがないだろ」

「でも、出てくるかもしれないし……」

あまりにマヤらしいその理論展開に、真澄は呆れ半分大きな溜め息をついた。

「いつ出てくるかも分からない片方を待って、左手を凍えさせるつもりか?風邪をひくぞ」

「速水さんて、すぐそうやって理屈で攻めてくる。女の子の気持ちとかぜんぜん分かってない!」

今度はあまりの展開に、真澄は心底驚いてしまう。

「なぜここで”女の子の気持ち”が出てくるんだ。ぜんぜん関係ないだろうが」

言い返してくるかと思ったが、その口元は一瞬怒った気持ちをそのまま形にしたように膨れ上がり、けれどもすぐにあっけなく萎んでいった。

「だって──」

言葉はどこかに、飲み込まれていってしまったようだ。

「そんなに気に入っている手袋だったのか?」

気持ちを汲もうとして言った言葉だったが、どうやらそれすらも間違いだったらしい。

「え?速水さん、覚えてないんですか?」

今度は、心底信じられないというふうに大きく目を見開いて、こちらを見上げてきた。言葉に困っていると、それを返事と受け取ったのか、そのまま不機嫌に なって黙り込まれた。
どうやら地雷を踏んだようだ。

「あ、バス」

それだけ叫ぶと、ちょうど246を渋谷駅へ向かうバスへと飛び乗ろうとする。最近はいつも帰りは車かタクシーで送り届けているのだから、その必要はまるで ないことぐらい分かっているはずなのに。

「待て、送るから」

そう早口で言って、腕を掴もうとしたが、マヤはスルリと身を翻すと本当にバスに乗り込んでしまった。

「ごちそうさまでした!おやすみなさい!」

それだけ言って、閉まったガラス扉の向こうで笑いながら手を振っていたが、目が笑っていないことは明らかだった。

「なんなんだ、あの子はいったい──」

大切なものを指の隙間からなくしてしまったような、焦燥感が真澄を襲う。

付き合い始めてから迎える2度目の冬。
泥沼の婚約解消劇からマヤを出来るだけ遠ざけようとしたため、去年の冬の記憶はほとんどない。
『この先 何があっても俺を信じてついてきてくれるか』
その言葉だけを頼りに、マヤが全てを我慢していたことは分かっていたが、そんなマヤの態度に甘えていたのも否定できない。だが紅天女の上演権問題も無事に 片付き、婚約解消を発端とした諸々の事業問題もなんとか目処が立ち、ようやく公私ともにマヤを支える存在と胸を張って言える立場になったつもりだった。
そんな気持ちが端々に出てしまっているのだろうか、最近のマヤはプロポーズの気配を察知すると逃げてばかりだ。

「結婚して欲しい」

そうストレートに伝えてみても

「どうして?私、今のままでいいのに……」

そうやってうつむかれてしまう。どう言っても首を縦に振らないマヤに対して、次第に真澄は焦燥感から、ついマヤの大嫌いな理詰めで物を言ってしまう。

「どうしてだと?いい大人が、それも社会的立場のある大人がつきあっているんだ。けじめってものがあるだろう」

「速水さんは、けじめのために結婚したいんですが」

黒い瞳が驚いてこちらを見上げる。

「そんなことは言ってない」

「じゃあ、なんのために?」

黒い瞳の水面が揺れる。それが今にも泣き出されてしまう予兆にさえ思え、真澄の言葉は間違った方向へともつれるばかりだ。

「俺は絶対にそんなことはないように気をつけているが、万が一子どもができたりして、順序が逆にでもなったりしたら、芸能事務所の社長として示しがつかな い だろ」

絶句された。当然だと我ながら思う。今思い返せば、の話だが。
その時は、焦るあまりにそんな言葉が、崩れ去る足場から足をもつれさせながら逃れるように出てしまったのだ。

「信じられない……」

それだけ言うと、ついに黙り込んだマヤは、その日はもう口をろくに聞いてくれなかった。

そんなことがあって以来、プロポーズの話題は二人の間でまるで禁句のようになってしまった。少しでもそんな雰囲気を察知すると、マヤの様子がおかしくなる のが手に取るように分かる。
だが今日のそれはまた別問題の地雷だったようだ。己のたった今の言動を一から振り返ってみたが、真澄には何が間違いだったのかさっぱり分からない。マヤが 言うところの、”女の子の気持ちが分からないおじさん”、ということなのだろうか。
視界から消えていくバスを見送りながら、凍てつくような真冬の夜風を頬に感じる。たった今、消えてしまったそのぬくもりと存在が、ますます夜風を冷たく厳 しいものにした。


力ずくで奪えるものであれば、とっくにそうしていた。
けれども、そのようにして自分が今までの人生の中で奪ったり、手にして来たものとは、全く違う次元の存在がマヤであった。
自分は幸せ、というものを知らない。知らずに育ったし、知る事もないと思っていた。けれどもマヤの事は、幸せにしてやりたいと心から思う。一度はこの手で 不幸に陥れてしまった事実が、よりいっそうその想いを強くさせていることは間違いないが、それとは別に、そう、認めてしまえば、ただ単に愛情ゆえ、それが 全てだ。
その事がどういうわけか伝わらない。伝えられない。
しばらく頭を冷やしたほうがいい、そう思って、真澄はタクシーを呼び止めようと上げかけた右手を下ろした。
己の不甲斐なさに、大きく溜め息を一つつくと、コートの衿 を立て歩き出した。







結局、気まずい空気を残したまま数日が経ってしまった。マヤからはその晩、

”今家に着きました。今日はありがとうございました”

事務的にそんな短いメールが届いただけだった。怒らせてしまったというのであれば素直に謝りたいと思うが、意味も分からず謝ったら、余計に怒らせることが 容易に想像でき、真澄は途方に暮れる。

「あら、これ……」

来客が帰ったあとに、テーブルの片付けをしていた水城の声が社長室に響く。水城が拾い上げたのは、見覚えのある黒皮の小さな手袋。

「忘れ物かしら、懐かしいわ」

「懐かしい?」

秘書の放つ意外な言葉に、真澄は驚いて聞き返す。

「あら、覚えていらっしゃらないんですか?
これ一年前の大都の忘年会の余興のビンゴの景品ですよ」

驚いたまま無表情で固まる真澄を見ながら、水城は笑う。

「もっと正確に言うと、末賞の景品の。それなのに一等を引き当てたマヤちゃんが、あえてこれを選んだから覚えているんです。液晶テレビやブルーレイ、マッ サージチェアとか、もっと高級な景品が沢山あったのに、マヤちゃんこれを選んだんですよ」

「どうしてだ」

仕事は出来るが、ことにこういう事には恐ろしいほどに察しの悪い、鈍い上司を目の前に水城はクスクスと笑う。

「さぁ……、でも司会が冗談で『だたの手袋ですが、もれなくこれをはめて速水社長と手つなぎデートもついてきます』なんて言ったのを真に受けたのかもしれ ませんわね」

真澄が口を開けたまま固まっているのを見て、
ティーセットを片付けるはずだったトレイで口元を隠して、 水城は笑う。

「冗談ですわ。司会がそんなこと言う訳ないじゃありませんか。
それにそんな事を本当に言ったとしても、逆にあのマヤちゃ んの事ですもの、恥ずかしがって、手袋が欲しいなんて言える訳ありません」

真澄は右手で乱暴に髪をかきあげると、やられた、とでも言うようなジェスチャーで降参する。

「知りたいですか?本当の理由……。マヤちゃんが、なぜこの手袋を他の何より欲しがったのか」

「ああ、頼むよ。どうやら俺は、女の子の気持ちというのに世界一無頓着な察しの悪いおじさんらしいからな」

そう言って、大きな溜め息をついた。クスクスと笑ってばかりいた水城が、ふと口をつぐむと、一瞬静寂が訪れる。隠されていた小さな秘密が、そっと箱の中か ら取り出されるような静寂が。

「どうしてその手袋にしたの、と聞きましたら、『これなら冬の間、毎日身につけられるから』と。そう言って、愛おしそうに手袋を撫でていましたわ。マヤ ちゃんが真に受けた
本当の言葉 は、”商品は全て速水社長が、厳選に厳選を重ね、選び抜いた逸品”という誇 大広告のほう。その証拠に、『水城さん、この手袋、ほんとに速水さんが選んだんですか?』って、後で真顔で聞いてきましたもの」

全く知らなかったあの黒い手袋に隠された、些細なやりとり。なぜか真澄の胸は苦しくなる。

「それで君はなんと答えたんだ?」

「そうだと、答えましたわ。
まさか自分がついさっきデパートの一階で買って来た、なんて言えませんもの

そう言って、穏やかに柔らかく笑った。まるで過去のマヤに対して、そう笑いかけたかのように。

「あの手袋は、あの時のマヤちゃんの支えだったんです。あの辛い日々の中で、彼女が唯一、すがったものだったんです」

そう言って、真澄の目をまっすぐに見つめた。一年前の地獄のようなあの日々が、二人の間に切れ切れの引き裂かれた写真のような残像となって蘇る。

あの頃のあなたは、まだ鷹宮と の泥沼の婚約解消騒動の渦中におられましたから、彼女との付き合いも極秘でしたわね。彼女を守りたい一心だったのは分かりますが、それにしても徹底して彼 女を遠ざけるというやり方は、マヤちゃんにしてみればとてつもない不安な時間だったと、私にも痛いほど分かりました。だからこそ、そんな間接的なあなたか らのプレゼントを──、例えばプレゼント一つとってみても、表立ってあなたからそれを貰う立場にいないと考える彼女が、どれほど大切に 感じたのか、分かりませんか?

真澄の中で、うまく かみ合っていなかったパズルの答えが、ようやく探していた姿を形作り始める。
あの時の悲しそうな笑顔も、あの時の無理をした明るさも、全ては自分が言った
『この先 何があっても俺を信じてついてきてくれるか』というその言葉が重い足枷となってマヤから引き出したものだったのだ。
思い出してみれば、 あの頃のマヤは、何一つプレゼントを受け取ろうとはしてくれなかった。会えない時間のせめてもの償いに、何か欲しいものはないかと聞いても、困った顔をす るばかりで、こうしてわずかな時間でも一緒に居られるだけでいいと笑っていた。あれは表立ったことは何一つ望まない、元来控えめなマヤなりの気遣いだった のだと今なら分かる。
そのマヤがどんな想いでこの手袋を大切にはめていたのか──。


真澄は急に電気が 通ったかのようにデスクから立ち上がると、早口で今日の予定を聞いた。

「特になにもありません。重要なことは……」

涼しい顔で水城はそう答える。
そう、今、彼がしようとしていること以上に重要なことは何もないのだ。
二言、三言、用事を押し付けると、真澄は部屋を飛び出して行った。黒皮のその小さな片方の手袋を握りしめながら。

まるで突風が吹き抜けていったかのような慌ただしさで真澄が消えると、後には誰もいなくなった空間特有の、がらんとした静寂が訪れる。
テーブルに残された ままだったマイセンのティーカップを、再び持ち上げる水城の手が少し震え、カチャリと音をたてた。

「真澄さま、信号は青になりましたわね」

穏やかにそう微笑む水城の目に、一雫、光るものがあった。






いつまでたっても、 自分だけが覚えている。
片方だけになってしまった手袋を、マヤはヒラヒラと顔の前で揺らしてみる。一冬使い込んでくったりとなった皮の手袋には、抱えきれないほどの自分の想いが 染み込んでいるようで、マヤは大きく溜め息をついた。

──どこで落としちゃったんだろう……。

一年前の自分に想いを馳せる。
あの頃の自分は、ただ真澄の事が好きで、物凄く好きで、でもそれだけだった。結婚とか、付き合うとか、そんな大それたことはとてもとても考えられず、例え ば抱きしめられるとかキスをするとか、そんな事も到底叶わないと分かっていたから、自分が淡く夢見た事は、真澄と手をつないで歩く事だった。
もちろんそれすらそう簡単に叶う訳がないことは、当時の真澄の置かれた状況から痛いほどに分かっていた。
だからこそ、真澄が選んだという手袋に、悴んだ指先を包まれるということは、あの頃の自分にとって、凍るような凍てつく日常の中でのささやかな温かみと幸 せだったのだ。指先の微熱程度の。
それを真澄が覚えていなくたって、仕方のないことなのだ。
むしろ、そんなことを子どものように覚えていて、こだわる自分はとんでもなくみっともない。そう分かっていても、あの辛い日々全てがなかった事として否定 されたような錯覚を受け、自分はとても寂しかったのだ。

「ねぇ、麗、いつまでも過去の事にこだわるのって私だけかな」

あさっての方角から突然聞こえてきた、魂の抜けたような細い声に驚いて、同居人は皿を洗う手を止め、振り返る。

「手袋なくしちゃったの。速水さんが去年プレゼントしてくれた……って、直接プレゼントしてくれたわけじゃないんだけど、まぁ、偶然みたいにして貰っただ けの物なんだけど」

洗い物を止めた麗が、手を拭きながらそっと隣へ座った。

「なくしただけでもショックだったんだけど、そもそも速水さん、その手袋の事なんか、全然覚えてなかったの。私だけがずっと大事に思ってたみたいで、なん か…… 馬鹿みたい……」

思わず涙が一雫こぼれ落ちた。こんな事で泣くなんて、本当に自分はどうかしてしまったのではないかと呆れるが、こぼれ落ちてしまったものは止めようがな い。傾く気持ちだって、自分では元に戻せないのだ。
大きな手のひらが優しくマヤの頭を撫でる。

「物は物だよ」

短いその一言が、傾き続ける心にそっと手をかける。

「どれだけマヤがその手袋のこと大切に思ってたって、その手袋は別にマヤのこと考えてくれたり、受け止めてくれたりとかしてくれないでしょ」

俯くばかりだったマヤはゆっくりと顔をあげると、姉のような存在であるその人の顔をじっと見る。とても大切な言葉が生まれる瞬間を待つように。

「マヤが今手に入れるべきなのは、なくした片方の手袋なんていう過去のミイラじゃなくて、今、手をつないでくれるその人そのものなんじゃないの?」

堪えていたものが溢れ出す。
ずっと我慢していたもの。それは本当に欲しいものを欲しいという勇気や、差し出される手を信じて取るということ。
ずっとずっと本当はそうしたかったけれど、そうしてはいけない、とあの辛く苦しい過去が重く心を縛り付けていたのだ。
いつだって、答は過去ではなくて、未来にあったはずなのに、恐れるばかりで直視出来ない自分がいた。幸せになりたい、あの人を幸せにしてあげたい、そう想 う気持ちは間違いであるはずなどなかったというのに。

「麗、ありがとう……。私、ちょっと行ってくるね」

涙を必死でぬぐい、顔を整えているマヤの様子を見ながら、麗の脳裏には平坦ではなかったマヤのこれまでの人生が走馬灯のように蘇る。おそらくもうすぐこの 保護者のような立場に、自分も別れを告げる時がくるだろう。一抹の寂しさと、そして祈りにも似た想いが麗の胸にも溢れ出す。
幸せであれ。
ただただ、幸せであれ。
平坦ではない道を選んだのであればこそ、その人の腕の中では一点の曇りもなく幸せであれ。そう願うだけだった。








家を飛び出し、走り出した所で手の中の携帯が鳴った。液晶の画面に表示された呼び出し主を見て、マヤは驚くと同時に笑みがこぼれる。

「あはは、やっぱり以心伝心だ」

真澄には訳の分からない言葉でそう言って、電話に出る。走っていたので、荒い息づかいがそのまま電話越しに伝わってしまったようだ。

「何が以心伝心なんだ?今、外か?」

「今、速水さんに会いたいな、会いにいこうって思って家を出た瞬間、速水さんから電話かかってきたから、凄い、以心伝心!って──」

そこで真澄が息だけでクスリと笑ったのが、電話越しに伝わる。あのいつもの穏やかな吐息がかかったように。

「違うな。本物の以心伝心というのは、こういう事を言うんだ」

そう言って一方的に切れた電話を訝しく思って立ち止まると、目の前に人影が現れる。見間違える訳もないその人が、ゆっくりとこちらへ向かってくる。

──以心伝心。
言わなくても気持ちが伝わってしまう瞬間があるというのであれば、それはきっと間違いなくこの瞬間のことで。その想いに押されるように、マヤは真澄の腕の 中へ飛び込んだ。

「その……、すまなかった。手袋のこと、覚えてなくて」

途端に体中の血が逆流したように、恥ずかしさから熱くなる。

「いえ、そんなの覚えてなくて当然です。逆に恥ずかしいです。速水さんには何でもない事だったのに……。
片方なくしたのに、往生際悪くいつまでもしてる方がいけないんです」

そう言って、家を飛び出す時に持ち出し、そのまま右手にはめたままだった手袋をマヤは外そうとする。

「いや、外さないで欲しい。君が気に入ってくれたのであれば、これからも使って欲しい」

そう言って、なくしたはずのもう片方の手袋を真澄が差し出した。
ありえない物の突然の出現に、マヤの意識が一瞬にして白く停止する。

「これ……、どこに──」

「社長室に落ちていた。水城君が見つけてくれた」

マヤの震える指先が、手袋にそっと触れる。

「物に想いを宿らせるというのは、残念ながら男にはない発想なんだ。少なくとも、俺のようなつまらない男にはな」

そう言って、ゆっくりとマヤのその細い指先に黒皮の手袋を滑らせていく。

「だが君がそこまでこの手袋を大切にしてくれた理由を、俺なりによく考えてみた。もし俺の考えた理由があっていたら、イエスと言って欲しい」

その言葉の意味を問いただそうと息を吸ったマヤは、ふと指先に当たった異物感に驚いて、そのまま息を止めた。真澄によってぴたりと被せられた左手の手袋。 薬指の先に、確かに当たるものがある。
薬指の指先がその欠片をゆっくりと導き出す。やがて手袋から引き抜かれた指先に、わずかにかかるように輝く石があった。真澄がそっと手をかけるとゆっくり とそれを薬 指の根元まで滑らせた。

「これ……」

あまりの事に何も言葉にならず、マヤはただただその指先を見つめる。

「どうして結婚したいのか、と君は聞いたな。一番大切な理由を俺はすっかり忘れていたようだ」

そう言って、ゆっくりと言葉を選ぶ。ずっと自分の中で確かに温めてきたその言葉たちを。

「今まで辛い想いをさせてすまなかった。
君が何より大切だ。残りの人生の全てを君と歩いて行きたい。
愛しているんだ」

そう言って、震えるばかりのその小さな指先へと口付けた。

「結婚して欲しい」

「……はい」

しんと冷え切った澄んだ真冬の夜の空気の中へ、マヤのその返事は凛と響いた。まるで世界の全てを受け止めるようにただ静かに、そしてまっすぐに。

その言葉を合図に、真冬の外気をまとったその冷たい指先に、ゆっくりと温かな血が通い始める。

指先の微熱を貰ったダイヤが、今美しく輝き始める。




2014.3.10





< FIN >










サイトを再開するにあたって、何か季節もののささやかなお話を書こうと思って起こしたネタです。
”てぶくろをかいに”という絵本のタイトルをじっと見てい たら、凄くかわいいタイトルに思えてきて、このタイトルでお話を書こう!と思ったのはいいのですが、ついに二人が手袋を買いに行く事もなくお話が終わって しまったので、これでは”てぶくろをかいそうになるけどかわなかったおはなし”じゃん!と、タイトルは変更されました。笑

『この先 何があっても俺を信じてついてきてくれるか』
47巻のこの台詞に、どれだけキターーーーー!!と心揺さぶられたことでしょう。これだけで白飯10杯いけます。
んがっ、 いっこうに発売の気配すらない50巻。この感動的な台詞があまりに薄れるその後の展開にぎょえーーーとなってしまい、そこをすっとばした先の絵が見たく なって描いてみました。
50巻待ちの皆様の、少し でも暇つぶしになれば幸いです。






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