15 シンドローム
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"恋愛症候群〜その発病ときっかけ〜" 2 written byきょん |
水城に連れられて社長室に入った二人は、社長の顔を見る余裕もなく、平身低頭の姿勢でお辞儀をしながら挨拶をした。
「このたび秘書課に配属になりました姫川亜弓です。一生懸命がんばらせていただきます。よろしくお願いします!」 「き・・・北島マヤです。」 お辞儀をしたまま顔を上げない二人に、入社式の訓辞とは違った優しい声が返ってきた。 「よろしく、社長の速水だ。君たち、顔を上げなさい。そんなままでは話もできない。」 マヤと亜弓はおずおずと顔を上げると初めて間近で真澄の顔を見た。 「君が姫川君か。ずいぶん優秀な成績で入社したそうだね。期待しているよ、がんばってくれたまえ。」 真澄の視線が亜弓からマヤへと移った。 彫りの深い端正な顔立ち、少し栗色の髪、「こんな綺麗な男の人っているんだ。」と、マヤはただ呆然と真澄を見つめていた。 一瞬、真澄と目が合ったと思った瞬間、思い出したように真澄が笑い始めた。 マヤは訳もなく顔を赤らめながら猛然と抗議した。 「な・・・何ですかっ!人の顔見ていきなり笑い出すなんて失礼じゃないですかっ!」 亜弓が「何て事言うの!」という顔でマヤを止めるが、マヤは真澄を睨み付けている。 その様子がおかしくて真澄は口に手を宛てたまま笑い続けている。 「あ・・・あなたねぇ!社長だか実業界のプリンセスだか知らないけれど、常識っていうものがあるでしょ!」 亜弓が小声で「マヤ!プリンセスじゃなくてプリンス!」と突っ込んだものだから、真澄は「失敬!」と言いながらもますます笑いが止まらなかった。 「入社試験に私服でやってきて、オマケに面接では一言もしゃべらなかった新人がいると聞いて楽しみにしていたんだが、君だったのか。しかし、最初から社長のオレに食ってかかるとは、思っていた通りなかなか大した度胸だよ、チビちゃん。」 真っ赤になったままのマヤは、 「私、チビちゃんなんて名前じゃありません!北島です!失礼しましたっ!」 と叫んで亜弓を残して社長室を飛び出した。 残された亜弓は慌てて真澄に挨拶をして、マヤを追って社長室を出て行った。 「久しぶりですわ、真澄様があんなにお笑いになるのを見るのは・・・多分、婚約されて以来初めてじゃないかと。」 二人が去って静かになった社長室で、水城が優雅にコーヒーを置きながら言った。 「そうだったかな。」 真澄はコーヒーを口にしながら「北島マヤとか言ってたな。」と呟いて微笑んでいた。 元来、人当たりもよく頭脳明晰な亜弓は仕事の覚えも早く、入社数ヶ月で水城の側近として働いていたが、マヤは何をやらせても不器用で、重要書類をシュレッダーにかけたり、パソコンのデータを消してしまったりというのは日常茶飯事で、重要書類の配布先を間違えたり、真澄のパーティの時間を間違えたりと毎日秘書課の仲間をハラハラさせていた。 今日も書類のコピーをとっていて、原本の方をシュレッダーにかけてしまい落ち込んで机に突っ伏しているマヤの席に亜弓がうれしそうにやってきた。 「ねぇ!聞いて!ついに杉岡昌宏にデートに誘われたわ。名古屋のシャチホコを一緒に見に行こうって。ナナちゃん人形の下で待ってるっていってたけど、ナナちゃん人形ってペコちゃん人形みたいなもんかなぁ?」 浮かれる亜弓にマヤが突っ伏したまま答えた。 「亜弓・・・ナナちゃん人形は下を見ていては見つからないわ。」 そんなこんなで、いつの間にかマヤの仕事は、朝に水城の煎れたコーヒーを社長室に持っていくことと、社内外の社長への面会を取り次ぐことだけになっていた。 その日も同じ時間に社長への面会希望が5件重なってしまっていた。 マヤはメモを片手にオロオロしながら社長室へ入っていった。 「社長、総務部長と企画部長と制作部長と営業部長と宣伝部長が面会を申し込んでおられますが・・・あれぇ?別々の時間を設定したはずなのになぁ。順番どうしましょう?」 真澄は机に向かって書類から目を離さずに答えた。 「構わん。一人ずつなんて時間の無駄にしかならん。全員中へ入れろ。それと、熱いコーヒーを一杯頼む。」 「はい、かしこまりました!」と返事をして、マヤは言われるまま全員を社長室へ案内した。 一端社長室を出て、コーヒーをお盆に載せて再び入ると、社長室の中はまるで戦場だった。 5人の重役たちは、他人のことなどお構いなしに自分の仕事のことを社長に報告している。 話に熱が籠もれば自然と彼らの声も大声になってくる。 マヤにしてみれば誰が何を言っているのかさっぱりわからなくて目を丸くしていたが、さらに驚くべき事は、真澄がその一人一人の話を聞き分け、ちゃんと指示を出しているのである。 「以上だ。早々にかかってくれたまえ。」 社長のその一言で、呆然と立ちすくむマヤの前を、5人の重役たちは書類を抱えてさっさと通り過ぎていった。 嵐が過ぎた後、真澄は社長室の入り口に立つマヤに気がついた。 「どうした?ちびちゃん。そんなとこに突っ立ったままで。オレの顔に何かついてるか?」 「い・・・いえ。あの・・・社長は本当に人間ですか?」 「はぁ?」 今度は真澄が呆然とする番だった。 「冷血漢とか鬼とかは言われたことはあるが、人間じゃないなんて言われたのは初めてだな。そうか、人間じゃないか。こりゃいい。君は本当におもしろいコだね。」 そう言ってまた真澄は笑い出してしまった。 「また!そんなに笑うことないでしょう!あんまりもすごい仕事ぶりだから、感心しただけじゃないですか!」 マヤは乱暴にコーヒーを机の上に置くと、真澄の笑いを背に受けながら社長室を出た。 すると、そこにはいかにもお嬢様といった風情の女性が優雅に立っていた。 「真澄様は中においでかしら?」 5.9.2003 |
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