初☆体験物語 1
written by kineko
「今から、行こうか?」
「えっ?何処に?」
「何処って、ESCAPEだよ。この前言っていただろう。行きたいって。」
「えええ?速水さん連れってくれるんですか?」
「ああ、君が行きたいのなら、何処へでも連れて行くさ。さぁ、行こう。」
そう言って速水さんはスーツの上着をはおり、私の肩に手をかけて社長室を後にした。
「ああ、水城くん、後は任せたよ。」
「社長、一件用件が入っておりますが、どう致しましょう。」
「急用かね?」
「はい。あの……」
珍しく水城さんは言いよどんでいた。ちらりと私の方に視線が向く。私に聞かせたくない類の話なのだろいうか…
「あっあたし、先に車で待っています。」
ぺこりとお辞儀をし、秘書室を後にした。



「何の用事なのかなぁ。こんな時間に……」
時刻は9時を少し廻ったところだった。
「あれ?プール、まだ開いているのかな?っていうより、水着持ってないよぉ。もう、速水さんっていっつも突然なんだから!」
誰もいないエレベーターの庫内で、目の前にいない速水さんに文句をいってみた。
「この前だって、ケンカの仲直りしに行っただけなのに。ケーキ、一緒に食べようって思ってただけなのに…」


『ケーキは後で一緒に食べよう。でもその前に…君を食べたい。』


その後の出来事は思い出すだけで顔が真っ赤になってしまう。
と、いうより自分の許容範囲を超えた出来事で、所々意識が飛んでしまっているというのが正解だ。
朧気に覚えている事。
速水さんの濡れた髪が素肌に触れる冷たさと、普段と違う熱さをもった唇。
壊れ物に触れるかのような優しさ、羽で撫でているような、軽やかな愛撫。
時間を掛けて少しずつ少しずつ、あたしの知らない、あたし自身の中に潜む女を引き出していってくれた。
充分過ぎるほどにあたしを可愛がってくれた後、少しの躊躇いと共に速水さんに尋ねられた。
「君の中に入りたい。」
あたしはただ、コクンと頷くのが精一杯だった。
それから…… 

ブゥンと体が沈み込む感覚の後、エレベーターのドアが静かに開いた。熟したトマトのような真っ赤になった頬をパチパチと叩きながら車の方へ向かった。







「すまない、待たせたな。」
車の傍らで待つあたしの元に速水さんは駆けてきて小さくキスをしてくれた。
「さ、行こうか。」
「あの速水さん。」
「ん?なんだ。」
「水着、持って着てないよ。急に言うんだもん。それにこんな時間に開いてるのかな?プール。」
「水着はこれから買いに行く。」
「えーっ!?お店開いてるの?家に帰って取ってくるよぉ。勿体無いし…」
「俺が買うんだ。それとも貝殻ビキニでないとダメか?」
「そうじゃないけど…結構可愛かったんだよ。白い貝殻がアクセントについてるの。」
「なんだ、貝殻だけのビキニじゃないのか?」
「☆#*●なっなん!そんなんじゃありません!!もう!オジサンな発想なんだから。」
「マヤが着たらなんでも可愛いよ。」
耳元に口を近づけてこう付け足された。
「何も着ていない方がもっと魅力的だがな。」
頭の中にはこの前の夜の事が瞬時に蘇ってきた。


ベッドサイドの灯りだけがぼんやりと照らす室内で、何も纏わない速水さんと、あたし。
羞恥で消えてしまいたくなり体を丸めようとするあたしの手を少々乱暴に掴み上げ、白く浮かび上がった肌を速水さんは眺めて囁いた。
「綺麗だよ…マヤ。」
掠れたその声は今までに聞いたことのない、男の色香漂う妖しげな響きを持っていた。体の奥がざわめくのをあたしは感じた。それの意味する事も知らずに……体のほうが素直に反応していった。


ボッと火がつくように顔が赤くなったんだと思う。それを見て速水さんは何か察したようにニヤっとする。
「速水さんのエッチ!」
「男はみんなエッチですよ。」
「ああ!開き直った!」
「マヤの前では素直になろうとしてるんだよ。」
「―――ありがと。えっと……えっと……好き。です。」
へへっと笑ってみる。
「あたしも素直になってみました。」
そういって頭を掻くあたしを速水さんはぎゅうっと抱きしめてくれた。
「くるしいよぉ。速水さぁん。」
「好きだよ。マヤ。愛してる。」

―――-幸せすぎて天まで昇ってしまいそうなくらい舞い上がっていた。






店の扉を開けると、速水さんと同じ位の年の女性が声を掛けてきた。
「あら、珍しい。開店のお祝いを頂いて以来ね。速水さん。」
「ご無沙汰してすみません。あいかわらず、お綺麗ですね。」
「まぁありがとう。社交辞令でも嬉しいわね。」
「お世辞ではありませんよ。貴女が輝いていらっしゃるからこそ、ここの服は着る人をも輝かせるのでしょう。」
「ほほほ。本当にお上手ね。で、今日はどうされましたの?」
「あそこにいるお嬢さんに水着をと思いましてね。」
「どれが、よろしいかしら?」
「そうだな、それとそれ。あとあっちのも見せてくれ。」
「はいはい。そうねぇ、奥から何点か持ってくるから待っていてね。」
「ああ、頼む。マヤ!こっちにおいで。」
オーナーらしき女性と親しげに話す速水さんにちょびっとヤキモチ妬いてしまった。それを知られたくなくて、少し離れて飾られている素敵な服の裾をもてあそんでいた。不意に速水さんに呼ばれ、急いで傍へと駆け寄った。
「はい。なんですか。」
「そんなに怒らないでくれ。」
「別に怒ってませんよ。」
「そうか。わかったよ。」
急に抱き寄せられてキスをされた。
「んっ!何するんですか急に!」
「キスしたいからキスしたまでだ。」
「時と場合を考えてくださいっ。」
「したいと思った時がその時だ。時間は取り戻せない。」
うっなんだか正論に聴こえてしまう………敵わないなぁ速水さんには。
「さぁ機嫌が直ったところで、選んでくれないか?お姫さま。」
「はい。どれにしようかな?」
形も色も様々で、可愛い物から、大人ぽい物までいっぱい並べられていた。でも、どれも自分のイメージとはちょっと違う気がしていた。一つ二つ手にとって合わせて見る。速水さんの方をチラッとみると、速水さんもなんだか違うって顔をしていた。
「ねぇ。やっぱり家に帰って取ってくる。あっでも、もう遅いし…また今度にしようよ。」
「また今度っていつになるか、わからないだろう。それに…」
「それに?」
「貸切なんて滅多に出来ないからな。」
「ええ!!!!貸切ぃ?」
速水さんのすることは、わかんない!どうしてあんな広いプール貸切にできちゃうのよぉ。
「実は、あそこのオーナーとは知り合いでね。閉館後に少し貸してくれっていったらOKしてくれたんだよ。」
「えっえっじゃあチケットは?買わなくていいの?」
先日桜小路くんから貰ったものは、丁重に返したのだった。
「マヤがそんなこと心配しなくていい。」
「えっでも…」
戸惑っているあたしを速水さんは抱きしめ言ってくれた。
「俺はマヤの喜ぶ顔が見たいだけなんだ。そんな顔はしないでくれ。」
「あ…ありがとう速水さん。」
「それに、無料で貸してくれたんだ。しかし…」
「しかし?」
「ただより怖いものはないってね。後からどんな無理難題ふっかけられるか……」
頭を抱えて悩む振りをする。
「ッぷ。ははは、おかしい!速水さんに出来ない事なんてあるの?なぁんでも出来そうなのに。」
「いろいろ、あるよ。君に告白するのにどんなに勇気がいったかなんて、君はしらないだろう。」
「それは…あたしだってすっごい決心して言ったんだよ!何度も!でも、速水さん、気づいてくれなくて…」
「すまなかった。まさか、君が俺を好きになってくれているなんて思ってもみなかったから…」
「速水さん…」
「マヤ。」
コンコンッ!!
壁をノックする音が聴こえ振り返るとオーナーが立っていた。
「甘〜いわねぇ。ごちそうさま。こんなカンジの物もあったけど、どうかしら?」
「あ、ああ。マヤこれはどうだい?」
「えっとえっと……あ!これがいい!」
深い海のような色のワンピースに丈の長い緑青の薄い生地のパレオがついていた。首の後ろのところでリボンを結ぶ形になっている。
可愛くってちょこっと大人っぽいカンジがした。
「ねぇどう?速水さん。」
「…素敵だ。マヤによく似合いそうだ。これをお願いします。YOYOさん。」
「YOYOさん?ふうん、名前で呼ぶんだぁ。」
「昔からの付き合いでね。もちろん仕事上のだ。」
「ねぇ、ああいう大人の女の人好き?」
「そうだな。チビちゃん、化けられるかい?」
「チビちゃんって言わないでっていってるでしょ!あたしだって大人の女になれますよ〜だ。」
「充分にわかってるよ。」
意味深に微笑まれてしまった。


やっぱり、敵わない・・・・・・・・






「さて、水着も手に入ったし、行こうか。」
さりげなく助手席のドアを開けてくれる。こういう仕草ってなんだかまだ見慣れなくって照れてしまう。運転席に乗り込んだ速水さんに、照れくささを隠すために、はしゃいだ声で聞いてみる。
「ねぇ、二人っきりのプールなんてどんなカンジかなぁ。人、たくさんいたほうが楽しくない?ね?麗とかに電話しようか?」
「俺は君と二人だけだったら無人島でも楽しめるぞ。」
「無人島?!きゃははは。速水さんとサバイバル生活なんて結びつかないよぉ。」
「意外となんでもできるからな。俺は。今度キャンプでも行くか?」
「ええ?無理だよ。あたし、ご飯、炊飯器でないと炊けないもん。」
「はははっ炊飯器なら炊けるのか?」
「ひっどーい!スイッチ入れるだけじゃない!それくらい出来ますよ!」
「くっくっく。」
「もう。」
車は夜の街を快調に進んで行った。窓の外の風景をぼんやりと眺めていると、速水さんに手を握られた。
「このまま何処かへ行ってしまおうか。」
「えっ……・」
速水さんの顔を覗き込むように見て、からかうようにこう言った。
「もしかして無人島?」
「――――ああ、それもいいな。」
「またまた冗談ばっかり!」
それには答えず、前をみて運転を続ける。


まもなく、ESCAPEに着いた。

――――ESCAPE。

その名前も意味深に見えてくる。

何かが起こりそう……、


そんなドキドキするような夜が始まる……。


6.28.2003


…to be continued







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