第2話




車は表参道ヒルズの地下駐車場へと停められる。
何を買うのかは、実際に店舗を周りながら決めようと言われたが、大体のブランドや店の候補は真澄の頭の中にあるようだった。ヒルズの外にもこの辺りはハイ ブランドの路面店が立ち並んでいるので、車はここに停めたまま廻るつもりらしかった。

「逆に速水さんがこれを贈りたい、みたいなのってないんですか?」

「バッグとかか?」

「って、今目の前にバッグがあったからバッグって言いましたよね」

真澄の視線の先を読んでそう言うと、バレたか、と真澄が笑った。
どうやら真澄は本当に若い女の子に対するプレゼントについて、皆目見当もつけていないようだった。

「バッグとか、毎日使うようなものって、結構、機能性とか重要なんです。あれが入ってこれが入って、肩にかけた時の長さとか位置とか、ポケットの場所、数。 人によってそういうの全部細かく違うし、自分で探している時もこれだ! っていうの中々見つからないし、それどころか、これだ! って思って買ったはず だったのに、実際使い始めてみたら、思ってたのとちがーう! とかもしょっちゅうで……」

真澄がじっとこちらを見つめる。結論を早く言え、と言っているのが分かる。

「え、えっと、だからバッグは難しいですよ。でも──」

否定するだけではダメだ。何か建設的な事を提案しなくては。そう思って、マヤは必死に言葉を繋ぐ。

「非日常で使うパーティーバッグとかならいいかも。機能性はほとんどいらないし、アクセサリーみたいなものだし。私だったら嬉しいです。持ってないし」

「よし、まずそれだ」

まず、という言葉が少し気になったが、まるで真澄が水を得た魚のように嬉々として歩き出したので、マヤは小さく吹き出すとその後ろを慌てて付いて 行った。





光り輝くビジューが全面を彩るクラッチタイプと、コロンとしたお菓子の箱に取っ手をつけたようなキューブ型のバッグ。全く違う二つのタイプで悩んでいる と、あっさりと二つとも買われてしまった。
値段はどちらも、マヤが現在住んでいるマンションの家賃の二倍はしていた。あっけにとられて、涼しい顔で会計を済ませる真澄の横顔を見ていたが、これは自 分へのプレゼントではないのだ、と今更ながら思い当たると急に気が楽になった。ついつい自分が真澄にお金を使わせてしまっているような気持ちになるが、そ うではない。真澄が勝手にお金を使っているのだ。
よく知らない、何もしないで遠隔操作で真澄を困らせる、マヤと同い年ぐらいの大切な女の子。
それは自分じゃない。気が楽になる一方で、寂しく思う気持ちも勿論あった。なぜなら自分の誕生日も、もうすぐそこまで来ているからだ……。


すぐ隣の店では服を試着させられそうになる。

「服ですか? サイズとか分かるんですか?」

「大体、君と同じだ」

何でもないふうにそう言われたが、一抹の不安が過る。

「身長の話ですか? 同じ位チビだって事なんでしょうけど、意外に体重とか分からないだろうし、胸とかだってきっと全然違いますよ」

「胸?」

買い物を失敗させたくないあまりに、つい必死になってそんな事まで口走ってしまったが、また余計な事を言って言葉尻を拾われてしまった。冷や汗が出る。

「い、いえ……、あの、と、とにかく服は危険なんですってば」

「大丈夫だ。ほんとに大体、君と同じなんだ」

取り乱す自分とは対照的に、真澄のそれはとても落ち着いていて、こんなに心配している自分が馬鹿らしくなる。

「もう、ほんとに知りませんからねっ! 後で入らなかったとか、着られなかったとか、似合わなかった、とかノークレームノーリターンですよ!」

心の中のモヤモヤを誤摩化すように、言葉をわざと荒げる。

「大丈夫だ。責任は全て俺にある」

その一言にマヤは諦めたように大きな溜息を一つ吐くと、真澄が選んだドレスを受け取り、ドレッシングルームへと向かった。

「こっちの黒いドレスはシックで大人っぽくて素敵だし、こっちのシャンパンゴールドは顔色が明るく見えていいと思います」

「じゃぁ、両方」

まるでスーパーでリンゴとみかんを両方買うような気軽さで真澄は言う。

「か、買い過ぎじゃないですか?」

「両方気に入ったのだから構わないだろ」

そうだった。これは自分へのプレゼントではない。遠慮する必要もない。真澄が買いたければ勝手に買えばいいのだ。そもそも自分がそんな心配すること自体、 お門違いだ。
乱暴にそう何度も言い聞かせる事によって、マヤは戸惑う気持ちを必死で押し戻した。
しかし真澄がJIMMY CHOOの靴を選び始めた時、さすがに叫ぶ。

「速水さんっ! 靴は絶対やめたほうがいですってば。足の形ってほんとに人それぞれだから──」

「君、サイズは?」

「23cmですけど……って聞いてます? 人の話──」

「同じだ。大丈夫だ」

「お、同じって……、そんな雑な選び方じゃダメですよ!」

「雑じゃない」

そう言って、いつの間にか腰掛けさせられたオットマンの前に真澄は軽くひざまずくと、まるでシンデレラにガラスの靴を差し出す王子のように、選んだ靴を履 かせようとする。

「君が選んでくれれば、雑にはならない」

硬直したままのマヤの脚にそう言って触れると、もう一度履くようにと、ABELという名の美しいブラックシルバーのグリッターが輝くパンプスを差し出し た。
自分はシンデレラではないし、この靴の持ち主になるべき人間でもない。それなのに、まるで魔法のようにその靴は、ピタリとマヤの足に吸い付いてフィッ トする。

「ぴったりだ」

嬉しそうに真澄が笑った。その笑顔の眩しさに、マヤは思わずそっと目を伏せる。高揚する気持ちと、これは本来自分に向けられる笑顔ではないとたしなめる気 持ち、その両方が胸の奥で奇妙な渦を巻いて苦しくさせた。






「これが最後の店だ。安心しろ。も うすぐ解放してやる」

気後れする気持ちと、先程から胸を苦しくさせる複雑な想いが顔に出ていたのかもしれない。それを疲れと察した真澄のその言葉に、そうではないのに、という 思いが口をついて出そうになる。
買い物は苦手だけれど、真澄とあれこれ言い合いながら選ぶ作業は楽しかったし、プライベートの真澄の姿を見る事だって楽しかった。そもそも一緒に居る時間 そのものが、宝石のようにずっと輝いていた。そう、まるでこの目の前のジュエリーショップのように……、と勝手に彷徨った己の妄想にマヤは愕然とする。
それは超高級ジュエリーブランドのHARRY WINSTONだった。

「は、速水さんっ! こ、ここ入るの?」

驚いて入り口の手前で棒立ちになるマヤを、真澄が訝しげに振り返る。

「やはりこういうのは恋人でもない男に貰ったら困るだけか?」

「い、いえ……、あのそういう事じゃなくて。誕生日プレゼントにダイヤモンドはちょっと高級過ぎませんか?」

上手く言葉を濁したが、高級過ぎるというよりも、婚約指輪の代名詞のようなハイブランドのジュエリーショップでいったい真澄が何を買おうとしているのか、 恐れをなしたのだ。値段だって、一瞬ショーウィンドウに目をやったが、0の数を正確に数えられたか分からない。先程まで買っていた靴やバッグも充分に高 かったが、さらにそれより0が一つ二つ多いのだ。

「まぁ指輪はさすがにないと俺も分かっている。困らせるだけだ。ネックレスやイヤリングだったらどうだ?」

どうだ、などと自分に聞かれても困るのだ。そんな事は、真澄を困らせるその人に聞けばいい。

「は、速水さんの好きにすればいいと思います……」

言葉に詰まるあまり、俯いてそれだけ言うと、穏やかに真澄がそっと肩を抱いて店内へと促す。
恭しく礼をするドアマンに迎え入れられ、店内に一歩足を踏み入れると、悪い魔女に悪い魔法をかけられた場合、どうやってそれを解けばいいのだろうか、そん な事がマヤの脳裏にぼんやりと浮かんだ。



2015.2.16





…to be continued






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