第6話







※以下、引き続きR18です。18歳以上の大人の方のみお楽しみ下さい。
読後の苦情など一切受け付けません。自己責任でお願いします。
























 硬く強ばったものが柔らかなものに包まれ、温められていく中で、どれほど自分が日々の生活の中で尖っていたのか、剛鉄の鎧で武装して生きていたのか思い知らされる。その鎧が剥がれ落ち、生身の自分が顔を出す。
 異常なストレス、過剰な仕事量、そのどれもこれも当たり前だと思って生きてきた。自分が本当に欲しいものが手に入らないのであれば、それ以外の何かでこの空虚な人生を埋めるしかなかったからだ。

 そんな中で、間違った手順で手に入れた、本当に欲しかったもの──。
 そのあまりの心地よさに真澄は目眩がする。快楽だけではない、そんなものでは片付けられない何かが、今自分を包んでいる。
 この中に永遠にとどまりたいと思う一方で、何もかも吐き出してしまいたい衝動にもかられる。

 激しい抽挿の最中に、真澄のくぐもった声が漏れる。

「どうしてこんな……」

 ここまでだとは思っていなかった。これほどまでに甘美で、それでいて猛り狂うほどに自分を煽る存在を真澄は知らない。今まで自分が経験した何もかもと、 あまりに違った。喉が焼けるほどに焦がれた相手を手に入れてしまう事は、実はとんでもない代償を自分は払わせられるのかもしれない。そんな事すら脳裏をよ ぎる。

 中毒だ──。
 マヤの存在自体が自分にとっては中毒なのだ。味わうごとに、一秒ごとに、おかしくなる。

「あっ……、あっ……ん」

 真澄の思うままに揺さぶられている存在の純粋な瞳が、次第に情欲で潤んでくる。その愉悦に染まりつつある瞳が、更に真澄を煽る。

 自分がこんなふうにしている──。

 その事が真澄に確かな満足と、更なる飢餓を与えるのだ。もっと、もっと滅茶苦茶にしてやりたい、そんなどうしようもない衝動が後から後から溢れてくる。
 よそ行きの仮面をかなぐり捨て、マヤが自分に対して抱いている紳士的な幻想の全てを叩き毀し、犯してやりたい──。そんな悪魔のような欲望が、自分の体 の奥に確かにある。勇ましい角度で勃ち上がったもので、最奥まで穿ち、マヤの悲鳴を掻き分け、何度も何度も突き上げ、よがり狂わせてしまいたい。そんなド ロリとした衝動がどす黒い血のように、自分の体の中には確かに流れている。

 誰よりも大切に想い、誰よりも慈しみ、誰よりも愛するかけがえのない存在。どんなことをしても守り抜いてやると誓った存在。
 その一方で、自らのこの手で破壊の限りを尽くして地獄の底まで犯してやりたいという、この相反する二つの矛盾を自分の中に抱えている。手に入れられないのであれば、いっそ欲望の全てで壊してしまいたいという衝動。
 こんな気持ちとは一生向き合わなくて済むと思っていた。こんな狂った愛情を誰が理解してくれるというのだ。一生、自分の胸の奥底で朽ちるまで眠らせておくはずのものだった。

 けれども北島マヤという存在はそれを許さない。
 真澄の中に眠っていたそんなおぞましい欲望すら、引きずり出しにくる。まるで獰猛な野獣を檻から放つように。そんなことをしたら、自らも噛み殺されるかもしれないというのに。それでもその純真な体と眼差しを無防備に真澄にさらけ出す。

 自分は速水真澄という人間を信用していた。自制と冷静さをいつでも取り戻せる人間だと。頭も体も、必ずコントロール出来ると自負していたし、そのように育てられたはずだった。──とんでもない誤算だ。

 たがが外れそうになる自分を必死で飼い殺しながら、真澄は腰を打ちつけているとマヤの手が伸び、真澄の前髪に触れる。

「怒ってる……の?」

 乱れた前髪の向こうの真澄の表情を読み取ろうとしている。

「まさか──」

 驚いて絶句する。

「怒ってるみたいで、苦しそうだったから……。私が何も出来ないから、怒ってるのかなって……」

「そんなわけあるかっ!!」

 その口を塞ぐように真澄は激しく口づける。自分の中の悪魔がこれ以上顔を出さないよう祈るように。

「私は大丈夫だから……、速水さんの好きにして……ね?」

 何もかも見透かされているような気持ちになる。全てを分かった上で受け入れてくれようとしていると信じたくなる。

「俺はずっと好きにしている」

「ほんと?」

「ああ──」

 そう言ってマヤの表情が一際苦悶する箇所を押し上げる。

「んっ……、あっ──、すご……い。速水さん、もっと、もっと……して……」

「ああ、いくらでもしてやる。君が欲しいだけくれてやる──。そのために俺はいる──」

 律動が激しさを増す。止める事など出来やしない。その行き先が天国であろうと、地獄であろうと、もう構わない。
 生まれてから今に至るまで抑圧され続けた全てを吐き出すまで、終われないのだと真澄は悟る。猛り狂った雄茎をためらうことなく真澄は打ちつける。白く柔らかな肢体が、真澄の下で激しく揺れる。

 はち切れんばかりに膨張した真澄の灼熱が、一際深くマヤの奥処を刺す。桁外れの快楽に痺れたマヤの悲鳴の数秒後に、真澄自身もついに抑圧され続けた己の全てを吐き出す。

 恐ろしいことに全てを吐き出してもなお、その灼熱の塊は熱り立ったまま、僅かな情熱すら失わずに真澄の元に残った……。







「なんて……ことだ」

 激しい息遣いの中、掠れた真澄の声が耳元で囁く。その言葉の意味を考えようと思考が彷徨った瞬間、遮るように甘く唇を塞がれた。
 
 真澄の鍛え上げられた胸筋は汗で濡れ、荒い呼吸とともに上下している。乱れた前髪が額に掛かり、途方もない色気を醸し出していた。
 その指先が優しくマヤの乱れた額の前髪を掻き分け、何度もキスを落とされる。髪に、額に、頬に……。ほんの数十秒前までの荒々しさと激しさの余韻に包まれながら、お互いの上がりきった鼓動が肌を伝って行き来する。
 そっと後ろから抱き締められる。その温もりにふいに涙が零れ落ちそうになる。がっしりとした体躯に包まれているだけで、例えようのない安心感が広がっていく。
 真澄の指先がゆっくりとマヤの髪の間を行き来する。そうやって振り切れた鼓動が徐々に正常値を取り戻すのを待つかのように。

「大丈夫か?」

「あっ、はい……、大丈夫……です」

 何もかも大丈夫だとは思えなかったが、今生きているということは大丈夫と言える訳で、そう言う以外にマヤは言葉を知らなかった。

「そうか……、俺はあまり大丈夫じゃないな」

「え?」

 意外なその言葉に驚いて、マヤは慌てて真澄のほうを向く。冗談を言うようなからかう表情の真澄と目が合うかと思っていたが、そうではなかった。真っ直ぐな真剣な眼差しがこちらを見ている。

「悪いがもう手放してやれない」

 言っている言葉の意味が分からず、マヤは薄く唇を開けたまま、黙ってその言葉の続きを待った。

「抱いてみて分かった。君を手放すことなど到底出来ない。もう離すつもりはない」

「あ……の、言ってる事の意味が……。それって……、どういう意味なんですか?」

 正体不明な何かに飲み込まれそうになりながらも、必死にマヤは抵抗を試みる。そんなわけない、あるはずない──。否定の言葉を脳裏で叫びながら。

「君を俺のものにするという意味だ」

「どう……して?」

 何の意図があって、あるいは何のメリットがあって真澄がそんな事を言うのか理解出来ない。当たり前の心の疑問の欠片が、マヤの口からこぼれ落ちる。

「どうして? そんなのは──」

 一瞬、声を荒げかけた真澄が息を止める。発しかけた言葉の意味を今一度自分の中で確かめるかのように。

「愛しているからだ」

 マヤはひゅっと息を吸い込んだが、僅かに動いた舌が言葉を発することはなかった。

「君を愛している。君なしで生きていく方法が分からない。それほど君を必要としている。──愛しているんだ」

 噛み砕いて言い聞かせるようにもう一度真澄はそう言った。

「う……そ……」

 やっと零れ落ちた言葉は、知らない場所に放り込まれ途方に暮れる子供のように小さな声だった。

「ずっと君を愛していた。だがそれを愛だと認める事から逃げてきた。愚かだったよ。手に入らないのであれば壊してしまいたい、そんなサディスティックな感情すら俺の中にはあった。君を滅茶苦茶にしてしまいたいと本気で思ったぐらいだ。だが……」

 そこで真澄は一度目を瞑ると、大きく息を吸った。体中に散らばった想いをもう一度掻き集めるかのように。

「それも愛だと認めた瞬間、救われたんだ」

「いつ?」

「ついさっきだ」

 猛り狂う真澄に翻弄され、まるで嵐の中、取り残された木製のボートの中で木っ端みじんに砕け散る未来に放り出されるとばかり思っていた。目覚めた時、この夜の代償は自分の肩に重く伸し掛かるのだろうと。
 真澄も嵐の中にいたなどと思いもしなかった。助けを求めて自分の名を呼んでいたなど、どうして想像出来ただろう。

「私も……、あなたが好きです」

 一生言えないと思っていた言葉は、木の葉から朝露がこぼれ落ちるように、自然とマヤの口をついて出た。

「あなたが好きで、好きで……、どうにもならないこの想いごとあなたに抱いて欲しくて、こんな無茶なお願いをしました」

 驚いたように真澄が目を見開いてこちらを見る。

「昨日の夜、六本木の路上で速水さんを見た瞬間、速水さんの姿だけ雪の中で浮き上がって見えて、まるで私の為に現れてくれたみたいで。きっと誕生日の夜に神様がプレゼントしてくれたんだって……」

 数時間前の孤独を抱え込んだ自分を思い出し、マヤの目から涙がこぼれ落ちる。

「だから今日だけなんだと思ってました。誕生日が終ったら解けてしまう魔法なんだろうなって」

 マヤは真っ直ぐに真澄を見つめ返す。

「今日だけじゃない? ずっと……ですか?」

「ああ、ずっとだ。ずっと君を離さない」

 そう言って、真澄は世界を掻き抱くように強くマヤを抱き寄せる。彷徨い続けた二つの孤独な魂が、ようやく一つに溶け合う。二度と離れる事などないように……。




 その夜、二人は何度となく求め合う。ようやく一つになれたお互いの形を確かめ合うように。息も出来ないほどの濃密な交わりを、気が遠くなるまで繰り返した。鎮まる事のない真澄の情熱が、それを可能にさせる。
 ようやく愛を口にすることが許された二人の迸る想いが絡み合い、より深い層へといざなう。肉体の芯が解放され、そこにはただ、途方もない快楽と幸せが二人を待っていた。

 真澄の果てのない激しい情熱を、マヤはただ深く受け止める。世界中の他の誰にも出来ないやり方で。もはや自分たちはお互いを求めることをやめられないのを二人は悟る。離れることなど到底出来ないと……。

「マヤ……、俺の全てを君に捧ぐ」

 夜明けが近づく頃、ついに真澄はそう言って、己の愛情の全てを解放した。




 翌朝、東京一帯は白銀の世界となる。
 一晩中降り続いた雪が、世界の全てを変えていた……。
 




 2018.3.5



…to be continued


 












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