30 AND THAT'S ALL ...?(それでおしまい) 
"いつかこの道の続く場所で…… 3"
written by 杏子
「甘えたことを言うな」

もう一度、耳元を殴られるような言葉が確かに響いたかと思うと、今度は凍ったはずの全身が、一気に熱くなる。作ったわけではない本心からの、信じられないという表情で、マヤは真澄を見る。マヤの瞳の中が激しく揺れる。

「は…やみさん?」

信じられず、意味もなく、真澄の名前を呼んでしまう。

「それが、女優の仕事だ」

真澄の声が低く響く。

「速水さんは、この人の言ってることが正しいって思うの?」

思わず、頭の悪そうなことを言ってしまう。分かっていて、子どもじみた、馬鹿げた反応を示してしまう。言いたいことは、こんなことじゃない、こんなことではないのに……。
そんなマヤの気持ちを見透かしたように、真澄は答える。

「正当な批評も、不当な批評も、どちらが正しいかなんて、誰も決められない。決めるのは君だ」

マヤは分からないというように、眉間に皺をよせると、真澄を見つめ返す。けれども、返す言葉は見つからず、真澄の次の言葉をただじっと待つ。

「いいか、君の芝居を観ているもの、君そのものを女優として観ているもの、その数は君の想像など及ばない数だ。君にとっては、毎回舞台に立つたびに、その場内に座っている客が、君の思う客の全てだと思ってる節があるようだが、実際はその数百倍もの人間が日々、君のことを見ている。君に自覚はなくとも、みんな君を見ているんだ」

真澄の言葉は、揺るぎなく強く、はっきりと紡がれていく。マヤはその強い厳しさに、呆然と耳を傾ける。

「その全ての人間が、君に対して100%好意的な目で見てるとでも思うのか?」

そのすでに答えが決め付けられたような問いに、マヤは小さく首を左右に振る。

「女優としての君の成功も、君の人気を高める一方で、多くの人間の反感を買うことぐらい、君だって想像できるだろう。
君の人格は関係ない。君という人間さえも関係ない。ただ、君のことを嫌う、そういう人間もこの先、いくらでも現れるということだ。そして、この世界では”言われるうちが華”という風潮がある。いい噂にしろ、悪い噂にしろ、全ては君がこの世界で、確実に息をしている証拠だ」

その落ち着いた口調と、言われている内容の衝撃が結びつかず、マヤは脳が酸欠になったように苦しくなる。

「人の意見を聞くことは大事だ。聞ける意見は、きちんと聞け。だが、聞いたら自分が壊れてしまうような意見は、聞くな。耳を塞げ。
そして……、忘れろ。
残念だが、それ以外にこの世界で生きていく道はない。
それが、女優の生きる道だ……」

カタカタと奥歯が音を立てる。言葉も出ないほどに、自分は震えていることにマヤは気づく。

なぜ、震えるのか?

 ━恐怖心から。

何に対する?

 ━こんなとこまで来てしまった、自分に対して……。



「ただ、お芝居がしたいだけなのに……。好きだから、お芝居がしたいだけなのに、それだけじゃ、ダメなんですか?」

今にも最後の支柱を失って、崩れ落ちてしまいそうな声でマヤは言う。

「君はよくても、世間はそれを許さない。君はそういう世界に生きているんだ」

静かに真澄の言葉が落ちてくる。心の真中に落ちてくる。

真澄の言っている言葉の全てが正しかったとして、それを頭では理解したとして、それでもマヤは訳のわからない闇に飲まれる自分を感じていた。
恐ろしい、光のない、底のない、出口のない闇に……。






「それで、マヤちゃんの反応は?」

会議の合間、空いた30分の時間を利用して、決算書類の整理に入る真澄に、濃い目のコーヒーを差し出すと、水城は尋ねる。一瞬、真澄の書類を弄る指が止まる。

「予想通りだ。大したことないではとても片付けられない程度には、動揺している。
女優の才能はあっても、女優としての自覚がなかったマヤだ。仕方ない」

真澄の言葉を頷くわけでもなく黙って聞くと、水城は少し厳しい口調で言う。

「何もかも計画通りだと、仰りたいようですが、これも計画のうちですか?」

そういって、発売されたばかりのいくつかの週刊誌を真澄によこす。
つい最近まで、こぞってマヤを誉め、そしてその私生活に少しでも近づきたいとやっきになって、取材攻防を重ねていた雑誌が、一斉に一つの方向を向いたような見出しだった。



”ぷっつん女優北島マヤ!!ついに、切れた?!”

”赤ちゃん芝居!仰天の3時間!!”

”女優の自覚ゼロ?!切れまくり、北島マヤ、舞台裏!スタッフが証言!”

”一般常識完全欠落女優、北島マヤ!驚愕のその実体!!”



(ついに来たか……)

吐き気を催すような嫌悪感を指先から迸(ほとばし)らせながら、真澄は乱暴にページをめくる。
内容としては、どれも憶測でものを言っているだけの、非常にくだらない種類のものではあったが、こう一斉に全てが同じような内容を伝えると、それなりに一つの現象として真実を伝えているような空気を帯びてくるから、不思議だ。

先日発売された雑誌のマヤの陽子像に対しての酷評について、通りすがりのインタビュアーに意見を求められたマヤが、ほんの一言

「全ての人を納得させるお芝居なんてありません。私は私の陽子を精一杯演じるだけです」

実際には、このあと、

「それについて、好き嫌いがあるのは当然だと思いますし、それについて議論されるのも、女優として当然のことだと思います」

と明瞭に述べたのだが、その部分はもちろん、切り取られ、冒頭の部分だけが一人歩きする。結果、

”北島マヤ、評論家M氏に逆切れ!”

などの見出しが躍りだし、ついには日頃から膨れ上がったマヤの人気を嫉むものが、格好の餌食とばかりにこの騒ぎに飛びつき、あっという間に、俗に言うバッシングが始まったのだ。

「計画通りではない。ただ、予想通りなだけだ」

少しも動揺してないふうに、真澄は言う。

「今も昔も、芸能界の仕組みは同じだ。一度痛い思いをして、勉強すれば分かることだ。
ただ、それを勉強と取れるか、失脚ととるかは、人によるがな」

鋭く目の奥を光らせて真澄は言う。

水城は思う。
今この瞬間、耐えているのは、そして実体のない、けれども圧倒的な力で押し寄せる黒い影と戦っているのは、マヤだけでなく、真澄でもあるということに。そして、それがどれほど真澄にとって、刺の生えた縄で自らを縛るほどの苦痛を与えているか、ということに。

「マヤちゃんは、どこまで真澄さまのその真意を分かっているのですか?」

真澄の眼球から一瞬、力が抜け、黒目がさまよう。

「さぁな……。分からん。
ろくに慰めもせず、厳しいことばかり怒鳴り散らしている。いつ、見限られてもおかしくないぐらいだ」

自嘲的に笑う。笑いながら、書類を扱う指が、ふと空中で迷う。

「憎まれ役は慣れている。俺は、あの子のためなら、悪魔にもなる。
これが、俺のやり方だ……」

指先からパサリと落ちた一枚の紙を、真澄は虚ろな瞳で見つめていた。



2003.7.13



…to be continued










30 Stories top / index/next