あさきゆめみし2
written by プチャ
 真澄のお陰で、紫織の病状は快方へと向かった。 あの夢も、その日依頼見てはいない。
それどころか、夢は自然と、物語の先へと進んでいた。
何処から、さざなみの音が聞こえ、紫織はゆっくりと目を開ける。
都の邸宅にも引けを取らぬほど、しっかりとした造りのその屋敷は、どうやら海の傍に建っているらしい。

「姫や・・・姫や・・・」

父である鷹宮社長に瓜二つの僧侶が、御簾をくぐり自分の元へとやって来た。

「お父様・・・・!」

現実の世界において、父の坊主姿など、中々お目にはかかれない。

暫し目が点になってしまう。

「どうしたのじゃ・・・何か、わしの顔に付いているのか?」

「あっ・・・いえ、なんでもありません」

何気なく込上げる可笑しさを堪える為に、そっと、下へ視線をそらす。
だが紫織はこれにより、自分が『明石の御方』と言う女性になって居ることがすぐに理解できた。
この人物は、『源氏の君』の恋女房である『紫の上』に肩を並べるほどに寵愛を受けた女性である。
父であるこの僧侶は『明石の入道』という人物で、その昔、都でかなりの役職に就いていたのだが、ある日突然、住吉の神のお告げを聞き、全てを捨ててこの明石に家族と共に移り住んでいた。
『都を追われてやって来る、さる高貴な人物と、娘を結婚させれば、生まれてくる娘は やがて皇后となるであろう』
このお告げが今まさに、実行されようとしている。

「姫、貴方がどんなに拒もうと、これは神のお告げなのだ。 もうこれ以上あの御方をお待たせするわけには参らん。 今宵、こちらへ御通しするので、そのお心積もりで・・・」

『明石の入道』は最早、聞く耳なぞ持たず、と言った見幕で出て行く。
紫織は、やがて迎える『源氏の君』との夜に、胸が高鳴る思いだった。
夢と言うのは便利な物で、何気なく辺りを見渡すと、既に夜の帳が下りて薄暗い。
その時、盛んに泣いていた虫の音がふと止まり、何処からとも無く、甘い香りが漂う。

「今宵は、筝の音色は聞かせていただけないのですか・・・・?」

いつの間にか、御簾の向こうに、真澄である『源氏の君』がいた。

「長く貴方を思いつづけてきた私に、お声なりとお聞かせくださいませんか・・・?」

そう言うと御簾をあげ、中へと入り、二人の距離は几帳を挟むのみとなった。
紫織は怖くなり、次の間へと逃げてしまう。
別に『明石の御方』になりきった訳ではない。 ただ、純粋に思っていた。
『人を愛する事の辛さを・・・・』
窓から身を乗り出し、下を望む。
そこにはただ、月明かりに照らされて、青く光る海があった。
このまま身を投げてしまえば、こんなに不安になる事も、無いのかもしれない。

「あの方を好きになってもいいのかしら・・・・」

すると、後ろから声がする。

「待って・・・人を愛する事を恐れないで・・・」

振り向けば『源氏の君』がそこに居た。
前に『六条の御息所』として付き合っていた頃の、幼いの面影は無くなり、今まさに青年の盛りを迎え、見とれてしまうほどに、美しい姿だった。
右手を差し出し、そっと囁く。

「さあ、おいで・・・」

もはや二人の間に言葉は要らなかった。
その慈愛に満ちた微笑になすすべも無く、紫織は『源氏の君』に身を委ねた。

「恐れないで・・・私たちはこうなる運命だったのだから・・・」

愛される度に、不安が消えていく。
暫く二人は、仲睦まじく暮らしていた。
その幸せの最中でも『源氏の君』の『紫の上』への愛は揺らぐ事無く、続いていた。
この物語を全て理解している紫織にとって、歯がゆい事ではあったが、目が覚めても紫織は心の底から幸せで満たされていた。
この夢を見始めてから、三人目でやっと、相思相愛になれたのである。
だが、疑問も無い訳ではなかった。

「なぜ、紫の上ではなく、明石の御方なのだろう・・・同じ紫と言う字を持っているのに・・・」

確かに、二人を比べてみても、『紫の上』がいい。
少し前の紫織なら、『もしかしたら、北島マヤがこの役を演じているのかもしれない』などと思ったところだが、それを否定できる根拠を今回は持っていた。
『紫の上』は『明石の御方』より一つ年うえであり、現実の世界ではマヤより自分が年上であるため、この設定では無理と思っていた。
時がたてば自分がその役を演じる事になるかも知れないし、現実の世界では真澄との結婚は支障も無く進んでいたので、さしてこだわる事も無かった。






後日、北島マヤと姫川亜弓の二人が、梅の谷に居た月影千草の元での稽古を終えて、東京へと戻り、真の紅天女を決める試演までの間に差しさわりの無い日を選び、クイーンズホテルで婚約披露が行われた。
この時、ちょっとした騒動が起こる。
突然、北島マヤが会場に現れ、持っていたシャンパングラスを落としてしまう。
何事があったのかと、人々の視線が集まり始めた時、マヤはもじもじしながら二人に近づいて言った。

「お・・おめでとうございます・・・・お幸せに!」

ただ一言告げるとすぐに走り去っていく。
その時紫織は、マヤの瞳が涙で潤んでいた事を見逃してはいなかった。

「・・・・・マヤ・・・!」

真澄が姓ではなく名前で呼んだことに紫織は驚いた。
幸い、それは周りの声に、掻き消されるほどに小さかったが、隣にいる真澄は激しく動揺し、顔色が悪く、今にでも追いかけていきそうな素振りだ。

「真澄様・・・!」

紫織は、添えていた真澄の腕にそっと力をこめる。
それが功をそうしたのか、真澄はふと我に返り、その後、婚約披露は無事に滞り無く終了した。
夜、そんな事があったせいなのか、紫織は中々寝付くことが出来なかった。
そこで仕方なく、医師から処方されていた睡眠導入剤を服用し、ようやく眠りにつくことが出来た。





また夢を見た。
自分は『明石の御方』のまま変わる事無く、真澄である『源氏の君』との子『ちい姫』
(後の明石の中宮)をもうけており、都へと戻った『源氏の君』の後を追い、京へと向かう。
ようやく親子三人、仲良く暮らせると思っていても、この先に悲しい別れが待っていることを紫織は知っていた。
『ちい姫』は将来のことを考えて、正妻である『紫の上』に引き取られる事が決まっていたからである。
別れの日の朝、何も知らない姫は、あどけない笑顔のまま『源氏の君』に抱かれ、去っていく。
知っていたとはいえ、それは魂を引き裂かれるほどに切ない悲しみだった。
このまま目が覚める事は無いのかもしれないと思うほど、随分長い時を過ごしていた気さえする。

「お方様、嬉しいお知らせです」

傍に来た女房の弾んだ声に、紫織は顔を上げた。
気が付けば十余年の年月も経たのであろうか、見慣れた女房達が一応に歳を経ている。
自分の母に至っては、黒かった髪も白く変わり、『明石の入道』の死後、出家をし、尼になっていた。

「姫様の、春宮様へのお輿入れが決まったそうです」

皆は涙を流し、この知らせを喜んだ。
その夜、久しぶりに『源氏の君』会う事が出来た。
真澄の写し身である彼は、前に見た青年の盛りの頃に比べ、溌剌とした若さは無くなりつつあったが、逆にそれが、落着いた気品を与え、更に魅力を増している。
そして物語そのままに、紫織に言った。

「長い間、よく辛抱してくださいましたね。 これからは姫の傍へ女房としてあがり、末永く付き添ってあげてください」

いくら夢の中とはいえ、十余年も離れていた我が子に逢うのは何よりも嬉しかったし、楽しみであった。
そして『紫の上』に会う事も・・・・・
自分が知っている人物ではその役にはまりそうな年上の者はいない。
きっと、祖父から貰った、あの二人の絵の女性が、そのまま演じているのだろうと思っていた。
いや、もしかしたら合わせ鏡のように、自分が演じているのではないか、とさえ考えてしまう。
それもこれも、真澄がはっきりと自分の口で、妻にすると言った事が、紫織に今までに無いほど大きな自信を与えていた。

 翌日、紫織は広大な「六条の院」と呼ばれる屋敷の中で、『紫の上』のもとを自ら訪れる。
中へ通され、控えていると、奥から衣擦れの音が聞こえてきた。

「ようこそいらして下さいました。 貴方が、明石の御方ですね・・・・」

『えっ・・・・この声は・・・・』

聞き覚えのある声に、紫織は動揺してしまう。

「私は、ずっと前から貴方にお会いしたかったのですよ・・・」

『まさか・・・そんな・・・!』

紫織は、低頭していた頭を上げ『紫の上』の姿を見る。
静かに微笑むその女性は、歳よりもずっと若く見え、清らかな愛らしさを持ち合わせながら、凛とした気品を漂わせている様は『紫の上』として何ら見劣りする所も無い完璧な姿だった。
一番有り得ないと思っていた、『北島マヤ』がそこに居た。

「どうして・・・」

紫織はあれほど強く持っていた自信が、足元から無残に崩れていく。
それはある意味、一番残酷な光景だった。


2003.5.28



…to be continued






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