あさきゆめみし4
written by プチャ
整形外科病棟の特別病室。
そのベッドで眠っているのは、紫織ではなく、皮肉にも真澄の方であった。 手首に白い包帯を巻いた紫織が、ずっと付き添っている。

「あの子に関わるから・・・・」

薄ら笑いを浮かべて、そっと呟く。
真澄はホテルに着いて、マヤが待っている白百合の間の扉を開けようとしたその時、紫織が自殺に及んだことを聞いた。
そして、激しい自責の念から、マヤとは逢わずに、こちらへと向かう最中、あまりにも急がせすぎた為、運転手の過失を招き、衝突事故を起こしていた。
激しい事故の割に、目立った外傷などは無かったが、全身を強く打っており、意識不明の重態であった。
ここまで深刻な事になった原因は、紫織にあるのは当然だと思う。
しかし、今の紫織には罪悪感など、まったくと言っていいほどなかった。
ましてや、本当に死ぬ気があったのかは、今となっては解からない。
『・・・・コンコン!』
ドアをノックする音が聞こえ、秘書の水城が入ってくる。

「お願い、真澄様を励ましてあげて・・・」
水城はそう言って、後ろの人物を中へ引き入れようとした。

「待ってください・・・!」

直感的に紫織は声を荒げ、その行動を制し、自ら病室の外へと出た。 そして自らの身を盾にし、入り口を塞いだ。

「よく、ここに来れたものね!・・・いい加減にして頂戴・・・・貴方に関わったお陰で、真澄様は瀕死の状態なのよ!」

そこには、目を真っ赤にし、泣きはらした、マヤが居た。

「私はただ・・・」

『ただ・・・?』

温和な紫織からは想像も出来ない激しい見幕で、マヤに絡んで来る。 幾ら婚約者であるとは言え、あまりにも横柄なその態度に、たまらず水城が割って入った。

「失礼ながら、私の独断です・・・・真澄様と親しくされていたマヤさんの声を聞けば、必ずや目を覚して頂けるのではないかと思ったのです!」

だが、紫織はひるむ事無く、ドアの前のプレートを指差し、こう言い放った。

「面会謝絶という札が見えませんの!・・・・今は貴方のような人を会わせる訳には参りません!」

そして中へと入り、ドアをぴしゃりと閉めた。

「紫織様!」

水城はドアに手を掛けたが、内側から必死に塞いでいる為、開ける事は出来ない。

「いいんです、水城さん・・・今日は帰ります」

『マヤちゃん・・・』

マヤは背を向け、歩き出した。

「きっと、大丈夫だから・・・目を覚まされたら、必ず連絡するから・・・」

水城は、あまりにも痛々しいその小さな背中に、声を掛ける事しか出来なかった。
紫織は内側から、恋敵が立ち去るのを確認し、ようやくドアを離れると、真澄の下へ駆け寄よる。

「マヤ・・・・」

その時ふと、真澄が夢うつつに言葉を発した。
紫織は、涙が溢れてきた。

「もう、誰にも貴方を渡さない・・・・!」

女の情念を剥き出しにした、夜叉がそこに居た。

「今後暫く、真澄様のお世話は私がいたしますから」

紫織は、大都の者を始め、秘書の水城に至るまで、真澄に近づく者を事細かに監視し始めた。
そして、病院に集まった報道関係者には、悲運の婚約者として、記者会見まで取り仕切って見せた。







翌日、マヤが麗を伴い現れる。
勿論、病室へは通さず、ナースセンターの横にある休憩所で会った。

「昨日は、取り乱してしまってごめんなさい」

紫織は素直に詫びて見せた。
マヤの方は、相変わらず泣きはらしているようだったが、麗の方は、何かを勘ぐったような表情を見せている。

「速水社長は、何故あんなに急いでいたのですか・・・?」

麗は、単刀直入に尋ねてきた。
あの場所から、わざわざ引き返すほどの用事、それに、紫織の左手首の包帯。
二人の視線はおのずとそこへ注がれる。
答えは一つしかないように思えた。
紫織は、視線を合わせて言った。

「手が滑り、剃刀を掴みそこなって、左手にケガをしてしまったのを、家の者が、大袈裟に騒いだだけですわ・・・」

もっともらしい、その答えに、二人は何も言えなかった。
紫織は、マヤが紙袋を持っているのを見つける。

「それは、真澄様への御見舞いの品かしら・・・せっかくですからお預かりしておきましょうか・・・?」

軽い笑みさえ浮かべて紫織は囁いた。

「あっ・・・はい・・・お願いします」

思わずマヤは、ナイトクルーズの時の写真と、手紙が入った紙袋を渡してしまう。

「真澄様が目覚めたら、きっと連絡しますから・・・」

『お願いします、紫織さん!』

麗は紫織の不陰気にどこか怪しさは感じたものの、これ以上は何も打つ手が無い。

「仕方ない・・・行こうか、マヤ・・・」

後ろ髪を引かれつつ、二人は病棟を後にする。

「それではまた・・・」

優しい微笑みのままの紫織が会釈すると、マヤの乗ったエレベーターの扉が閉まっていく。
姿が完全に消え、顔を上げると、先ほどの穏やかな表情は消え、とたんにその笑みは氷を思わせるように覚めていた。

「真澄様を、貴方なんかに渡してたまるものですか・・・!」

実はこのとき既に真澄は目覚めていた。
そして、紫織はおもむろに紙袋の封を開けた。






数日もすれば、真澄は病室に部下を引き入れ、仕事を再開していた。

「今日の分はこれで以上だ・・・それではよろしく頼む」

「はい!」

真澄の一言で、部下達は各々が携わるプロジェクトの企画書類や、事細かに書かれた指示書を持ち、部屋を後にする。
この病人らしくない行動に、傍にいた水城は今更ながらにあきれ返っていた。

「お見舞いの品が、随分たまりましたわね・・・」

窓際へ目をやると、各界から送られた品々が、随分と貯まっている。

「ああ・・・もうすぐ退院だ。 すまないが、それら全てに御礼の手紙を添えて、見舞い返しの為のリストを作ってくれないか?」

「かしこまりました」

水城は、手前にある鷹宮家の、一際大きな箱に隠れるようにして置いてある、紙袋を見つけた。

「真澄様、これは何方からです?」

「さあ・・・・」

真澄はそう言いながらも、心当たりがあるのか、何処となく期待感をこめた表情で、紙袋を受け取り、封を開けた。

「こ・・・これは!」

真澄の顔色は一気に青ざめる。
水城は何事が起きたのかと、急ぎ掛けより、真澄の手元を見てみれば、無残に切り裂かれた写真があった。
繋ぎ合わせて見ると、それは、マヤと真澄が二人で行った、ナイトクルーズの時の写真らしい。

「マヤさんたら、こんな嫌がらせまでしなくても・・・」

その光景を見ていた紫織は言う。

「そんな、あの子に限って・・・」

必死に水城は、否定をするが、紫織は構わず、続けた。

「実は先日、マヤさんがお友達の方といらしたんです。もう大丈夫だから、会って差し上げて欲しいと頼んだのに、『母親を殺した人』の見舞いはしたくないなんて仰いましたのよ・・・それに、紅天女の事で大都が裏で動いている事も知って、かなり不快に思われていたみたいですわ・・・ただ、世間体を考えると来ない訳にはいかないので、仕方なく来ただけだと言うんです。そうしたら、これが私の御見舞いの品ですからと頼まれて・・・」

「嘘です・・・そんな!」

水城は昨日、もう大丈夫だと連絡をして、マヤはものすごく喜んでいたのを知っているだけに、信じられない。
だが、真澄なら、解ってくれていると信じていた。
しかし、真澄の口からは予想も付かない答えが返ってきた。

「紫織さんの言う通りかもしれない・・・ もう、あの子は会わない方がいいのかもしれない・・・」

「真澄様・・・・」

信じられないその言葉に、水城は怒をあらわにする。
しかし、真澄のうつろな視線の先を辿り、行き着いた先にある事実を見て、全てを察した。
紫織の左手首には包帯が巻かれあった。

「すみません・・・」

それ以外、水城は何も言えなかった。






マヤに、見知らぬ人物が、紙袋を持ってきた。
それには紫のバラが添えられていた為、当然真澄からの返事だろうと思い、急いで封を開ける。
それには、紫のバラの人へ渡したはずのアルバムと、一通の手紙が入っていた。
恐る恐る、その手紙を開いて見る。
たった一行の文が、鋭利な刃物となって襲い掛かってきた。

「貴方には失望しました。 二度と御目にかかる事は無いでしょう。」

マヤは、酷くショックを受け、せっかく掴みかけていた紅天女の姿を見失ってしまう。
これは勿論、紫織の仕業だった。
流石にここまで来れば、遣り過ぎていたのかもしれない。
だが、今の紫織には関係なかった。
ただ、夢の中の『六条の御息所』の言う通りにさえ動けば、必ず、真澄と幸せになれると信じていたからだった。
真澄は、聖から絶縁状と、アルバムが、マヤの元に届けられた事を知り、病院を抜け出すと伊豆の別荘へと来ていた。
始めに聞いたときは信じられなかったが、確かに、そこにはアルバムは無い。
ここへ入れるのは誰か・・・・真澄は冷静に思考をめぐらした。
その時、別荘に予期せぬ来訪者が現れた。

「真澄様・・・やはりこちらでしたのね」

ロックしたはずのドアを開け、紫織はやって来た。
真澄は犯人が紫織であることを直感的に理解した。
そして紫織も、真澄が、愛しているのはマヤだということを再び思い知る。
紫織は、真澄にすがり付いて言った。

「愛しています・・・・ほかの誰よりも・・・」

そしてバルコニーへ向かう。

「マヤさんに近づくのはやめてください・・・お願いですから、私だけを見てください・・・」

『紫織さん・・・』

「私は本気です・・・答えて頂けないのなら、海へ飛び込むぐらいの覚悟は出来ています!」

今まさに、紫織は「明石の御方」になりきっていた。
あからさまに行き過ぎた、全ての行動も、この場面へと達する為の布石にすぎなかった。

「大丈夫・・・貴方の傍にいるから・・・」

そっと差し出した真澄の手に、紫織はゆっくりと自分の手を絡めて、最後は両の手にその身を委ねた。
これからどうなるのかは既に知っている。
紫織は喜びを全身で感じていた。
夢で見た「源氏物語」場面そのままに、女として、新たに生まれ変わろうとしていた。



2003.8.9



…to be continued







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