転生 1
written by cocco
― 転生    
生まれ変わること。    
また、生活態度や環境を一変させること。―







「あなたが好きです。愛してます。
もう、あのきれいな人と結婚することも分かってます。今、こんなこといってあなたを困らせるつもりじゃないんです。でも、どうしても伝えたかった…」

― 深夜の社長室。

いつのまにか眠ってしまっていたらしい。
部屋のドアを、ノックする音で目が覚めた。

「誰だ?こんな時間に…」

突然の訪問者は、どうみても泣きはらした腫れぼったい顔でやってきた。 その言葉を待ちつづけたのは、何年になることだろうか? やっと聞くことが出来たのが、もう、後戻りできないこの日でなければ…。 数秒、疲れきったその目を閉じ、言葉を噛み締めると、煙草一本取り出し、震える手で火を点けると、冷静さを取り戻すよう深く煙を吸い込み吐き出す。 心を落ち着けると、いつものような冷淡な仮面を被り、目の前にいる最愛の彼女にこう、言った。

「…そうだな、困ることはないが別に、そう言われても、そうですか、としか答えようがないな。」

彼女の既に泣きはらしたような腫れぼったい目から、透明な雫が滴り落ちる。
オレだって、こんなこと言いたくはない。
今すぐにだって、彼女のその震える小さな体を自分の胸に掻き抱き、何処へも行かないよう、閉じ込めたい。

でも、もう、それは許されない。
1週間後には、鷹宮紫織との結婚が迫っている。
もう少し早く、その言葉を聞いていたのなら…
いや、違う。
傷つくのを恐れず、彼女へ思いを打ち明けていたのならこんな結末にはならなかったのか?
今更、何を考えてもどうしようもない。
どう、足掻いたって過去に戻ることなど出来ないのだから。

これが、オレの運命なのか?

短くなった煙草を灰皿へと押し付け

「…もう、こんな時間だ。オレもある程度、仕事が片付いたから送っていこう。」

努めて冷静を、装ったが、声が、掠れる。

「…いえ、一人で帰れます。そんな、振った女に、優しくしないで下さいよ!ちゃんと、タクシー拾ってかえりますから。」

と、涙を手のひらで拭いながら、きっとオレを困らせないようにとだろう。
無理矢理作った彼女の笑顔が、痛々しい。

「そうか、じゃ、タクシーを拾おう。」

そういって椅子にかけてあった上着を羽織ると、彼女は目を閉じ首を左右に大きく振って

「大丈夫です。そんなことされたら、なんだかもっと悲しくなっちゃうかもしれないし…なんて、大丈夫だから、速水さん一人で帰らせて。ね?」

と、首を傾げ精一杯の笑顔を向けてきた。
これ以上、無理に送るといっても、頑固な彼女のことだ。
時間だけがこのまま、過ぎることになるだろう。
少しの間でも、一緒にいたい、なんて彼女を拒絶したオレの勝手な言い分だからな。
せめて、ドアのところまで…と、彼女に向かって歩く。

彼女は、ドアの前に立ち深く頭を下げると

「ありがとう、速水さん、あなたのこと好きになれてよかった…。きっとアタシ、これから時間がたって、好きな人が出来るかも知れない。けれど『アイシテル』って思えるのは今も、この先も、速水さん以外、考えられない…。こんな気持ちを教えてくれて、本当にありがとうございます。」

そう、頭を下げたまま時折詰まりながら話すと、彼女は頭を上げ固まってしまっているオレに笑顔を残し、

「さようなら、紫の薔薇の人。紫織さんとお幸せに―。」

と言ってパタリと部屋のドアを静かに閉めた―。

一人、社長室に残されたオレはブラインドを開け窓にもたれかかると、今起きた出来事をもう一度、思い返した。
一番驚いたのは、いうまでもない。
彼女も自分と同じ気持ちでいた、ということ。
もう一つ、彼女は紫の薔薇の人が誰であるか気付いていた、ということだ。

今なら、まだ追いかければ間に合うだろう。
でも、その追いかけるという行動を起こすことさえ、自分にとっては許されない行為のような気がした。

最後の最後まで、オレは彼女を傷つけることしか、出来なかった…。

― この日を、これから後の人生の中、   
何度、思い返し、   
何度、後悔しただろう…。






マヤの告白から一週間後、予定通り彼は鷹宮紫織と結婚をした。
あの日、愛する彼女を拒絶した時点で全ての感情を切り捨てた、つもりだった。
顔を見ても何の感情もおきない、紫織と一緒になっても、仕事と同じようにやり過ごせる…はずだった。

切り捨てたはずの、彼女への想いは、忘れるどころか日を追うごとに強まるばかり。
その想いから逃れようと、以前にも増して仕事をこなし、酒を飲んで帰宅する。
当然、連日連夜の深夜の帰宅に、紫織の怒声…。
そんな声を、聞こえないふりをしながら寝室へ向かうと、ベッドへ疲れた体を横たえる。
重い瞼を閉じるとそこには、あの日の社長室。

― どうして、あの時、彼女の想いを受け入れなかったのだろうか?

そんな今更考えても仕方のないことばかりが、壊れたデッキのように、毎晩彼の瞼の裏側に、何度も何度も流れる。
あの日から、もう3年近くの月日が流れようとしているのに、なんてザマだ。

「― …と、本日の予定になります。」

毎朝、同じこと。
水城から今日の予定を、目の前に積み上げられた書類に目を通しながら聞いていた。
いつもなら、そこですぐに部屋から出て行くはずの水城がなかなか、立ち去ろうとしない。
書類から目を上げ、気配がする方へと見ると

「それと…マヤちゃんですが、ご存知ですか?」

と、顔色を窺うように聞いてきた。
結婚後、マヤとはできるだけ接点を持たぬようにと彼女の私生活等に対する情報は全て、絶っていた。
といっても、紅天女決定後、マヤは大都芸能所属となり書類上で名前を見ることはあっても全ての窓口は水城に一任していた。

「いや、何も…。何か、問題でもあったのか?」

久しぶりに他人の口から聞いた、『マヤ』という名前に心拍数が上がりながらも、なんでもないという顔をし、尋ねる。
それを聞いた、水城は目をそらし、しまったという顔をしながら

「い、いや、てっきりご存知かと思っておりましたので…。」

そう言葉を濁し、部屋を後にしようとする。

「おい!一体なんなんだ?!はっきり言いたまえ!!」

思わず、大きな声を張り上げる。
水城はドアノブに手をかけ、背を向けたままの状態で答える。

「マヤちゃん、結婚するんですよ。相手は真澄様もよく知ってらっしゃる、桜小路優ですわ。今日はその記者会見。15時からの予定です。」

そう、言い残し水城は部屋を出る。

そこから先、15時まで自分が何をしていたのかも覚えていない。
ただ、15時にテレビをつけるとそこには桜小路とマヤが座っている。
テレビの中の、桜小路がマイクに向かって

「本日、僕は北島マヤさんと入籍いたしました。」

記者のフラッシュと質問が、そんな二人に容赦なく飛び交う。
その後のテレビの音など、全く、耳に届かなかった…。





どれほどの時間がたったのだろうか?

デスクの上の時計を見ると20時をまわっていた。
このまま、社にいたとしても仕事など手につくはずがない。
実際、朝、水城から話を聞いてからというもの自分が何をしていたかもわからない、というより何もしてなかったのかもしれない。それさえもわからないほどだ。
上着をはおりコートを手にすると、ドアをノックする音。

「失礼します。あら、社長。お帰りになるのですか?」

コートを手にした彼を見て、答えを待たず話しつづける。

「お帰りのところ、申し訳ないのですが桜小路くんとマヤちゃんが社長にご報告をと、今いらっしゃっていますがどうされますか?」

どうするもこうするもないだろう。
そう言う水城の後ろには、その訪問者二人がいるのだから。

「…どうぞ。」

手にしていたコートを乱暴にデスクへと放り投げ、二人をソファへと促す。

「コーヒー、お持ちしますね。」

そういう水城に対して

「あ、いいんです。ご報告だけさせていただいたらすぐに、帰りますから。」

と、桜小路が場違いなくらいの陽気な大きな声で答える。
そんな様子を、水城は心配そうな顔をしながら、真澄は不機嫌そうな顔をもう、隠すことも忘れたかのようにそのまま露骨に出し、マヤは…なぜか、下を俯いたままだ。

「それでは…」

と水城が部屋から退出すると、耳を塞ぎたくなるほどの大きな声で

「本日、めでたくマヤちゃんと入籍しました!で、水城さんに速水社長にお伝えくださいということでお願いしていたのですが直接のご報告がまだだったので、今日、急だったんですがご報告にと、伺わせていただきました。ね、マヤちゃん。」

と桜小路がマヤの顔を覗き込む。

その行動に対してマヤは相変わらず俯いたまま

「…ハイ、そうなんです。」

とだけ、呟くように短く答える。
そんな二人の言動を、向かいのソファに座らず少し離れたデスクの上に腰をかけながらぼんやりと聞いていた。
煙草を胸ポケットから一本取り出し、口に咥えると、低く、掠れた声で

「…そうか、それはおめでとう。」

とだけ、呟く。
その声に、ずっと俯いていたマヤは顔を上げデスクの方へとその声の主へ視線を向ける。
少しの沈黙。
能天気に笑っていた桜小路もその空気の異変に気付き、慌てるように立ち上がり

「ということで、僕たち、もう、行きますね。速水社長、これからお出かけだったんですよね?お忙しいところ失礼しました。」

と頭を下げ、部屋から出て行こうとした。先にドアの外へ桜小路が出た、瞬間。
デスクから駆けより、出て行こうとするマヤの腕をぐいっと強く引っ張り、もう片方の手は、ドアを閉めた。

「は…やみさん、な、何ですか?」

怯えたような顔で、彼女は真澄を見上げる。
そうだ、オレはなんなんだ?
もう、結婚してしまった彼女に、何をしようとしたのだ?
掴んだ腕の力を緩め、どうしても聞きたかった一言だけを伝える。

「…彼のこと、桜小路のことを愛してるのか?」

すると、彼女はヒュッと聞こえるぐらいに息を吸うと、目を閉じ辛そうに顔を歪めながら、黙る。
暫くして、目をふっと開けると、あの時と同じような作り笑いで…

「…好きです。」

と、小さく呟いた。

彼女の腕を放すと、慌ててドアの外へと走り出す。

― バタンッ。
ドアが閉まった後、マヤを掴んだ右手を見つめながら、動けずにいた。

忘れたはずだったのに。
振り切るつもりだったのに。
いつかはこうなると、分かっていたはずだったのに。

すべてが『はずだった』のだ。

何度も毎晩のように後悔はしてきたが、
今日、今、この瞬間ほど後悔したことはなかったかもしれない。

違う。

後悔なんて、生易しいものでは、ない。
目の前が真っ暗になる、と言うことはこういう状態を言うのだろうと絶望的な気持ちになりながら、その耳の奥で、こだまするのは…
何度も夜、思い返したあの言葉。

― きっとアタシ、これから時間がたって、好きな人が出来るかも知れない。      

けれど『アイシテル』って思えるのは今も、この先も、速水さん以外、考えられない…。




2.19.2003
...to be continued









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