転生 2
written by cocco
重い足取りで、いつものバーへと向かう。

薄暗い店内の狭いカウンターに腰を下ろすと、何も言わずに出てきた酒はいつものブランデー。
その液体を一気に、喉の奥へと流し込むと食道から、胃に熱いものが落ちていくのが分かる。
無言で空になったグラスを、マスターへと返すとすぐにまた同じものが目の前に差し出される。
そのグラスをまた同じように一気に傾け、マスターへと渡す。
マスターは一瞬、受け取ったグラスの中の氷をじっと見ていたが、思いついたように氷を全て捨てると、その中にブランデーを注ぎ、その氷の入っていないグラスとボトルを真澄の前へすっと、差し出す。

「ロックより、ストレートのほうがいいんじゃないですか?今日は。」

それだけ言うと、小さく頭を下げシンクの方へ向かい、真澄が来る前そうしていたのだろう。
ロック用の氷をガシャガシャと丸く、器用に削り始めた。

そのリズミカルに氷が削られる音を聴きながら、ストレートのブランデーを一口、口に含みゆっくりと飲み込む。

― やっと、少し落ち着いたみたいだ。

煙草を口に咥え、火を点けると気分を落ち着かせるよう深く吸い込み、一旦息を止めた後、今度はゆっくりと煙を吐き出す。
そして、悪夢のように起こった、今日の出来事を思いかえしてみる。
自分でも、分かっていた。
どんなに、思いかえそうと、起こった事実は変えられない。
過ぎたことは、変えられないのだ。
どんなに過去に戻りたいと願ったとしても、どうしようもないということを。
分かっているのに、あの時、別の行動をとっていたらどうなっていただろう?と考えることをやめられないのは何故だろうか。
単にオレが、未練がましいだけなのか?

自嘲的な笑いを一つ思わずこぼすと、一口しか吸わずに短くなった煙草を、中の残りの葉とフィルターが剥き出しになるくらい、灰皿へと何度も何度も、擦りつけた。

「随分とまぁ、ひどい顔、してるわね。そんなに、後悔ばっかりしてどうするの?」

オレから2つ左に離れた席に座っている、腰まで届くような長い黒髪の知らない顔の、女。

ここへ来てから、一度も言葉を発していないのにどうして後悔していると分かる?
…違う。たまたま、適当に話し掛けた言葉が当たっていただけだ。
そんなこと、ある筈がないだろう?
全く、本当にどうかしているな。

「えぇ、まぁ…。」

と、曖昧に相槌を打つともう、話し掛けて欲しくないという意思表示のように、女と反対側へと顔を向け、手元の酒を喉に流し込み、ボトルを片手に取ると空のグラスへ注ぎ込む。
そんな真澄の背中を、興味津々といった風な顔で見ながら

「へぇ…そんなに三年前に戻りたいんだぁ。ふーん。」

その通りだ。
彼女に告白された、三年前のあの日まで戻れるものなら戻りたい。
あの時は手遅れだと思い込んでいたが、まだ、どうにでも出来た筈だった。

…今、何て言った?
三年前に戻りたい、など、誰にも言ったことは…ない。
慌ててその女のほうへと顔を戻すと女はコートをはおり、帰り支度を始めている。

「どうしたの?そんなにびっくりした顔しちゃって。」

女はクスリと笑うと、出口に近い真澄の方へと向かってくると目の前のグラスをずらし、その下のコースターへ何かを書いている。

「そんなに過去に戻りたいんだったら、出来ないこともないわよ?ま、気が向いたら連絡してみて。」

そう耳元で言い残し、長い髪を揺らしながらドアの外へと出て行った。

何故、知っているのだ。
三年前の出来事は、誰も知らないはずだ。
それとも、彼女はマヤの友達かなにかか?
いや、マヤのことだ。
きっと誰にも言えなかっただろう。
するとやはり考えられるのは…。

心が読める?

いや、そんなバカなことがあるはずがない。
そう、思いながらも先ほどのコースターを手にとってみる。
そこには、女の住所と携帯番号と、名前が書かれていた。

なんだ、ただ誘われただけか。

そう思ってみるもののやはり、誰も知らないはずのことを言い当てた彼女に、少なからずとも興味は持った。
言っていたことは、本当なのだろうか?
手元のコースターを指で回転させながら、考える。

「今の客はよく来るのか?」

マスターは、先ほどの女の座っていた席を片付けながら

「いや、今日、初めていらっしゃるお客様だと…」

と、大きく首を振った。
ということは、オレとも間違いなく初対面のはず…。

「キョーコ、か……」

そのコースターにかかれた名前を、人差し指でゆっくりとなぞりながら
誰に話し掛けているわけでもなく、呟いた。





あの日、バーであったことは単なる偶然だろう。

日が経つにつれ、思うようになってきた。
飲んでいた席だし、あんなこともあった後だし、もしかしたらそんなようなことを自分で口走っていたのかもしれない。
それを適当に言ってみたら大正解だった、だけのことだったに違いない…。
人の心を読み取る、などということができるはずないのだから。
だが、いつもそう結論付けようとした瞬間、耳元で囁かれた

『そんなに過去に戻りたいんだったら、出来ないこともないわよ?』

と言う言葉が、脳裏を霞む。

そんなに、気になるのなら確かめに行けばいいのではないか?
そう、行動を起こすまでに、既にバーで会った日から1ヶ月がたとうとしていた…。

コートのポケットの中にしまってあったコースターを取り出すと、そこに書かれた住所を確認し慌てて会社を飛び出した。

「…この辺、だよなぁ。」

雑居ビルが立ち並ぶこのあたり、車で細かい路地を探すのは、無理だ。
車を路上パーキングへ止め、降りる。
ここまできて、初めて気付く。
もし、騙されていたとしたらどうするのだ?
最初に電話して、場所を確かめるのが普通だろう…。
昔から、マヤに関わることとなるとまわりが見えなくなることがあったが、ここへきてまでもそのクセが抜けていないとはな、とそんな自分に苦笑した。

スーツの胸ポケットから携帯電話とコースターを取り出し、そこに書かれた番号へと電話をかける。

プルルルルル…

よかった、とりあえずデタラメな番号ではなかったことに胸を下ろす。
コール5回鳴った後、

「…もしもしぃ?誰ぇ?」

寝起きなのだろうか、なんとも不機嫌そうな声の女が電話口に出た。

「キョーコ…さん、ですか?」

半信半疑で、その電話の主に問い掛ける。

「そーですけどぉ?あー、ちょっと待って…あ、今日かぁ。ウンウン。あなたあの時バーで会った人ね?うんっとぉ、そこまできてるんだ。まったく遅いよぉ、くんの。そこからまっすーぐあるくとコンビニがあるから、そこを右に曲って……」

キョーコという女は、一方的にべらべらと話しはじめた。

「お、おい!?キミはオレが誰だか、どこから今、電話をしているのか分かるのか!?」

「あー、はいはい、分かってるから、とりあえず落ち着いて、もちついて…って、こっちきたらちゃんと説明してあげるからさぁ、ごちゃごちゃ言わないで、今説明した道順、歩いてきてよぉ〜。」

たくさんの疑問符が頭の中で、浮かんだが、ここはどうやら彼女の言っているとおりにした方が良さそうだ。言われたとおりに、真っ直ぐ歩き突き当たりのコンビニを右に曲ると、まだ繋がったままの電話に向かって

「キミの言うとおりに、コンビニを右に曲ったぞ?で、ここからどうすればいいんだ?」

まわりの騒音で聞き取りづらいので左の耳を指で塞ぎながら、話すと

「そしたらぁ、うーんっと、あなたから見て右側の建物の並びに 『FUWA☆FUWA』ってお星様がキラキラしてるスナックの看板があるビルあるでしょ?そこの503号室だから。ドアの前にきたら、トン・トン・トトトンッ♪って叩いてね。じゃ、待ってるよぉ〜(^з^)-☆Chu!!」

と言って、電話をまたもや一方的に切った。
なんとも、分けのわからない女だ…。
切れた電話の無機質なプーップーッ、という音を確認すると『FUWA☆FUWA』の看板 を見つけ、そのビルの前まで幾分早足で歩いた。

「スナックは夜から看板に、灯りがともるんじゃなかったのか?」

こうこうと、年中無休で点いているであろう光り輝くその星を左上に独り言を呟きながら、階段を昇り始めた。
5階まで上がり503号室のドアを、言われたとおりに何でこんなノックの仕方…と思いつつも、トン・トン・トトトンッと叩くと

「ハァ〜い。」

中から声がして、ドアのロックがカチャリと外れた。
出てきたのは、間違いなくあの日バーで会った、女。

「入ってちょーだい。」

と、手招きをし部屋の中へと案内される。

「そこら辺に座ってて。今コーヒー入れるから。あ、ブルマンじゃなくってもいい?」

そう言って、ぎゃは、と笑うとキッチンへと消えた。
彼女が戻ってくる間に、通されたリビングのソファに座りながら、頭の中を一つづつ整理しようとした。

…が、何がなんだかわからない。
考えれば考えるほどおかしなこと、ばかりだ。
確かに、彼女は初めて会った時もおかしなことを言っていた。
その言葉を確かめたくてここへ尋ねたのだが、電話での会話も、普通に考えればありえないことばかりだ。

何故、電話をかけてきたのが名乗らず、オレだと分かる?
何故、何も言わずにどこから電話しているのかが分かる?

思い返せば、第一声から彼女はまるで今日オレが来るのを知っていたような話し方だった。

彼女は一体、何者なのだ?

そこまで考えると、体の底から得体の知れない今まで味わったこともない、恐怖のようなものが全身を駆け巡った。

「お・ま・た・せ〜♪」

そう、明るい声でキッチンからトレーに乗せたコーヒーをこぼさないようそっと、テーブルの下へと置くと、コーヒーカップを目の前へと差し出す。

「あ、い、いただきます…」

出されたコーヒーを一口啜ると、それを見計らったように目の前の女…キョーコは、自分のコーヒーカップの淵を人差し指と親指でなぞりながら、話し始める。

「えーっと、まず、どうして私があなたのことなんでも知ってるかってことよね?最初の疑問は。それに関しては自分で確かめてみて、っていうより、あんまり聞かないで。そのうち分かることだから。で、第二の疑問は、過去に戻れるなんてそんなことできるはずないだろう?ってことよね。それが、できちゃうんだなぁ、これが。あ、でも今から話す説明、理解して了解してくれるんなら。でも、それを了解するかどうかは、速水真澄さん、あなたの自由よ。別に、私はどっちだっていいし。」

そこまで一気にキョーコは話すと、自分のコーヒーカップに口をつける。

― 彼女の言うことは、滅茶苦茶なようで、でも、なぜか説得力がある。

言うとおりにして、と言われその通りに道順をたどったら彼女に会うことが出来たし、聞かないで、ということには口を挟まない方がいいような気がする。
信用するにも条件が少なすぎる彼女の言葉に、普段の自分なら考えられないが、なぜか言う通りにしたほうが良いと思う気持ちが強い。
ここは、一先ずキョーコに付いては何も聞かず、その説明とやらを先に聞くほうが賢明だろう。
手に持ったコーヒーカップを傾け、飲み干すとテーブルの上に静かに置き、膝の上で指を組みキョーコに話し掛ける。

「その話を、聞かせてはもらえないだろうか?」




1.20.2003






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