ESCAPE 1
written by cocco


「北島マヤさん、お届け物です。」

舞台が終了して、楽屋でぼーっとしているときだった。

「マヤちゃーーーん、お届け物だってよー。」

一緒の楽屋の役者が、役から抜けきれていない為、声が届いていないマヤを入り口まで引っ張っていった。
と、目の前に差し出されたのはいつもの紫のバラ・・・。

「お花をお届けにあがりました。あ、それと、こちらはあの方からお預かりいたしました。」

聖が扮する、花屋はマヤに紫のバラの花束とその小さな包みをマヤに手渡した。
はちきれんばかりの笑顔で、その花束とプレゼントを受け取ると、

「あ、ありがとうございます!!あの方は・・・紫のバラの人は今回のお芝居、見てくれたんですか?」

と、今度は少し不安げな顔をして聖に尋ねる。

「もちろんでございます。本日いらっしゃってましたよ。」

被っていた帽子を軽く上げ、微笑みながらマヤに答える。

「本当に!!嬉しい!あ、この包み・・・何だろう?開けてみてもいいかな?」

花束を近くの椅子にそっと置くと、今度は手にしている包みを包装紙が破れてしまわないように丁寧に開けていく。
中から出てきたのは、小さな箱。

「なんだろう?これ。」

さらに、箱を開けてみると、銀色のキャップに透明な瓶。中にはブランデーを思わせるような深い琥珀色の液体が入っていた。

「・・・これって、香水?」

その瓶を、片手で蛍光灯の光にかざしながら、聖に尋ねる。

「そのようですね。あの方が、マヤ様にとお選びになったので、私もプレゼントの中身は存じ上げておりませんでした。」

マヤはしばらくの間、その瓶をかざしてみたり、掌で転がしてみたり、としていたがキャップにかかれている文字を読み上げた。

「ESCAPE?エスケープっていうんだ、この香水。でも、私、香水なんてつけたことないしなぁ・・・。第一似合うのかしら、私に香水なんて。」

マヤは少し困ったような顔をして聖を見上げた。
そんなマヤに、聖は優しく微笑み返すと

「もちろん、お似合いになるはずですよ。あの方がマヤ様にお選びになったものですから。それでは、私は失礼させていただきます。」

軽く一礼し、聖はその場を後にした。





Turururururu ・・・・・

真澄のプライベート用の携帯電話が鳴っている。
着信番号を確認すると、聖からのものだった。

「ああ、速水だが。」

そう静かに、電話を取ると

「真澄様、聖です。先ほどマヤ様にお言い付け通り、紫のバラの花束とお預かりしたプレゼントをお渡しいたしました。」

社長室から、窓の外を見下ろしながら

「そうか、いつも悪いな。で、あの子は何と?」

と、問い掛けると

「喜ばれていらっしゃいました。ただ、香水のプレゼントに関しましてはご自分に香水が似合うかどうか、と少し不安げなご様子でした。」

あの子らしい反応だと、ふっと、笑みをこぼすと

「そうか、分かった。ご苦労だった。」

真澄が電話を切ろうとすると電話の向こうで聖が

「私もプレゼントの中身はお伺いしておりませんでしたので少々驚きました。香水をプレゼントされるとは・・・いえ、それでは失礼いたします。」


電話を切った後、くすぶる思いを消すかのように煙草に火を点けると深く吸い込み、大きな溜息をつくように思い切り煙を吐き出した。





アパートに帰ると、麗が夕飯の仕度をして待っていた。

「ただいまぁー!!あー、おなかすいたぁ!!」

玄関を入るや否や、真っ先に台所へ行き夕飯のおかずを確かめる。

「マヤ、おかえり。お疲れさま。はいはい、ご飯ね。ちょっとまっててくれ。」

マヤは大きな声で、

「はーい♪」

と返事をし、抱えていた紫のバラを花瓶へと移し変えた。

「いっただっきまーす♪わーーー、今日はハンバーグだぁ!」

嬉しそうにハンバーグをつっつき、茶碗のご飯はすごい速さでマヤの口へと運ばれていく。

「・・・ほら、マヤ。そんなに慌てなくても、ハンバーグは逃げないからよく噛んで食べなさいよ。まったく、いつまでたっても子供みたいなこと言わせるんじゃないよ。」

おいしそうにほっぺをパンパンに膨らましもごもごしつつ、それでも箸を伸ばしているマヤをみて、思わず苦笑した。

「んー、麗ー、おかわりー!」

既に空っぽになった茶碗を麗に差し出すと

「甘ったれてんじゃないよ。そんぐらい自分でしな!」

と、マヤの頭をぽかっと叩いた。

「へへへへへーっ。はーい、自分でしまーす!」

そういうと、また茶碗に超特大の大盛りでご飯をよそりパクパク平らげていった。

「あー、おいしかったぁ。ごちそうさまでした!」

パンっと、手を合わせ頭を下げる。

「はいはい、ご馳走様でした。全く、よく食べるよな、毎度関心しますよ。」

呆れ顔でマヤに言うと、手を合わせたまま上目使いで見ているマヤと目が合い、お互いおなかを抱えて笑い転げた。


「ねぇ、麗。」

布団に入ったあと、隣で横になっている麗に話し掛けた。

「今日ね、紫のバラの人にプレゼントって、これをもらったの。」

そういうと、先ほどの小瓶を麗に差し出した。

「香水かぁ・・・・・。」

小瓶を、受け取ると麗が何か考えているようだ。

「どうしたの?」

そんな麗を見てマヤが不思議そうに、たずねると

「え?いや・・・。香水なんて、なんだか意味深だなとおもってさ。」

そういうと、また、黙りこくってしまった。
なにが、意味深なんだろ?と、全く言ってることが分からないマヤはさらに麗に話し掛ける。

「ねぇ?麗。何で意味深なの?香水のプレゼントって、なんかあるの?」

大きな目を見開いて、少し困ったように眉間に皺を寄せ、麗を覗き込む。
・・・そうか、この子にいってもわかんないだろうな。
にしても、紫のバラの人って言うのは老人じゃなかったのか?
こんな香水を選ぶところを見ると、老人って言うのは疑わしいなぁ。
全く、どんな意味で送っているんだ?普通、男が女に香水をプレゼントするって言ったら・・・。
いや、説明したってわかりっこないか。

「ねえー、麗ったらー。」

麗はふっと、一つ息をはき

「これ、つけてみたのかい?」

と、マヤに向かい聞いてみる。

「ううん、つけてないしまだ香りも嗅いでない。私に香水なんて似合うのかな?って思って・・・。」

そういい、下でもじもじと俯いてしまっているマヤを見てプッと笑い

「ほら、せっかく、大好きな紫のバラの人にもらったんだろ?つけてみなよ。」

銀色のキャップを外し、中の栓をキュッと引き抜くと、そこからふわっと甘い香りが立ち上る。

「マヤ、手首を貸してみな。」

おずおずと両手首を麗に差し出すと、そこへ栓のところについていた香水を手首になぞる。

「えっと、こうするんだよね?」

と、マヤは両手首をこすり合わせると耳の後ろ側へ手首を擦り付け、その手首を鼻の近くへもっていき、香りを吸いこんでみる。
・・・これが、紫のバラの人 ― 速水さんが選んでくれた香りかぁ。
速水さん、この香りすきなのかな?
うん、なんだか守られてるような気持ちになっちゃうな。
一人でニヤニヤしている、マヤに麗が不思議がって

「何一人でニヤニヤしてるんだい。ほら、寝るぞ。」

麗は布団を被って寝る体勢に入った。

「ねぇ、麗。やっぱり私が香水つけるのって似合わない?」

マヤは寝の体勢に入った麗を軽く揺さぶり、顔を近づけ聞いてみると

「そんなことないよ、その香りあんたに結構似合ってるよ。意外だけど。ほら、早くあんたも寝なよ。」

そう、麗にいわれてなんとなく自分でもこの香りが似合ってるように思えてきた。
さっきまで、香水って言うだけで気後れしていたのに。
もったいないから、毎日ちょこっとずつ付けようっと。
しばらくその瓶を眺めると、そっと、鏡台の上に並べた。





数日後、先日の舞台のギャラが入ったマヤはデパートへと向かった。
紫のバラの人にお礼を買うために・・・。
普段から買い物に慣れていないマヤはどこになにがあるのか分からずきょろきょろしながら上から順に降りてきたものの
買うものも考えずに来てしまったので特に目ぼしいものも見つからず、困っていた。

「あー、とうとう1階まできちゃったよー。どうしよう。」

ふと、化粧品売り場へ目を向けるとそこの一角に香水売り場があった。
なんとなく、足をむけてみるとこないだもらった『ESCAPE』の隣に『ESCAPE for men 』とかかれた黄金色の香水が白いすりガラスのような小瓶に入っているのに目が留まった。

「何か、お探し物ですか?」

化粧が濃いいかにも、の店員がにこやかにマヤに近づいてくる。

― うわ・・・、店員さん来ちゃった。これだからデパート、苦手なんだよねぇ。

愛想笑いをしながら言葉を濁し

「え、ええ・・・まぁ。」

と歯切れ悪く、答えながらもその白っぽい小瓶から目が離れない。
そんな様子をデパートの店員が見逃すはずもなく

「こちらですか?お試しになりますか?」

マヤが何を言う訳でもなく黙っているのにその店員は白いテスター用紙にシュッと一吹きそれをつけるとマヤへ手渡した。
パタパタパタと、その紙をあおってみると、うわ・・・、なんだかすごい大人っぽい香り・・・。
私がもらったのと似てるんだけど、ちがうんだなぁ・・・。
などと、目線を上にしながらどこを見るわけでもなく考えていると

「あら、お客様はこちらの『ESCAPE』をお使いなのですね?あ、そうですか!彼氏へのプレゼントね!!

そうしたら、同シリーズでカップルでお使いになったほうがより一層、香りを楽しめますよ。お二人の香りが混ざったときまた、新たな顔を出すんですよ。
こういうシリーズものは。是非、いかがですか?」

マヤは、手を大げさにブンブン振って頭も同時に激しく左右に振って

「ち、違います!彼氏じゃないです!・・・」

と否定してみたが店員はそんなこと聞く様子もなく

「こちらお買い上げでよろしいですか?包装はプレゼント用ということでよろしかったですよね?」

そういって、奥のカウンターへ包みに店員が下がってしまったものだからマヤはどうすることも出来なくってそのまま、キレイにつつまれた香水を手にして
デパートを後にした。


「あー。香水なんて買っちゃったよぉ。あの、店員さん強引なんだもん。」

そういいながらも、先ほど店員が言っていた『お二人の香りが混ざったときまた〜』という言葉を思い出し
二人の香りが混ざったときって、え?混ざるってことは、だから、その、えーっと・・・。
マヤの頭に思い浮かんだのは、真澄と過ごした社務所での一夜。
あーいうふうに、ぎゅっと抱きしめてもらったら香りも混ざるんだろうなぁ・・・。
顔が火を吹いたように一瞬ボッと、赤くなって慌てて否定する。
やだ、あたしったら何考えてるの!?
頭をブンブン振ってその考えを追いだそうとする。
先ほどのテスターをパタパタと顔の前で仰ぎながら

「でも、せっかく買ったんだから、プレゼント・・・したほうがいいよね?持ってても私使わないし・・・。」





「も、もしもし、聖さんですか?き、北島です。」

家の近くの公衆電話から、聖に教えてもらった番号へ電話をかけた。

「マヤ様、どうされましたか?」

突然の電話に聖もびっくりしているようだった。

「あ、あのぉ〜。こないだの舞台のときにいただいた、プレゼントのお礼を紫のバラの人へ渡してもらいたくって・・・。」

お礼?ぱっと腕時計を見ると14:30。この後18:00からは仕事があるがそれまでの間ならお会いすることも可能だろう。

「分かりました。マヤ様は今どちらに?」

「家の近所です。。どうしたらいいですか?」

聖はちょっと考える風に、間を取ると

「それでは、マヤ様のお家のお近くの喫茶店で16:00に。よろしいですか?」

そう、答えるとマヤは

「わかりました!16:00ですね?まってます!」

と、声を弾ませて電話を切った。


― 15:45。

聖と約束をした待ち合わせ場所にマヤは出かけ、喫茶店にはいるとカフェオレを一つオーダーした。
しばらくすると人の入ってくる気配がし、入り口を見るとこちらに向かって聖が軽く会釈をした。
それに、マヤも軽く頭を下げカフェオレのカップを置くと

「聖さん、ごめんなさい。お忙しいのに。」

申し訳なさそうに、頭を下げると

「いえいえ、お待たせしてしまって申し訳ありません。それに、マヤ様のためならどこへでも参りますよ。」

と冗談ぽく、答える。

「やだなぁ、聖さん。そんなこと言って。勘違いしちゃいますよ?」

お互い、目が合いプッとふきだす。
しばらく、笑いあっていたがマヤがかばんの中から小さな包みと白い封筒を、テーブルに差し出した。
封筒の宛名は「紫のバラの人へ」と記されている。

「こちらをあの方へ渡してもらえますか?気に入ってくださるかどうかは疑問なんですが・・・。」

マヤは、少し照れたように聖にそれを渡すと

「かしこまりました。責任を持ってあの方へお届けいたします。何をプレゼントなさるのですか?」

そう聖が問い掛けると、今度は下を俯いたまま小さく

「恥かしくって、言えません・・・。ごめんなさい。えっと、あとであの方と一緒に見てください。」

恥かしいって?一体これはなんなんだ・・・?

「ごめんなさい、ごめんなさいッッ。」

と何度も頭を下げるマヤに対して聖は思ったが、あえてそれ以上は聞くのはやめて

「わかりました。私のほうこそすみません。プレゼントの中身をお伺いしてしまったりして。ご安心下さい。きちんとお渡ししますので。」

と、にこやかにマヤに声をかけた。
しばらく、世間話のような会話を続けていたがふと、時計をみると17:00を回っている。

「マヤ様、そろそろ・・・。」

聖が言い、会計を済ませようと席を立つと、ふわっと鼻を掠める甘い香り・・・。
何気なくその香りを追うように後ろを振り返ると、そこには首をちょこっと傾げ微笑むマヤがいた。

― 一瞬、心が揺らいだ。

香水のせいなのか?それとも、香水が彼女をそうさせているのだろうか?
少女だとばかり思っていた彼女が、こんなに女性らしい表情をするなんて・・・。
自分の顔を見つめたまま、固まってしまっている聖を見て

「どうしたんですか?なんか私の顔、ついてますか???」

と両方の手で顔をつつみ、ごしごしと頬をこする。
そんな、しぐさがまたかわいらしくて、ガラにもなく顔を少し赤らめたまま上ずった声で

「い、いえ、何もついてないですよ。」

― へんな、聖さん。ま、いっか。何にもついてないみたいだし。

「それじゃ、聖さん、今日はありがとうございました!それにご馳走になっちゃって・・・。」

頭をぺこりとさげると

「私こそマヤさんと楽しい時間を過ごさせていただき光栄でした。こちらはあの方にお渡しいたしますね。」

そう聖が言うと、マヤは嬉しそうに微笑んで

「よろしくお願いします!じゃ、帰りますね!!」

とくるっと回り、家の方向へと歩き出す。
その途端・・・。
ふわっとそこに残る、甘い残り香。
聖は、フッと微笑み

「マヤ様、その香水、とてもお似合いですよ。」

とマヤの後姿に小さく呟くと、コートの襟を正し仕事へと向かっていった。




1.7.2003






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