Epilogue



 
目が覚めると見知らぬ天井が視界に入り、ここはどこなの か、今何時なのか、昨晩は何をしていたのか、どうしてここにいるのか、そしてこの頭痛は二日酔いなのか、と少しずつパズルを当てはめ、現状を理解しようと マヤは何度か瞬きをする。

 昨晩は真澄に23歳の誕生日を祝ってもらい、最後にホテルのバーラウンジでカクテルを飲んだことまでは明確に思い出せる。思った以上に酔ってしまい、途中 から記憶がないが、おそらく自分は真澄にこのホテルの一室まで運んでもらい朝を迎えた、という状況だろう。

 やってしまった……。
 そんなに飲みすぎたつもりはないのに、どういうことだろう。

「起きたのか?」

 ベッドの隣に誰もいないので、てっきりここにはいないと思っていた突然の真澄の気配に驚いて、マヤは飛び起きる。廊下にある鏡の前で真澄はネクタイを結んで いた。

「すみません、全然記憶にないんですけど、私、そんなに飲んだんですか?」

「いや、ブルームーンを一杯飲んだら、いきなり寝た。こっちも驚いた。なんとか部屋までは連れてこれたが、叩いても揺すっても、どうやっても起きてくれ なかった。疲れていたんだろ」

 流れるように結ばれていく真澄のネクタイは、間もなくいつもの美しい細身の姿に整えられそうだ。

「せっかく誕生日の夜だったのに、ごめんなさい」

「気にするな、それより、俺の方こそこれから所用で出ないといけない。ゆっくり出来なくて申し訳ない」

 気にしないで欲しいと口にしようとした瞬間、真澄が口にした、とんでもない内容が寝起きの寝ぼけた鼓膜を一気に覚醒させる。
 
「鷹通の会長と会食だ。孫娘と世界三大バンクの一つの銀行の頭取の御曹司の縁談がまとまったらしく、会長はご機嫌だ。最初のデートが去年の君の紅天女の舞台 だったらしく、俺がプレミアチケットを用意した縁だと感謝されている。次回の公演のスポンサーにもなってくれるらしい。紅天女の再演のプレミアには孫夫婦も絶対行 きたいと言ってるらしく、チケットを頼まれたところだ」

「お孫さんて……、鷹宮紫織さん?」

 ネクタイを結び終わった真澄が驚いて振り返る。

「そうだ、知っているのか?」

「速水さん、紫織さんとお見合いしなかった?」

 今度は真澄が驚いて、何を言っているんだとでも言うように、怪訝そうに眉をひそめた。

「話は来てたらしいが、俺は君とつきあっていたんだから受けるはずないだろ」

 どうしてその話を知っているのかとでも言いたそうな表情だ。

「お見合い……、しなかったの?」

 ハッとしたようにマヤは右手の薬指の指輪を外すと、一周させながら内側を覗く。そこには、確かに昨晩まではなかった数字が刻まれている。


 23──、と。


 一瞬にして蘇る、23歳の真澄と過ごした昨夜の不思議な出来事の数々。あれは夢だったのではないのか?

「ああ、それから初日プレミア、春さんも来られるそうだ」

 マヤの鼓膜から全身に衝撃が走り、指先から指輪が転がり落ちる。足元に落ちたそれを拾った真澄が、ゆっくりとこちらに近づいてきて、ベッドの縁に腰掛け た。

「最近は体調も良くて、ずっと再演プレミアに行く事を楽しみに、リハビリも頑張っていたそうだ。春さんの体調がいい季節に、式も挙げるつもりでいる。今度 は左手にあう指輪を買いにいこう」

 そう言って、内側に23と刻まれた指輪をマヤの右手の薬指にはめると、所有の証を重ねるように、その指輪の上にキスをした。
 あまりにも劇的な衝撃に突き動かされるように、マヤは真澄に抱きつく。

(閉じ込めなかったんだ……! 速水さん、閉じ込めないでくれたんだっ!!)

 強く、強く、どうかこれこそが夢ではありませんようにと、神にでも切望する強さで抱きつく。

「速水さんっ、ありがとう!! 本当にありがとうっ!!」

 何に対する礼なのかも分からず、真澄はその熱烈な抱擁に少し驚きながらも受け止めるが、抱きつかれた拍子に今度は真澄の手元のカフリンクスのうちの一つが 床に落ちた。
 床のタイルにあたった硬質な響きがマヤの鼓膜に響き渡る。ダークグレーのタイルの上で静かに光る、限りなく透明に近い薄紫色のそれは、間違いなく自分が 選んだアメシストだった。
 マヤの震える指先が、拾い上げる。

「これ……、気に入ってるんですか?」

「ああ……、いつどこで買ったのかも、貰ったのかも記憶にはないんだが、気づいたら持っていた。大切な場面ではいつもこれを使ってる。御守みたいなものだ な」

 カフリンクスの裏のスウィヴル部分に目を凝らす。

「なんか……書いてある」

 真澄が開けたカーテンの向こうから、新しい一日の朝日が差し込む。その眩しくもまっさらな光が、シルバーのスウィヴル部分に刻まれた文字を照らし出す。

「23……!」






 あれはきっと夢だったのだ。
 全ては夢の出来事だったのだ。

 けれどもきっと、23歳の私は23歳のあなたに会った。
 そして星のいたずらのように、ほんの一瞬、23歳のあなたと過ごし、23歳になったばかりの私は、
この世のどこでもない世界線で、それが定めであるかのよ うに23歳のあなたに恋をした。

 ブルームーン
 完璧な愛
 奇跡の予感

 そして

 奇跡が起きない限り成就しない愛

 その奇跡がもたらした夜に、乾杯……。






2026 . 1 .30





FIN



















◉あとがきてきな◉


23という数字を何度こすっても、調べても、”東京23区”とか、”22の次で24の前の数字”とかシンジローみたいな事しか出てこなくて、さて困ったと考え込んでたんですけど、ふと、普通に23歳の話ってどうだろう?と。

そしてガラかめ年表を調べると、シャチョーは初登場時24歳である事が判明!23歳のシャチョーの事は誰も知らない?!

と、ここから一気にお話が広がりました。

警戒心の強い23歳のシャチョーが怪しい自称・女優に一目惚れはないかなと思うので、野外公園での一人芝居シーンをいれました。演じるマヤちゃんには理屈抜きで、いつだって惹かれると思ったから。

キスシーンをいれるのかは凄く迷いました。似て非なる他人である二人にキスをさせるのであれば、相当の説得力が必要だなと、あえて一度目は外し、二度目でようやく。
マヤちゃんが真澄様を救う展開がエモくて私は大好きなんですが、そんなキスシーンになっていれば。


春さんのパラレルも悩んだんですけれど、原作準拠厨とはいえ二次創作なので、一度ぐらいはこうだったらよかったのに、を描いてみました。
原作においては、春さんの死は必要不可避な事だと思うんですが、純粋にマスマヤの事を考えると、あまりに悲しい展開なのでね。涙。


悩みながらも、ブルームーンが誘った一夜の
”世にも奇妙なマスマヤ物語”
がこうして着地できて、よかったです。


改めまして、23年間……
ずっとじゃなくても
どの瞬間であったとしても

ESCAPEして下さって
ありがとうございました!











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