第1話






【独占キャッチ! 紅天女、深夜の密会、今夜は帰らない!】

【共演者キラー北島マヤ、今度のお相手は年下イケメン俳優】

【再会愛?!、北島マヤ×里美茂、時を経ての熱愛発覚?!】


 秘書が並べた幾つもの週刊誌の記事を真澄は忌々しげにページを捲る。元々記事が出る事は知っていた。リスク管理ぐらい当然している。どれも大した内容で はなく、憶測ベースの飛ばし記事。そのまま出させたのはいい宣伝になるからだ。相手は全て現在、もしくは次の舞台作品、映画、ドラマの共演者だ。

 北島マヤが紅天女を継承後、大都芸能に所属して一年になる。仕事は順調だが、人気も比例して急上昇の若手女優は警戒心の無さから、やたらとパパラッチに 写真を撮られる。何度注意しても、

「私の事なんか誰も興味ないですから」

と帽子の一つも被らず、フラフラと出歩くから、鮮明な写真ばかりが掲載される羽目になる。本当に色恋沙汰になっている訳ではないとマネージャーからも報告 は上がっている。だが、二十歳を過ぎて覚えた酒の味が気に入ったのか、よく飲み、よく食べ、界隈を徘徊している事がすでに有名になっている。

 劇団つきかげ や一角獣メンバーとの、居酒屋朝までコースの凄まじい泥酔飲み会も、すでに相当数の人間に知られている。

 そんな様子なので、スタッフや共演者らに誘われる と、臆せずどんな飲み会でも参加してしまう。おかげで現場の人間には相当可愛がられているようだが、いつどんな取り返しのつかない失態を犯すか真澄は気が 気でない。どこの店で飲んでいるかの情報が入れば、すぐに迎えの車を店に横付けしては、出来上がった状態のマヤを回収させた事も一度や二度ではなかった。

(一度、きつめにお灸を据えてやるか)

 週刊誌をまとめて葬るように片付けると、秘書に北島マヤを呼び出すようにと内線を入れる。直接呼び出せばどうせ逃げられる。あくまで業務上の呼び出しと いう体でおびき出すのが鉄則だ。

 ふいに胸元の内ポケットに手をやる。社長室といえども、今は喫煙室を除いて全フロア禁煙だ。喫煙室に行けばいいとは分かっていたが、今は誰にも会いたく なかった。水城に見つかれば咎められると分かっていて、それでも真澄の足は外の非常階段へと向かう。

 ちょうど半年前、出入りする所属芸能人のプライバシーを守る為との理由で、大都グループ本社ビルから大都芸能だけ切り離し、独立型の中層自社ビルを建て た。ビルへの出入りは地下駐車場からも可能となり、出待ち入待ちをするファンの目からも守れると社内からは好評だ。アイドルグループやダンスユニットの厳 しいダンス練習も、今までは外部スタジオを借りる事も多かったが、全て自社ビル内に稽古場を設ける事でより効率的に育成が出来るようになり、こちらも好評 だ。

 真澄としては、高層ビルから中層ビルへの引っ越しで得た副産物とも言える、このビル側面に設えられた非常階段をなんとなく気に入っている。社長である自 分が喫煙所に入ると、いつも一瞬にしてその場が静かになり、明らかに気まずそうな空気が広がる。自分にとっても、社員にとっても、気が抜けない休憩所など いい訳がない。

 二十歳で吸い始めたタバコだが、世間の流れは圧倒的に禁煙へと向かっている。それでも日々、決断と取捨選択に追われ、また次から次へと持ち上がる所属タ レント達の不祥事等、極度のストレスに晒される事が常態化している自分にとって、短時間で思考をリセットできる喫煙を止めるという事はどうやら出来そうも ない。

「タバコの匂い、嫌いなんです」

 うっかり近くで喫煙した際、マヤが自分の髪の毛先を掴んで鼻先に当てながら不機嫌そうに言った声が急に蘇る。苦笑しながら真澄は手元の携帯灰皿の中に、 己のストレスを吸い込んでは何の重さも持たなくなった灰を落とした。

「あー、またこんな所で吸ってる! 水城さんに言いつけますよ」

 脳裏にだけ居るはずの存在が、急に下から現実の声を上げる。慌てて振り返ると非常階段の一つ下の階の踊り場からこちらの手元を咎めるように、人差し指を 突き出して仁王立ちするマヤの姿があった。

「君こそ、ここから登ってくるなと何度も言ったはずだが?」

 まだ残っていたタバコを灰皿の中に押し潰す。顔を見ただけで瞬時に湧き上がった不毛な感情すらも一緒くたに。

「だってエレベーター点検中って看板出てたし、運動になるじゃないですか。私、普段から駅とかでもエスカレーターとか使わないんです。全部階段派っ」

 そう言って、最後の一段はジャンプで飛び越え、真澄の目の前に立った。

「やぁ、チビちゃん」

 その言葉に一瞬でムッとした表情を見せたマヤは、真澄の前を通り過ぎ、階段を二段登った所で振り向いた。

「チビチビ、チビチビ言わないで下さい。ちょっと身長が高いからって何なんですか? ほら、同じ高さですよ」

 そう言って、同じ目の高さでついと顔を近づけてきた。

 そういうところだ─。

 無自覚で無防備。異性との距離の取り方を完全に間違えている。真澄の中で、例の「きついお灸」を据えたい気持ちが今だ、と瞬時に湧き上がる。一瞬横を向 いて、呆れたような大きなため息を一つ吐くと、対抗するように顔を近づけた。

「近すぎる。それともキスでもして欲しいのか」

 本当に斜めに顔を近づけると、慌ててマヤが身体を反らした。

「な、な、何するんですかっ! セクハラで訴えますよ!」

「どう考えても君の方が悪い。男に対してその距離で接するな。相手が勘違いする」

 傾いた身体を元に戻すと、真澄はマヤの脇を通り抜けて階段を登っていく。後ろからギャーギャー文句を言いながら、マヤがついてくる。

 いつものことだ。

 大体、いつもこのようにして言い合ったり、やり合ったり、何かを注意しては反抗され、それでいて完全に突き放される訳でもなく、何とも言えない微妙な関 係をずっと続けている。

 所属事務所の社長と新進女優、という立場がそうさせるのか、それともあまりにも長い年月、この空気感でのやり取りを続け過ぎてしまったせいなのか、真澄 自身にももうよく分からない。ただ、この前にも後ろにも進まない膠着した関係性から、そろそろ抜け出して、次の一手を打たなければいけないという事は分 かっていた。

 その一方で、呼べばまだ手元へと戻ってきてくれる、自然に言いたい事を言い合えるこの関係性を手放す勇気もないのもまた事実だった。失うぐら いならこのままでも……、そう思ってしまう程、三十路を過ぎても尚、まともな恋愛をしてこなかった自分は臆病で、つくづく厄介な男だという自覚はあった。











「あの……、私仕事で呼び出されて来たんですけれど……」

 そのまま当たり前のように社長室の応接セットに座らせられ、目の前にお茶まで並べられた事に戸惑ったようにマヤは言う。まるでこんな事をしている場合で はない、とでも言うように。

「呼び出したのは俺だから、別にこれで間違っていない」

 瞬時にマヤの目の中に「騙された!」とでも言うような、不服の色が電気を発したように走る。

「君の好きなフレデリック・カッセルのモンブランだ」

 そう言えばひとまずは丸く収まると知っていて用意させたケーキを当たり前のように真澄は指し示す。瞬時にマヤの中で、騙されて罠にはまった事に対する不 服と、目の前にあるモンブランの誘惑のシーソーゲームが行われ、一瞬にしてモンブランが勝利した事が、目の動きだけで分かった。

「いただきます」

 そう言って、笑顔でケーキを食べ始めてしまうマヤを可愛いと思う一方で、こうやってすぐ他の男にもホイホイついて言ってしまうであろう事が容易に予想で き、また頭が痛い。
 先程読んだ週刊誌の記事を、まとめてガラステーブルの上のケーキの横に置く。

「ケーキが不味くなるんでやめて下さい」

 瞬時に意味を察したマヤが、まとめてそれらを横にやる。

「最近多すぎるだろ」

「何がですか?」

 本当に分かっていないのか、真澄に言わせようとしているのか、本気で分からないからたちが悪い。

「熱愛なんてしてません」

「だろうな。チビちゃんには無理だ」

 今度はムッとした顔で睨んでくる。それはそれで機嫌を損ねたようで、扱いが本当に難しい。

「バカにしてる……」

 モンブランを咀嚼しながら、聞こえるか聞こえないかの微妙な小声でそう言うのが聞こえた。

「バカになんかしていない」

 怒った猫の機嫌をとるように、とりあえず優しい声を出してみる。

「食事してただけです」

「食事はしたんだな」

 撮られるような行動を取った事にようやく気づいたように、マヤが渋々頷く。

「食事もしちゃいけないなんて知りませんでした。お稽古終わって、普通にお腹空いたーって言って、じゃぁ飯行くかー、って言われたら、行くーってなりませ ん?」

 全く悪気がない事だけは伝わってくる。嫌というほどに。 

「大体、速水さんだって私と食事行くじゃないですか。それと何が違うんですか?」

「俺はいいんだ」

 平然とそう言い放つと、フォークをカタンと皿に置いて、マヤが歯向かってくる。

「なにそれ! ズルくないですか? どう違うっていうんですか?」

「俺はただの仕事相手だろ。事務所の社長だ」

 投げたパスとしては最悪だったのだろうか、明らかにカチンと硬質な何かに当たった音がした。

「だったらこの皆さんだって、仕事の相手です。ただの共演者ですから!」

 そう言って、週刊誌の表紙をバンっと叩いた。ついでに勢いでケーキも食べ終わったようだ。


 結局、ああ言えばこう言う、のラリーを三周半ぐらい繰り返して、

「分かりました……。今度から気をつけまーす」

と、全然分かっていないような不服そうな声でそう言って、マヤは社長室を後にした。帰りも非常階段から帰るのだろうか。プリプリと怒りながら、階段を踏み 鳴らして下りていく様が目に浮かぶようだ。

 お灸を据えるつもりで呼び出したが、据えられたとはとても思えない。おそらく明日もマヤは機会があれば、共演者の男と悪びれもせずに食事に行ってしまう だろう。本当に食事だけを目当てに。

 でもいつまでもそれが、それだけで終わる、という保証はない。相手の男が本気を出したら(現に出しそうな奴はいくらでもいる)、仔羊の一匹ぐらい、あっ という間に食べられてしまうかもしれない。そうでなくとも密会やら熱愛写真が取り沙汰される頻度が多すぎる。それがたとえでっち上げの作り話だとしても、 人は頻繁に目にする醜聞を決して良しとはしない。芸能人である以上、イメージ戦略を失敗すれば、一瞬にして全てを失う事だってあるのだ。

 そして何より、マヤが本当に誰かを好きになるかもしれない、という可能性について、現実的に考えなければいけない時がきている事を真澄は認めざるを得な い。今までは芝居が最優先事項で、本当に男と付き合う時間も余裕もないふうに確かに見えた事もあった。紅天女が軌道に乗るまでは、本人もかなりストイック に私生活を芝居だけに追い込んでいた時期があった。

 また、どこかマヤの事をまだまだ幼いチビちゃんとして、熱愛や男女の真剣交際、スキャンダルの外側に無理にでも置こうとしていた節がある。実際は、もう 結婚だって出来る年齢だというのに。

 一瞬、もう一度しばしの現実逃避を求めて、胸ポケットの内側に真澄の手が伸びかけたが、つい先程休憩したばかりだった事と、タバコの煙を嫌がるマヤの顔 が浮かんで、諦めたように大きなため息を一つ吐くと、真澄は次の仕事へと向かった。




 



 


2025 . 11 . 11








…to be continued















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