第2話


※それなりに R18 描写あります。苦手な方、ご注意下さい。
 





 行きの半分の時間で車は東京に着いた。相変わらず隣の助手席からは穏やか過ぎる寝息だけが聞こえてくる。そのままマヤのマンションまで向かうが、叩い ても何しても一向に起きないのは一体どういうことなんだと、真澄はハンドルを抱えて溜息づく。

「おい、頼むから起きてくれ」

 かなり激しく揺さぶってみたが無駄だった。このまま抱えて上がる事は出来る。しかしこの状況で鍵を見つけ出して、部屋のキーを突破出来るかも謎だ。あの 懐かしの白百合荘とは違い、部屋にたどり着くまでにいくつかセキュリティロックを通らなければならないのはこのマンションであれば容易に想像できるし、暗 証番号ならお手上げだ。そもそも意識を失った女優を担ぎ上げてエントランスを通ろうものなら、コンシェルジュに何を言われるか。通報されてもおかしくな い。再び醜聞となりかねない状況に、真澄は大きな溜息を一つ吐くと、再び車のエンジンを掛ける。
 自分の住むマンションであれば、地下駐車場から専用エレベーターで一気に最上階の自室まで上がれる。フロアは専用階となっているので、誰にも会わない。 この状況からして、そこへ向かう事が最善と真澄は判断する。

「後で目が覚めても怒るなよ」

 そう言って、指先でマヤの頬を撫ぜると、出来たばかりの恋人にすでにこれだけ振り回されている自分に苦笑する。けれども悪い気分ではなかった。振り回さ れる事すら恋人の特権だと思える余裕がどこかにあった。
 そう……、あの頃とはもう違う。
 同じ様に気を失ったマヤを抱きかかえて自宅に連れ帰った事も過去にあったが、あの頃は自分の手には負えない爆弾を抱きかかえているような心境だった。何 一つ自分の思い通りにはならない存在、けれども心の奥底から渇望し、全てを自分のものにしてしまいたいほどの存在。本来であれば、抱き上げてはいけない存 在だったのだ。抱き上げた瞬間、全ての均衡は崩れ、己を律してきた自我と理性が根底から覆る事は分かりきっていた。
 雨の公園のブランコで抱き上げた時も、社務所で抱きしめた時も、体は冷たく冷えていた。今は、確かなぬくもりを感じる。これが悪夢ではなく、現実であ り、そして今確かに自分が手にしているものだと訴えるかのように。

「は……やみさん?」

 車から降ろし、部屋まで向かい、リビングのソファーに降ろそうとしたその瞬間、全くもって絶妙なタイミングで目を覚ましてくれた。

「ここ……どこ? あの……、あたし……あれ? え、なんで、ちょっと降ろして下さいっ!!」

 ジタバタと脚を振り回し、拳で胸を叩かれる。横抱きにしていた都合、まるで掴み上げた鮭が胸元で大暴れを始めたかのようだ。

「騒ぐな、俺の部屋だ。君の家まで送っていったが君が全く起きないから部屋に入れなかった。代わりに俺の家に連れてきた。仕方がなかったからだ」

 そう言ってソファーの上にどさりと降ろすと、瞬時に思考回路に電気が通ったかのようにマヤの表情が真顔に整う。

「す……、すみません」

 急にしおらしくなり、シュンとなった姿を見ると、いつもの意地悪心がむくむくと立ち上がる。

「出来る事なら、もう少し早く目を覚まして欲しかったな」

「す、すみません。重かったですよね」

 相変わらずピントがズレているから苦笑するしかない。グラスに注いだ水を目の前のローテーブルの上に置く。

「そうじゃない。部屋を取っていたんだ。さっき君が言っていた、カハラのスイートを取ったんだ。君が喜ぶかと思って」

 まるで子供のように拗ねた声を出している、そんな自分に呆れたり、驚いたりする。感情が忙しい。わざと少し怒ったふりの表情を決め込んでいると、見る間 にマヤの表情が慌てだす。堪えきれなくなってつい吹き出してしまう。

「冗談だ。君と恋人になれて、勝手に浮かれていた。眠っている君を襲うつもりはなかった」

 そう言って、まるで仲直りの印のようにマヤの額に短くキスをした。自らも水をコップ一杯口にすると、気持ちを切り替えたようにカウンターに置いた車の キーを再び取る。

「目が覚めたのなら送る」

 そう言って、玄関へと向かいかけた背中にマヤが急に抱きついてくる。

「ごめんなさい」

「別に謝らなくていい」

「なんで寝ちゃったんだろう」

 後ろから前に回された両手にそっと手を重ねる。

「疲れたんだろう。初めての運転で高速に乗せるなど、無理をさせた」

「でも、ごめんなさい」

 大丈夫だというつもりで、回された手の上を軽く叩く。それでもガッチリと背後から回された両手は離れる様子を見せない。

「……あたし、まだ一緒にいたいです」

 消えそうな声が背中にこぼれ落ちる。

「速水さんと今夜、まだ離れたくないです」

 どういう意味か分かって言っているのか測りかね、思わず顔を見ようとするが、マヤは背後を譲らない。

「もう眠くないです。目、覚めました。それでもダメ?」

 思わず腕を振りほどいて振り向くと、恥ずかしそうに俯くマヤが上目遣いでこちらを見上げてくる。

「ダメな訳ないだろ? ようやく眠りから覚めたお姫様を何もしないで家まで帰す王子がいたら、顔を見てみたいな」
 
 そんな軽口を叩くと、それに対してようやくほころんだように笑った顔に口づける。軽く触れるだけのつもりが、マヤがたった今放った言葉に導火線を火をつ けられ、体の歯止めが利かなくなっているのを感じる。両腕を強く掴んで、後ずさるマヤを引き止め、間隔の短くなったキスを繰り返す。

「もう怒ってない?」

 キスの合間にそんな事を聞かれ、思わず苦笑する。

「最初から怒ってない。バカだな。少し拗ねてただけだ、子供みたいに。欲しいのは俺だけだったのかと──」

「違っ──」

 その言葉を遮るように、再び唇を重ねる。

「だったら今夜はこのまま黙って俺に抱かれてくれないか? それともまだ手続きが残ってる?」

 中華料理屋で「恋人になる手続きはこれで全部か」と聞いた事を受けて、そんなふうにまた聞くと、「でもでもだって──」といつもの癖で言い返そうとする 何かをマヤが飲み込んだのが分かる。

「……残ってない。でも……凄いお酒臭い気がするから、お風呂に入りたいし、歯磨きもしたいです」

 神妙な顔でそんな事を言われるから、思わず吹き出してしまいそうになる。

「分かった」

 一瞬、暴走しかけた己の欲望を、上手いこと手折ってマヤをバスルームへと案内する。

「今日は寒かった。ゆっくり温まるといい。ただし寝るなよ」

 からかうようにそう言うと

「もう寝ないしっ!! 目、覚めたしっ!!」

かみつくように怒られた。








「今度こそ、これでもう手続きは残ってないな」

 シャワーから戻ってきたマヤが髪を乾かし終わったタイミングで、真澄もバスルームから戻ってくる。ガチガチに緊張している様子が手に取るように分かった ので、ついからかうような事を言ってマヤの緊張を解こうとしているが、自分も大概だ。
 大人なら大人らしく威厳を保って、彼女が望むような紳士らしさを失わず、初めてなのだから優しく、それなりに礼儀正しく接するつもりだったが、どうやら 無理そうだ。あまりにも長きに渡って求めすぎたものが、今自分の目の前に無防備に差し出されている。不安と緊張の入り混じった大きな瞳がじっとこちらを見 ているが、幸いそこに嫌悪の色はない。もう自分を理性で止める事は出来ないかもしれない、そんな事が脳裏をよぎる。

「あ……、待って──」

 マヤの最後の理性が、真澄に待ったを掛ける。ほぼ無意味だが。

「待ってもいいが、この状態が続くだけだ」

 マヤの瞳が大きく揺れる。不安と焦燥、そしてその向こうに確かに自分を求める渇望も見え隠れする。

「つまりはもうやめないという事だ」

 瞳の奥に向かってそう宣言すると、黙ってコクリと頷かれる。
 

 マヤらしい僅かな、けれどもさほど意味をなさない可愛らしい抵抗を、一つ一つ懐柔しながら、真澄はマヤの最奥へと辿り着こうとする。
 苦痛にマヤの顔が歪む。
 その痛みを溶かすかのように、キスをしながらゆっくりと押し進める。

「痛いか?」

「だい……じょぶ……」

 明らかに大丈夫ではない声でそう言われる。

「あまり締め付けるな」

「そんな事してない! 速水さんのが大き過ぎるの。ちょっとちっちゃくして貰えませんか?」

「バカ言うな、無理だ」

 とんでもない無茶振りに思わず声を上げる。大人の余裕は、そろそろほんとに尽きそうだ。

「君の中に入っているだけで、おかしくなりそうなんだ。だからそんなに煽るな」

「煽ってなんか──」

 反論する言葉ごと、キスで口を塞ぐ。

「いいか、ここから先は、本当にもう止められない。君がどれだけ叫ぼうが、泣こうが、俺はやめられない。それでも俺の事をずっと見ていて欲しいし、嫌いにな らないで欲しい」

 マヤが何か言おうとしたが、最奥まで一気に穿たれた真澄の熱源の勢いに圧倒され、言葉を飲み込んだまま必死に真澄にしがみついてくる。
 放てば放つほど、際限なく熱が己の中から湧き上がる。キリがない。
 そこまできて、ようやく自分はこれまでどれ程飢えていたのか、乾いていたのか、思い知らされる。他の何でも満たされる事はないほどの唯一無二の絶対的存 在を己の中に閉じ込めるつもりが、自分こそがこの大いなる存在の中に今取り込まれ、永遠の孤独が満たされた事を知る。

 己の中の煮え滾るほどの激情的な想いと、この腕の中の存在への長年に渡る尽きせぬ愛情、その二つの激流が真澄の中で一つのものとなり、大きなうねりとな る。長い間、己の中に鬱屈させ、見るのも恐ろしいほどに一時は変質したそれらが、ようやく解放される時を迎える。

「マヤ、愛してる──」

 その一言とともに、真澄は己の全てをようやく解き放つ。自分が愛について口にする事が許される日が来るとは、正直思っていなかった。けれどもそれは自分 の意思とは無関係な場所からこぼれ落ちた。意識と無意識のはざま、そう口にせずにはいられないという自然の欲求のままに。

 お互いの乱れた呼吸が重なる肌の上で混ざり合う。その小さな体を背後から真澄は抱きしめる。

「覚悟しろ……、俺は重いぞ……、君が思うよりずっと」

 腕の中の存在がピクリと反応する。

「君に溺れて、いつか醜態を晒しそうだ」

 たった一回でここまで自分をさらけ出させた存在に、真澄は白旗を振る。

「見せて」

 そう言って、背中をこちらに向けていた存在が振り向く。

「そういう速水さんもこれからは全部見せて。速水さんほどの人があたしなんかの事を好きだなんて、今だに信じられないぐらいだから、そういうの時々でも見 せてくれたら嬉しいです」

 そう言って、照れくさそうに笑う。
 その時気づく。自分はずっと許される事を待っていた。この存在に、許され、受け入れられ、そして願わくば愛される事に。

「やっと手続きが終わった気がする」

「何の?」

「君に愛されるための手続きが──」

 その言葉に愛おしいその存在がふわりと笑う。もしも、こんな自分に愛が降り注がれる奇跡があるとしたら、ちょうどこんなふうにと思える強さで抱きしめら れる。

 それが愛だ。
 そう信じられるものが、真澄の胸を満たす。

「最高の誕生日だ」

 その言葉に、この世の何よりも愛おしいと断言できる存在が泣きながら笑う。
 幸せが溢れた瞬間だった。





2022.11.14



 FIN











なんとか絞り出せました2022マス誕!!
昨年、高速バナを書き終わった後、珍しく続きが書きたくなって、ネタだしだけはしてあったメモが残ってまして、なんとかその残り火を焚き付けてひねり出し ました。
本当はカハラに泊まらせてあげるつもりだったんですが、なぜかこうなってしまう。ごめんよ、シャチョー。

そして、やたらと手続き連発するシャチョー。
何回手続きすんねん!!
と自分でツッコミながら書いてました。

同人誌だともっと微細にくどくしつこく、使用する語彙ももっとエグイのが私の書くR18なんですけど、ここはオンでフルオープンなのでこのぐらいにしてお きました。
あとセリフ的なものって、もはや何を書いても
”いつかどこかで書いた何か”
な気が自分でして、写経みたいで苦しかったです。すみません。
ですが、今年も何とかお祝いできて良かったです。
やっぱりシャチョーは別格ですからっ!!





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